社会保障と税の一体改革が叫ばれる昨今、介護現場の整備が急務になっている。だが、現場の実態はあまり知られていない。

 そこで、東京財団の研究員が、地道に「現場の声」を拾い集めている。その成果は「介護現場の声を聴く!」という映像として、動画共有サービス「USTREAM(ユーストリーム)」で視聴できるほか、東京財団のウェブサイトにインタビューの概要が掲載されている。

 介護保険制度の実態を追っている東京財団の三原岳氏からの報告を掲載する。

 介護現場に関わる人々のインタビューをUSTREAMで放映し始めたのは昨年4月のこと。それから1年間で、全48回の映像を公開した。インタビューしたのは東京財団の石川和男上席研究員で、取材対象は有料老人ホームの経営者や特別養護老人ホーム(特養)の施設長、ヘルパー、ケアマネージャー、大学教員、シンクタンク職員、関連企業経営者など、113人に及ぶ。

 介護業界に入った動機や仕事の苦楽、そして制度改革への提言まで、様々な話題を聞いていった。ネット公開ということもあり、視聴者から多くの反応を得て、取材対象からも「利用者の反応を得られる感動は大きい」といった声をもらった。

 これまで、介護職場は「低賃金」や「過酷」といったことを強調した報道が多かった。だが、現場の関係者から声を聴くと、イメージとのギャップが大きいことも分かってきた。

 そこで、多くのインタビューを通して見えてきた介護現場の実態をもとに、ヘルパーや介護職という仕事のイメージを捉え直し、そこから「現場視点」で制度改革の方向性について考えてみたい。

メディアが歪めた「ヘルパーという仕事」

 まずは、介護現場に対するイメージと実態のギャップについて考える。以下の3つが、介護という仕事の主なイメージではないか。

(1)単純でつらい仕事
(2)低賃金で離職率が高い
(3)介護は「施し」である

 では、この3点について見ていこう。

(1)「単純でつらい仕事」というイメージ

 インタビューでは、決して楽ではない現場だが、そこで生き生きと働く姿も浮かび上がってくる。これは「介護職=つらい仕事」という一般的なイメージを覆す内容だった。

  • 会話や食事の介助などで交流がある。心のこもった人間味のある仕事
  • 利用者の笑顔を見た瞬間、「やっていてよかった」と思う
  • 利用者と対話することを報酬として受け取っている印象がある
  • 苦しい記憶はない。こんなに楽しくてクリエーティブな仕事が世の中にあることに驚いた

 一方、メディアは仰々しい見出しを付けて、介護の「厳しさ」を報道する。確かにインタビューでも「力任せで仕事をすると腰を痛める」「給与が低いので、ライフプランが立てにくい」「職場の人間関係で悩んでいる職員が多い」といった声が聞かれた。しかし、総じて「やりがい」や「意義」を強調する意見が多かった。実際に、現場を見学、体験勤務したが、明るく、高齢者の笑いが絶えなかった。

 では、なぜギャップが起きるのか。第1に、介護現場が「閉ざされた空間」であることが影響していると考えられる。一般の人が介護現場に接する機会は少なく、家族や身近な人が施設に入って初めて接点ができるケースが多い。それだけに、メディアで情報を入手せざるをえない。

 そのメディアが必ずしも真実を伝えていない。近年のメディアは分かりやすさを追求する傾向があり、実態を正確に伝えているとは言い難い。「日常」はニュース性がないので、むしろ「安い給料だが、慈愛の精神でケアしている」といった「美談」か、「給料が安く、人員も少ない職場で苦労している」などの「悲劇」に仕立て上げがちだ。メディアによる悲劇と美談の極端な報道の連続で、偏ったイメージが定着していると見られる。

 この点は表1の内閣府の世論調査でもうかがえる。介護職に対するイメージで、「きつい仕事」「給与水準が低い仕事」といったマイナスの回答が1位と3位を占める。こうした側面も事実であり、関係者が「使い捨てライターのように『若い子でいいや』と考えている経営者も存在する」と指摘するケースもあった。

 しかし、多くの関係者が介護現場の楽しさを語っているにも関わらず、「やりがいのある仕事」「自分自身も成長できる仕事」という回答は下位に低迷している。この点はメディアによる「悲劇」の強調が影響していると考えられる。

介護は一般のサービス業と同じ

 インタビューでも、メディアへの注文として、次のような意見が出た。

  • 悪いことばっかりじゃない。公平にスポットライトを当てて欲しい
  • テレビで放映されるような暗いイメージだけではない
  • 今の報道は利用者と関わる楽しさが伝えきれていない

 半面、世論調査では「社会的に意義のある仕事」というプラスの評価も2位に入っている。これは「美談」の側面を強調するメディアの報道が影響しているのだろう。インタビューでも、そうした指摘があった。

  • 周囲から「大変だね」「偉いね」と言われるが、「どの辺が?」という印象。お金を取り扱う仕事の方がよっぽど大変ではないか
  • 周囲は「ボランティア精神で認知症患者を相手している」というイメージを持っているが、自分としては当たり前のことをやっているだけ

 メディアが喧伝する「悲劇」と「美談」は現実のごく一部に過ぎない。実態は、一般のサービス業とあまり変わらない、という認識が必要だと思われる。

表1 介護職のイメージに関する世論調査結果
(出所)内閣府「介護保険制度に関する世論調査(2010年9月調査)
この記事は会員登録(無料)で続きをご覧いただけます
残り5753文字 / 全文文字

日経ビジネス電子版有料会員になると…

  • 専門記者によるオリジナルコンテンツが読み放題
  • 著名経営者や有識者による動画、ウェビナーが見放題
  • 日経ビジネス最新号13年分のバックナンバーが読み放題