タグ

2016年2月14日のブックマーク (4件)

  • 東京都薬剤師会・北多摩支部 おくすり博物館 変な(過激な)置き薬

    江戸時代から続く“先用後利”に象徴される配置売薬の歴史や伝統、課題と展望など難しいことは後回しにして、実にバラエティに富んだ置き薬の世界をご紹介したいと思います。 置き薬は普通中袋(;これは個包装のことで1~2回分の粉末や錠剤の薬が入っています。)いくつかを外袋に入れ、さらに何種類かの外袋(;風邪薬、はらいた薬、婦人薬、さらには目薬、軟膏など)をさらに大きい預け袋や預け箱に入れておくものです。 今回は現在の一般用医薬品には見られない、変な(過激な)置き薬をご紹介いたします。 時代の流れとして当時は商品の売り上げを伸ばすため特にパッケージのデザインと名称に力を傾注していたようで、その面が端的にあらわれた例と解釈しております。 1. ぱあ(奈良県橿原市産。1包入り30円。) 五つの効き目(神経痛、はいた、づつう、肩のこり、風感冒)があるので、手を開いて 五の指でぱあという名前です。ちなみに手

  • 第四艦隊事件 - Wikipedia

    海軍は前年(1934年)に起こった水雷艇友鶴の転覆事件に鑑み、保有艦艇の復原性改善工事を終了していた。さらにロンドン海軍軍縮条約の失効と国際情勢の悪化に伴い、海軍力の拡充に奔走していた。 1935年、昭和10年度海軍大演習のため臨時に編成された第四艦隊(第二期編成・司令長官松下元中将)は、岩手県東方沖250海里での艦隊対抗演習に向かうため9月24日から9月25日にかけ、補給部隊・水雷戦隊・主力部隊・潜水戦隊が函館港を出港した。 すでに台風の接近は報じられており、9月26日朝の気象情報により、午後には艦隊と台風が遭遇することが明らかになった。そのため、反転して回避する案も出されたが、すでに海況は悪化しており、多数の艦の回頭による接触・衝突も懸念された。また、「大戦において、台風という荒天下での開戦もあるはず」という台風の克服も艦隊の練度向上になると判断され、予定通りに航行を続けた。主力部

  • Google Doodles - Google’s Search Logo Changes for Every Occasion

    Explore interactive Doodles Fun awaits! Unlock interactive worlds built around holidays, events, sports, and heroes from around the world! Play recurring game series Check out the new Half Moon series! This monthly recurring card game invites you to play against the moon to test your knowledge of the lunar cycle.

  • 『私の1960年代』 山本義隆 - marginalia

    義隆という名前を聞いて、ああ、と思い出す人は世代的に限られているだろう。在野の物理学者として、素人にもよく分かる物理学の歴史を説いた良書の筆者として知られているが、東大全共闘のリーダーとして、当時新聞紙上を騒がしていた名前である。東大安田講堂をめぐる機動隊との攻防は、一月の寒い日だったので、放水車が大量の水を浴びせるテレビ画面を、こたつの中に手まで入れながら、い入るように見ていたのを覚えている。もちろん、学生側を応援していたのだ。 その山氏が『私の1960年代』というを出した。それまで、東大闘争について語ることを自ら禁じていたのか、市井の一学徒として主に科学に関するしか書いてこなかったと記憶している。敗軍の将、兵を語らず、の心境でもないだろうが、ひとつの見識ではあると思ってきた。その人が何故今頃になって、過去を語ろうとするのか、と疑問に思い手にとった次第である。 ここには二人の

    『私の1960年代』 山本義隆 - marginalia