同胞のコミュニティーの中だけで生活している在日中国人たち。その数が知らない間に日本の県に相当する人口にまでなっていることに、日本人は戸惑い、SNSなどには「日本で金もうけするな」、「日本から出て行け」といった排外主義的な感情をむき出しにするコメントが見られる。私たちは在日中国人とどのように向き合っていけばいいのか、共存するために何が必要なのか。『日本のなかの中国』(日経プレミアシリーズ)の著者で、中国をフィールドに長く取材を続けてきた中島恵さんに聞いた。(全2回の2回目)
1回目 『
日本人の友だちがいなくても困らない 日本のなかの中国人社会
』から読む
「控えめ」だった中国人の意識が変わった
中島さんは、中国人への徹底した取材をもとに、中国の社会事情や中国人の本音を描き出すスタイルを20年近く続けてきた。
その間、日中をめぐる大きな出来事のひとつに2010年、中国のGDPが日本を追い抜いたことがある。多くの日本人がその事実にショックを受けていたが、中島さんが話を聞いた中国人たちからは「謙虚な声」を聞くことが多かったという。
「当時、彼らは、『GDP世界2位になったからといって何も変わらない。輝いて見えるのは“ショーウインドー”に映る中国でしかない』と言っていました。GDPの数字は表向き。ちょっとショーウインドーの奥に目をやれば、貧困など大変な問題が山積している。中国は相変わらず貧しいままだと。日本はGDP世界2位の座を40年も保ってきた素晴らしい国なのに、なぜ日本人はそんなに自信がないのですか、とも言われました」
しかし、その後も中国の経済成長は続き、中国人の所得は向上、「爆買い」現象が起こるなど目に見えて豊かになると、発言が変わってきた。
「2018~19年には、『わが国は世界で最も素晴らしい国だ』という自信を持つ人が増えてきましたね。街中を走るシェアサイクルの広告にも“中国は偉大な国”という意味のコピーが書かれていました。バブル期の日本が“ジャパン アズ ナンバーワン”と浮かれ、三菱地所がニューヨークのロックフェラーセンタービルを買収したりしたことと、どこか重なります。中国でもアメリカに手が届くのではないかという高揚感がありました。ものすごい富豪がでてきたりしましたからね。
しかし、新型コロナの発生以降、米中対立が激化し、中国経済も失速しました。今では『中国はアメリカを超える偉大な国だ』と思っている人は少なくなったと思います」
さらに最近、中国国内で凶悪な犯罪が急増している。2024年6月に蘇州で日本人母子らが刃物で襲われ、9月には深圳で日本人男児が刺殺された。中国国内で無差別といえるような殺傷事件が相次いでおり、治安の悪化が懸念されている。
「中国も日本と同様に、コロナ禍を境として、勝ち組と負け組がはっきりしてきました。社会の中に、鬱積した気持ちを抱えている人が多いのではないかと感じます」
日本にやって来た中国人たちは、このまま日本に根を下ろすのか、中国に帰るのか、また違う国に移るのだろうか?
「予測しづらいですね。基本的には人それぞれですから。留学で来日し、日本で結婚、子育てをした人の場合、子どもは日本語がネイティブの2世ですから、家族そろって、そのまま日本で暮らすという選択をする人が圧倒的に多いです。中には、年を取ったら、中国に帰りたいと思う人もいるのですが、長年日本で生活した人が、生き馬の目を抜く中国に戻って生活するのは難しいと思います。
中国からアメリカや他の国に移住したけれども、うまくいかなくて日本へ来たというケースはときどき聞きます。また、試しに日本に住んでみたらすっかり気に入ったので、できるだけ長く住みたくなったという声も聞いたことがあります。
同じ東洋人だし、母国に近いから、帰ろうと思えばいつでも帰れる。日本はコンビニがたくさんあって、食べ物のクオリティーも高くて、少なくともアメリカの中華料理より日本の中華料理のほうが数倍おいしいと(笑)。逆に、日本に来たけれど日本が合わず、第三国に行ったという例はこれまで一度も聞いたことがないですね」
中島さんは今後、日本にくる中国人はこれまでのように爆発的ではないが、増え続けるだろうとも言う。
「中国の政治体制は、今後しばらくは変わらないでしょう。そう考えると、お金やツテがある人は中国から脱出したいと思うでしょうから、この流れは続くと思います。ただ、政府はそうした人材やお金の国外への流出を食い止めようと警戒していますし、勤務先が社員のパスポートを取り上げ、自由に出国できない状態の人も多いので、爆発的に増えるということはないと思います。
日本は人手不足ですし、優秀な人材はもっと受け入れるべきだという考えもありますから、今後、特定技能制度などを使って、多様な専門分野の人材が日本にやってくることになるのではないでしょうか」
「日本のなかの中国」であり続けるのか
在日中国人が増えたときに課題となるのは、日本や日本人を理解し、日本社会にどれだけ溶け込めるかという問題だ。
中島さんは、取材を通じてその難しさを目の当たりにしてきた。埼玉県川口市のように「多文化共生」の専門部署がある自治体でさえ、さまざまな問題が起こっている。
住民の半数が中国人という芝園団地の夏祭り。終わったあと、日本人は後片付けに参加するが、母国でそういった習慣がなかった中国人の中には、何もせずに帰ってしまう人が少なからずいるという。
また全校約700人中300人以上が中国人で、それ以外にも多くの国籍の児童がいて、国際教室が充実している横浜市立南吉田小学校でさえ、休み時間になると同じ国の子ども同士で集まって遊んでいることが多いという。
「やはり、母国語のほうがしゃべるのが楽だし、言わなくても通じ合うことが多い。それは海外に住む日本人だってまったく同じですから、仕方がないですよね」
移住者には語学力や文化を理解するトレーニングを
中島さんは相互理解を深めるためにも、日本に移住する外国人に対するルールはしっかりと決めておいたほうがいいと言う。
まず、日本に永住したり、仕事で長期滞在したりする場合には、ある程度の日本語を身に付けてほしいと言う。
「オランダでは、長期滞在者にはオランダ語の読み書き、スピーキングと、オランダの社会常識をチェックする『市民化テスト』というものがあります。オランダに移住した外国人は、移住してから3年以内に合格することが義務付けられているそうです。
日本にはそういうルールはありません。移住したばかりの外国人でも、日本人と同じ条件で不動産を購入できます。もちろん日本語ができる在日中国人がいるので、そういう人たちから日本のことを教えてもらえますが、伝言ゲームのようになってしまいがちで、誤解していることも多いです。そもそも日本語ができる人でも、日本人と結婚したり、日本企業にどっぷり浸かっていない限り、日本について知らないことはたくさんあるはず。本当に日本社会を知るには、やはり日本語を身に付け、日本の文化や習慣を理解しようとすることが大切だと思います」
もう1つは、採用する企業側のルールだ。
「特に国の安全保障や先端技術などに関わる企業の場合、外国人社員がどこまでその情報に接することが許されるか、などを決めておく必要はあると思います。情報の機密性の程度や国外流出のリスク次第ですが、場合によっては制限を検討する必要が出てくるかもしれません。
中国人に限らず日本企業で働く優秀な外国人社員はますます増えていますし、今後、幹部に登用されることも多くなるはずです。お互いのためにも、しっかりとした基準を決めておくべきだと思いますね」
取材・文/西所正道 構成/市川史樹(日経BOOKプラス) 写真/鈴木愛子