花岡あや子氏(仮名)は、「まさか自分自身が新人研修2日目で洗脳されるとは思いませんでした」と告白する。
花岡氏が新卒者として東京都内の人材派遣会社に就職したのは2021年春だ。入社直後に同期の仲間とともに、外部の専門業者が開催する新人研修を受けさせられた。自宅から都内の研修施設に5日間連続で通う形で行われた。
研修内容は異常だった。まず同期30人で円陣を組み、1人ずつ自分の名前や意気込みを絶叫させられた。一人でも言いよどむと、全員で最初からやり直し。終わるまで、数時間かかった。
絶叫の後は5人1組の計6チームに分かれ様々なゲームを競った。ドミノ、ダンス、コピー用紙を使ったタワー作り……。うまくいかないと講師陣に容赦なく罵倒された。
■本連載のラインアップ(予定)
・リンダ・グラットン教授の提言 「企業と個人、大人の関係築く時」
・「静かな退職」や「コーヒーバッジング」… わがまま社員の反乱防ぐには
・Microsoftが科学する新指標 「従業員エンゲージメント」の先へ
・Google・Appleが鍛えた名コーチ「悪い上司は心身の健康脅かす」
・三菱マテリアル、社内ラジオで理念浸透 司会は社長でゲストは新人
・物語コーポ社長「イエスマンが経営者を囲んでもイノベーションは生まれない」
・筒井工業、離職率95%の危機から脱却 社長が若手に頭を下げた
・京セラ・伊那食品工業、カリスマ経営者の求心力どう残す
・「まさか2日で洗脳されるとは」 ブラック企業、5つの洗脳テク(今回)
・ビッグモーターにも崇高な理念が… ゆがめられ、崩壊した愛社精神
「脳みそに汚物が詰まってんのか!」「お荷物だ! 帰れ!」「おまえなんかいらない」
これが5日間繰り返された。
初めこそ花岡氏は同期らと陰で「パワハラだよね」とささやき合っていたが、2日目を迎える頃には皆、従順な受講生になっていた。
花岡氏は、「疑問を持つことすらしんどくなり、状況を受け入れた方が楽だった」と自己分析する。「講師たちが罵倒するのは、本気で私たちのこと思ってくれているからだ」と、ありがたさすら感じるようになった。
最終日にはチームの総合順位が発表された。優勝したチームのメンバーはうれし涙を流しながら抱き合い、花岡氏のように下位チームのメンバーは悔し涙を流した。「一皮むけた感じがし、私を含めて皆、過酷な研修を受けさせてくれた会社に感謝した」と語る。
友人に諭され目が覚める
それから約1カ月後、花岡氏は友人に、新人研修の様子を詳しく語ったところ、「それまじでやばいよ」と諭され、花岡氏は「ようやく洗脳が解けた」と言う。結局、花岡氏は入社から1年後に退職したが、同期の多くは会社に残って働いている。
「ブラック研修と闘う団体」というウェブサイトを立ち上げ、外部の業者が実施する過酷な研修の被害者を無償で支援している伊藤淳弥氏(仮名)は、「会社では、どんな理不尽なことでも耐えなければならず、一切の抵抗が許されないという意識を新入社員に植え付けるのが研修の目的だ」と語る。
実はこうしたスパルタ式の新人研修は、昭和期にはさほど珍しくなかった。それが愛社精神の形成に効果的だった面は否定できない。社員の会社への帰属意識を高め、貢献意欲を引き出すことに一役買っていた。
とはいえ威圧的な研修が、令和の価値観にマッチしているとは言い難い。花岡氏が半ば強制的に植え付けられたのは、会社への絶対的な服従心であり、本特集で提唱する「シン愛社精神」と呼ぶことはできない。
細田秋則氏(仮名)も、過酷な新人研修で絶対的な服従心を刷り込まれた経験を持つ。研修を受けたのは数年前で、細田氏の就職先である東京都内のPR支援会社と、ほか2社の合同合宿の形で開催された。
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