「行政の暴走に歯止めをかけるには司法しかなかった」

 6月1日の改正薬事法施行が目前に迫った、5月29日。単独インタビューに応じた後藤玄利ケンコーコム社長は、胸の内を明かした。

 健康関連商品のインターネット通販を手がけるケンコーコムは、5月25日、国に対して訴訟を起こした。厚生労働省が2月に公布した省令では、風邪薬や胃腸薬といった医薬品をインターネットで販売することを禁じている。これに対して、「営業の自由の侵害」などを理由に、省令の無効確認や取り消しなどを求めていく。

 後藤社長は、いち早く医薬品のネット通販規制の動きを察知し、厚労省の理解を得ようと活動してきた。その中心人物が、一連の経緯と提訴の決断について語った。

(聞き手は日経ビジネスオンライン 戸田 顕司)

 ―― 医薬品のインターネット通信販売を規制する問題は、話し合いでは決着がつかず、裁判に委ねることになりました。

 後藤 玄利 2006年6月に国会で薬事法の改正が成立した時点では、「医薬品は副作用があるので、リスクを減らすために情報提供しないといけない」という趣旨が盛り込まれました。これは、ネット通販を禁止する内容ではありません。

 ところが、詳細を決める検討会の段階で、「ネットは危険だ」という声が出てきた。それを抑制する委員もいない。私はずっと「違う」と申し上げ続けたのですが、委員の意識は変わりませんでした。結局、ネット通販はビタミン剤など一部に限られ、風邪薬や胃腸薬といった多くの医薬品は認めないという案が厚生労働省から出てきました。

後藤 玄利(ごとう・げんり)氏
1967年大分県生まれ。89年3月、東京大学教養学部を卒業後、アンダーセンコンサルティング(現アクセンチュア)、うすき製薬を経て、94年11月にヘルシーネット(現ケンコーコム)を設立、社長に就任。2000年5月に健康関連サイト「ケンコーコム」を開設。NPO法人日本オンラインドラッグ協会の理事長も務める
(写真:村田 和聡、以下同)

 行政が出してきた案に対抗する手段は、パブリックコメントだけなのです。「形骸化している」とおっしゃる人もいますが、法的枠組みとしてはパブリックコメントしかありません。

97%の反対も厚労省は強行

 後藤 そこで、「パブリックコメントでちゃんと意見を言いましょう」というキャンペーンを張りました。すると、ネット通販に関して2300件以上の意見が寄せられました。通常は数十件だそうですから、異例の数字ですよ。しかも、約97%が規制に反対でした。にもかかわらず、厚労省は押し切ってしまったのです。

 行政の暴走を抑えられるのは、立法か司法しかありません。国家は三権分立ですから。ただ立法に携わる議員は、選挙前で動きづらい状況にあるようです。残されているのは、法の番人である司法だけです。

 ―― 医薬品のネット通販規制の問題に関わるきっかけは。

 後藤 2005年ぐらいからです。ケンコーコムが東証マザーズに上場したのが2004年6月ですが、その頃に薬事法改正の動きが出ていました。でも当初の課題は、ドラッグストアにおける薬剤師不在でした。薬剤師を常駐させるには人数が足りないから、新しい資格を作ろうとかどうとか。そんな議論をしている人の間から、「ネットで医薬品を売らせるべきではない」という声が上がってきたらしいのです。

 そこで、厚労省に状況を確認しました。ケンコーコム単独で行動すべき内容ではないと思ったので、日本オンラインドラッグ協会を設立しました。そこで、ネットで安全に医薬品を販売する枠組みも提示したのです。

 結局、当時の厚労省の話では「ネット通販うんぬんではなく、もっと大きな話をしているので心配しないでくれ」ということでした。こうして、国会で改正薬事法が成立。先に述べたように、これ自体はネット通販を禁止しているわけではありません。具体的にどうなるのかを厚労省に尋ねると、「詳細を詰めていく検討会で取り扱います」とおっしゃる。

