2025年4月13日に開幕を迎える「大阪・関西万博」。会場となる大阪・夢洲(ゆめしま)ではパビリオンなどの工事が山場を迎えている。どんなコンセプトで、どんな技術を生かした施設が出来上がるのか。一足先に、新刊『関西大改造2030 万博を機に変わる大阪・京都・兵庫』から紹介する。第1回は、催事を実施する主要施設の1つ、「EXPO ホール(大催事場、愛称シャインハット)」編。万博の開・閉会式が開かれる同ホールは、巨大な円すい状の壁の上に、金色に輝く薄い円形屋根が載る。基本設計を手掛ける伊東豊雄建築設計事務所(東京・渋谷)の伊東豊雄氏に設計コンセプトを聞いた。そこには1970年に開かれた大阪万博への思いが込められていた。(聞き手は奥山 晃平=日経クロステック/日経アーキテクチュア) ※記事は『関西大改造2030』のベースとなった日経クロステック連載「2025年大阪・関西万博」より転載・一部変更
EXPO ホールの建築的な特徴は何ですか。
金色の薄い金属屋根は、直径が60mを超える大きさです。日本から世界に情報を発信したり、世界から情報を集めたりする「パラボラアンテナ」をイメージしてデザインしています。1970年に開催された大阪万博のシンボルである「太陽の塔」の最上部にある「黄金の顔」を意識しました。
そんな円形屋根を支えるのは、大地から立ち上がってきたような物質感を持つ、ザラザラとした白い円すい状の壁です。外壁の仕上げには目の粗い吹き付け材を使い、屋根のツルツルした質感と対比させます。
建物の内部は真っ白な空間が広がります。
当初は、太陽の塔のような深紅の内装も検討しました。ただ、プロジェクションマッピングによる映像演出などをすることも考慮し、壁面は白色にしました。(塗装するのではなく)白い布を壁に沿って設置し、建物内部全体を覆います。
壁の布だけでなく、床面や客席も白く着色して真っ白な空間に仕上げます。一般的に劇場の内部は黒を基調としていますが、EXPO ホールは360度、白色で覆われる不思議な内部空間になります。
そして天井だけが金色に輝く。実は屋根の金色とは光り方が異なります。天井は金属ではなく、紙素材を採用するからです。金属は光を反射してしまうので、映像をうまく投映できません。紙素材を使った天井なら、内部空間全体を使ったプロジェクションマッピングが可能になります。
建物には直径18mの円形ステージを設けます。それを半分囲むように約2000席の客席を並べます。
僕の事務所では2023年7月に水戸市で開館した「水戸市民会館」も設計していますが、EXPO ホールとほぼ同数の客席があるホールをつくりました。EXPO ホールの建設現場で建物内部のスケール感を実際に確認したところ、水戸市民会館のホールよりも大きく感じました。大阪・関西万博の来場者は、EXPO ホールの内部空間の広がりに驚くはずです。
建設資材の高騰は建築デザインに影響がありましたか。
本当は建物の屋上に上がれるようにしたかったのですが、予算の関係で断念しました。後は楽屋などを少し簡略化した程度で、建物そのものは当初の計画から大きく変えていません。
「未来的な建築は1967年の万博が最後」
伊東さんはこれまでの万博をどう捉えていますか。
1970年の大阪万博で僕は、菊竹清訓建築設計事務所の菊竹清訓さんの下で展望塔「エキスポタワー」の設計に携わりました。ただ、僕は途中で退所したので開幕してからは現地に行きませんでした。
大阪万博には6000万人以上の来場者が訪れましたが、建築物でいうと大半の人たちは太陽の塔が目当てだったと聞いています。菊竹さんのエキスポタワーや丹下健三さんの「お祭り広場」には、あまり関心が集まらなかったようです。どうしてだろうと、当時は疑問に感じていました。
2023年に大阪で開館したばかりの公共施設「茨木市文化・子育て複合施設おにクル」の設計を僕の事務所が進めている最中に、茨木市の隣の吹田市にある太陽の塔を眺める機会が何度かありました。そのたびに太陽の塔が発する原始的な力強さを実感しました。
今になって、そうした魅力が人々を引き付けていたのだろうと納得しました。だからこそ、今も太陽の塔だけは残っているのでしょうね。
今回の万博に込めた思いは何ですか。
万博では、技術の進化や発展を通して「未来を示そう」とする傾向があります。しかし、それには限界が来ているのではないでしょうか。
1967年に開かれたカナダのモントリオール万博では確かに、バックミンスター・フラーの巨大ドームやフライ・オットーによるテント構造の建物を見て、「これこそが未来的な建築だ」と感激しました。でもそれ以降の万博では、未来を想像させるような建築は生まれていないと、僕は思っています。
どんなに技術が進んでも、やはり人間は動物です。今回の万博では技術に頼った未来よりもむしろ、人間の奥底にある動物的な感性に訴えかけるような力強さを表現したいと考えました。大阪・関西万博のシンボルになる藤本壮介さんの大屋根(リング)はとても力強く、それに負けない建築をつくりたいですね。
万博会場ではEXPO ホールの骨格が見えてきました。
2024年7月時点で、鉄骨駆体(くたい)の建て方はほぼ完了しています。25年2月の完成に向けて、工事は順調に進んでいます。
閉幕後に建物はどうなるのですか。
閉幕後に建物を移築する可能性はあると思います。もっとも、移築を前提に設計したわけではないので必要な費用は分かりません。
[日経クロステック 2024年8月27日付の記事を転載・一部変更]
川又英紀ほか(著)、日経クロステック、日経アーキテクチュア(編)、日経BP、3520円(税込み)