NTTドコモの携帯電話が基地局の故障で使えなくなりました。最もシェアの高い事業者のユーザーが携帯電話を使えないのですから、KDDI(au)とソフトバンクモバイルの携帯電話も、みんな平等に使えないようにすべきです――。
もし、こんなことをNTTドコモや政府が言い出したら、どう思うだろうか?「ありえない!」と怒り心頭になるのではないだろうか。auやソフトバンクのユーザーからのクレームの嵐が、お客様サービスセンターを襲うだろう。ソフトバンクの孫正義社長が、烈火の如く非難の声を上げる姿が目に浮かぶようだ。
ところが、まったく同じことが電力業界では当たり前のように起きている。東京電力が3月に実施した計画停電と、7月1日に始まった15%節電(電力使用制限令)に際してだ。
計画停電は、9割超のシェアを占める東電が、福島第1原子力発電所事故を起こして供給力不足に陥ったことで実施したもの。ところが、東電だけでなく、新興の電力会社である「PPS(特定規模電気事業者)」のユーザーも、東電ユーザーと同様に計画停電の対象になった。
PPSとは、2000年3月から段階的に始まった電力自由化によって誕生した新規参入の電力事業者のこと。最大手のエネット(東京都港区)は、NTTファシリティーズと東京ガス、大阪ガスが出資している。このほか、新日鉄の子会社である新日鉄エンジニアリング(東京都品川区)、住友商事子会社のサミットエナジー(東京都中央区)、三菱商事子会社のダイヤモンドパワー(東京都中央区)などがある。
PPSは、企業の自家発電装置で使い切れなかった電力を購入したり、自前の発電所で電力を作り、電力会社よりも安い料金で、企業や官公庁、自治体などに電力を販売している。取引の大半は相対契約だが、一部は日本卸電力取引所(JEPX)を通じて売買している。
「悪平等」を押し付けた政府と電力会社
3月11日の東日本大震災でダメージを受けたのは、東電の原発や火力発電所であって、電力を運ぶ送電網の大半は、問題なく使える状態だった。つまり、電力の供給がままならなくなったのは東電や東北電力だけで、PPSの電力供給は問題が無かったわけだ。それなのに東電は、計画停電のエリアの送電を停止し、PPSユーザーまで電力を使えなくなってしまった。
PPSが電力を販売する際には、電力会社の送電網を、利用料金(託送料)を支払って利用する。にもかかわらず、計画停電を実施するに当たって、送電網の利用者の不便を勘案せず、送電を止めてしまったのである。しかも、事前の相談なく、決定事項として通達した。
この東電の手法を、経済産業省も認めている。政府までが、「最大シェアの電力会社のユーザーが不便を被るのだから、みんな平等に不便を被りましょう」と“悪平等”を選んだのだ。
さらに、震災明けの3月14日月曜日には、日本卸電力取引所(JEPX)が東京電力管内での電力取引を停止してしまう。その理由は、「東電から送電網の運用、監視ができないので停止してほしいと要請があった」(JEPX)ためだという。
電力自由化によって、需要家は電力会社をサービスの内容や料金で選択できようになったはずだった。複数の電力会社と契約することは、自家発電装置を持つのと同様に、停電などへの備えであったはずだ。実際、PPS各社には、「電力を供給して欲しい」という企業から問い合わせが殺到している。
ところが、いざ大規模なトラブルが電力会社で発生しても、巨大企業と政府の判断によって、PPSは本来の役割を一切、発揮できなかったのだ。
計画停電で発生した不条理は、7月1日からの電力使用制限令でも起こった。電力会社のユーザーと同様に、PPSユーザーも15%削減を強いられることになったのだ。
6月16日に社長を退任したエネットの武井務・前社長は、電力ビジネスの不条理に怒りをあらわにする。
「通常のビジネスなら、東電が電力を供給できない分、我々PPSが通常時よりも好条件で電力を販売したり、新規顧客を獲得できるはず。ところが政府は、PPSのユーザーも15%の節電対象だという。しかも、節電で余った電力は東電に売ってやってくれと。政府が敵に塩を送れと言うとはどういうことなのか。自由化したという意識がないことを象徴している」
電力料金は、前年度の使用料の実績を基に決める。15%節電を強制されれば、エネットにとっては翌年の基本料が低下することを意味する。
「計画停電といい、15%節電といい、我々はボランティア組織のようだ」と武井前社長は憤る。
「まったく勝ち目がない」
そもそも電力会社とPPSは、平等に戦える環境にない。その理由は3つある。
第1がコスト。電力会社の原発や水力発電所は、何十年も前に作ったものが大半で、設備の償却を終えている。つまり、発電コストが非常に安い。古くて効率の悪い火力発電所の発電コストは割高になりがちだが、安価な原発や水力の電力を混ぜて平均化すれば、電力会社は顧客に安価な料金を提示できる。
しかも、火力発電の燃料費が高くなれば、その分を「燃料費調整制度」の下、電力料金で回収できる。
一方のPPSは、燃料高の影響を直接受ける。電力自由化が始まった2000年当初は、原油価格が1バレル当たり30ドルを切っていた。安価な燃料と、最新鋭の設備を組み合わせれば、電力会社とも戦えると新規参入が相次いだ。
ところが、この10年で燃料費は高騰。原油価格は1バレル当たり100ドル前後と約5倍に跳ね上がった。三井物産と日揮、石川島播磨重工業が出資したジーティーエフ研究など、撤退や事業の縮小が相次いだ。
発電事業はスケールメリットが働く。この点でも、電力会社はPPSよりも優位にある。
千葉港に隣接するサミット美浜パワーの亀岡和英社長も、「電力会社と戦っても、まったく勝ち目がない」とため息をつく。同社のLNG(液化天然ガス)火力コンバインドサイクルの設備容量は、5万キロワット。一方で、東京電力の火力発電所は1カ所に複数の発電機があり、設備容量は合計で100万~500万キロワットもある。
特に、電力会社の料金が安い夜間はビジネスにならないのだという。そこで、サミット美浜パワーでは、夜間は東京電力から電力を調達し、昼間は自社で発電している。さらに、周辺の食品工場などに自営線を敷設し、電力と発電時に生じる蒸気の両方を販売している。「電力の販売だけでは厳しいが、蒸気も売れれば採算性が上がる」(亀岡社長)。
電力会社の送電網ではなく、電力を自営線で供給しているユーザーは、計画停電も15%節電も無縁だ。現在、周辺の7社に提供中だが、「既に倍以上の企業から要望がある」(亀岡社長)。ところが、自営線を今以上に敷設するためには、公道を越えなければならず、自治体などの認可を取るのが困難な状況にあるという。
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