 その検討会では、自分たちも意見を伝えたかったので、「検討会に委員として入れてほしい」という要望書を厚労省に出しました。ところが、「今回、利害関係者としてコンビニエンスストアなどからも参加の要望が来ている。収拾がつかなくなるから、既存業者しか入れないことに決めた」と言うのです。

 この結果、検討会では「対面販売でなければ、安全ではない。対面でないネットは売らしてはいけない」という論調が続くのです。

 ―― 2月からの「医薬品新販売制度の円滑施行に関する検討会」では、後藤社長のほか、楽天の三木谷浩史会長兼社長も委員として出席しました。

 後藤 舛添要一厚労相が円滑施行の検討会を開いてくれたのは良かったのですが、議論は平行線のまま。省令を覆そうと頑張ってきたのですが、それは達成できなかった。そんな中で、厚労省が検討会に承認されない経過措置の案を作りました(編集部注:離島住民や継続使用者の通販に関して2年間の猶予を認めた)。

 これに対するパブリックコメントでは1週間の募集で9824件の意見が寄せられ、0.5%しか賛成がありませんでした。通販規制に対する反対が圧倒的でしたが、またもや省令が公布されることになってしまいました。

 それでも、もし経過措置がなかったとしたら、実際には大混乱が起きていたと言えます。それだけは阻止したかった。

 今回の改正では、「郵便等販売」に規制がかかります。医薬品を購入者に郵送できなくなるのです。これに関係してくるのは、ネット通販業者だけではありません。全国に販路を作ることができずに直販している小さなメーカーもあります。

 あと、街角に「漢方薬」という看板が出ている古い店舗がありますよね。来店客が入っている様子はほとんど見かけませんが、実は利益を出しているところも少なくありません。

 何をやっているのかと言うと、漢方薬の先生として地域の公民館などで漢方薬に関する講座を開いているのです。ここの受講生が固定客となって、漢方薬を購入している。この時、郵送しているケースが相当な割合であるようです。公式なデータはありませんが、全体の2割ぐらいは郵便等販売を行っていると言われています。

「対面=安全」という不可解なロジック

 後藤 1990年代から豊富な品揃えと低価格を売りにするドラッグストアが台頭してきました。そこで、漢方薬の零細事業者は、カウンセリングに特化して生き残ろうとしてきたのです。一生懸命に漢方薬のの効能を説明して、商圏を広げて、ファンを増やしてきました。そんな彼らが、取引手段である郵便等販売を禁ぜられたら・・・。

 ケンコーコムでは医薬品が占める売り上げは全体の5%にしか過ぎません。しかし、月商が数百万程度の事業者で、売り上げが2~3割も減ってしまえば、商売が続けられなくなってしまう。

 ―― 改正薬事法は「副作用のリスクをなくすための情報提供」が目的でした。ところが、丁寧なカウンセリングを売り物に顧客を確保しているはずの店舗が、苦境に陥ってしまう。

 後藤 1年の実務経験を受験資格とする登録販売者であれば店頭で大半の医薬品を販売できるのに、6年間の授業を受けた薬剤師が電話やネットで相談にのって医薬品を販売できないというのは不思議だと思いませんか?

 結局、ネット通販がダメとされているのは、厚労省が言う「対面販売の原則」があるからですよね。これもよく分からないんです。

 この前の検討会で、象徴的な出来事がありました。終了間際の最後10分になって、委員が「対面販売の原則とは、何を意味するんですか」と定義について、事務局に尋ねているんですよ。ネット規制を推進している人も含めて、皆が口を揃えて「分からない」と言うんですね。議事録が出たら、多分、書かれていますけど。

 考えてみてください。対面販売といっても、購入者と話をするのであって、必ずしも使用者ではありません。顔色を見たり、水虫の症状を確認したりしてなんて、対面でも現実的ではないのです。「対面でないと、安全性を確保できない」というロジックがおかしいのは、誰でも理解できるでしょう。

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