野菜の下ごしらえを終えたところでアツマくんが帰ってきた。
玄関に行ってアツマくんと向き合う。後ろ手に、彼の顔を覗き込むようにして、
「お風呂がいい? それとも、メリークリスマスがいい?」
「なんやねん、その2択は」
「ダメよ、自分勝手な関西弁のモノマネは」
「……ふんっ」
「可愛いスネ方をするのねえ」
「うるさい」
「あ、もしかしたら」
わたしはイジワルに、
「お風呂でもメリークリスマスでもなくて、もっと望んでるモノがあったりした?」
「……」
コドモみたいにアツマくんは沈黙。
彼の腕を引く以外の選択肢が存在しなくなる。
だから、右手で彼の左腕を引いて、それからそれから……。
× × ×
白ワインをとくとくとグラスに注ぐ。
「赤ワインでなくて白ワインなんか」とアツマくん。
「そういう気分なのよ」とわたし。
「そういう気分って、どういう気分?」
問いに答える気などあるはずも無く、彼のグラスにも白ワインを注ぐ。
「早くお料理食べましょーよ。あなたお腹空いてるでしょ」
「食べる前に乾杯じゃないのか」
「アッそーだった」
わたしはすぐに白ワインの入ったグラスを掲げる。アツマくんも同様にする。
「アツマくんがほんとーにお仕事ご苦労様なので、乾杯」
「おまえだってご苦労様だろ。いろいろ頑張ってくれてるんだから」
「あなたも早く『乾杯』って言ってよぉ」
「わーったよ」
わたしのグラスに自分のグラスを当てつつ、
「乾杯!」
と言うアツマくんが、何だか微笑ましかった。
惣菜類は1つもない。全部わたしの手作り。
「フライドチキンはないけど、唐揚げはあるのよ。あなたは唐揚げの方が好きでしょ?」
「まあ、好物の1つであるとは言える」
「わたしが揚げた唐揚げなんだから『大好物』よね」
「……うむ」
アツマくんは唐揚げを箸で挟み、口に持って行ってガブリ、と食べる。
食べる様子を微笑ましく眺めながら、期待を込めて、
「食レポをお願いしたいわ」
やや戸惑いながらも、白ワインを飲んでから、彼は、
「柔らか過ぎることもなく、硬過ぎることもなく、理想の仕上がり具合だった。とってもジューシーだったし、ここ3ヶ月のおまえの唐揚げでは1番の出来だった」
あらぁ~~。
「嬉しいこと言ってくれるわねぇ。白ワインもっと注いであげる」
「飲み過ぎると明日に響くんだが……」
「響いてもいいじゃないの♫」
「出た、おまえの悪い性格。クリスマスでも変わりがない」
しなやかにアツマくんをスルーして、
「野菜も食べましょうね~~」
と、野菜料理の類(たぐい)を彼の皿に次々と乗っける。
× × ×
「食後のコーヒーは飲まんくてもいいんか?」
「いいの」
「なんで」
「コーヒー飲むよりも優先させたいことがあるから」
「あー」
カーペットに腰を下ろし、丸テーブルを挟んでわたしと向かい合っているアツマくんが、
「クリスマスプレゼント交換大会ですか」
わたしは吹き出しそうになり、
「大会って何よ、大会って」
「交換するのならさっさと交換しよーぜ?」
「ねえ、そもそもプレゼントを『交換』するって言っていいものなのかしら。所有物というよりは、贈りたい物を贈り合うわけでしょう? 日本語って難しいわよね」
「……『交換』が適切でないのなら、どんな日本語を当てはめればいいんだ」
「そこが分からないのよねえ」
「お、おまえ、得意科目が国語だっただろが」
わたしはどこからともなく大きな袋を持ってきて、丸テーブルの上にデーンと置いた。
「わたしからあなたへ、この大量のプレゼントを」
「クリスマスなのに青色の袋……ということは」
「ネタバレしちゃうけど、全部横浜DeNAベイスターズ関連グッズよ」
若干呆れ顔のアツマくん。良くないわね。
「来年から、5年連続リーグ優勝かつ日本一は確定的なんだから」
そう言って、青い袋を彼の手元まで押し進めて、
「いや、それは流石に気が早過ぎるだろ」
「はやくない」
「……おれが、プレゼントとして、おまえのために用意しておいたのは」
「ちょっと待って」
「え?」
ニコニコニッコリと、天使のような笑顔を作り上げることに努めて、
「来年は今年の2倍、ハマスタに行こうね、アツマくん☆」
「うぐぐ」
「たとえベイスターズが惨敗したとしても、あなたと一緒なら帰り道も悲しくないわ」
青い袋に眼を落としながらも、愛すべき彼は、
「わかったよ。できるだけ、おまえにつきあってやる」
やったあ。
今日の目的が9割方達成されたようなものだわ。
「おれのプレゼントの番だぞ」
愛するアツマくんが、赤と緑の包装のプレゼントを丸テーブルのど真ん中に置いた。
「これって、本?」
「ああ、そーだ。おまえがずっと欲しがってた本だから」
「開けてみてもいい?」
「いいぞ」
中身は、かなりマイナーな出版社の文芸書。
「よくこれが手に入ったわね」
「大きな書店を何軒か渡り歩いて、ようやく手に入れた」
「ネット通販って選択肢は無かったの?」
そう言うと、彼は照れ気味に、
「リアル書店を渡り歩いて探すのに……意味があるんだろ」
「わぁ。うれしい」
「うれしいか?」
「うれしいわよ」
プレゼント本を胸に抱きながら、わたしは、
「この本は明日中に読破するわ。ありがとう、アツマくん」
× × ×
双方ともソファに移動した。
わたしはアツマくんの左肩に右肩をすり寄せ、
「さっきはあなたからのプレゼントの本を抱き締めたけど。本を抱き締めるだけじゃ、満足できないの」
アツマくんの喉がゴクン、と鳴った。
大げさ。
だけど、そんな大げさなところも、好き。
だから、
「どのタイミングで、わたしに抱き締めてほしい?」
「た、タイミングって。難しいんですけど、愛さん……」
どうして敬語になるのかしら。でも、確かに難しい要求だったかもしれないわね。
それなら、
「わたしが合図をするから、その時に抱き締めてよ」
「合図……か。できれば、おれのココロの準備ができてから、合図してほしいな」
「そんなフヌケたこと言うのなら、今すぐに抱きついちゃうわよ?」
「!?」
「飛び退(の)かないでよ~~」