(2016年12月29日 22:45 タイトルおよび概要文などを一部変更しました) 2016年12月も暮れようとする今日、私は一人の男性が気がかりでなりません。 私は、その男性と会ったことはありません。どういう方なのか、全く知りません。たとえば、会えば会話が成り立つのかどうか、全く判断できません。しかし、今、どこでどういう気持ちで暮らしているのか、気がかりでなりません。 その男性とは、2009年の島根女子学生殺害・死体遺棄事件の加害容疑者となっている男性(2009年に死亡)の弟さんです。 そもそも、被害を「償う」ことは出来るのか?言うまでもなく、被害者や被害者家族は、平穏な日常、将来の希望や可能性を、犯罪によって理不尽に奪われています。 加害者がどのような重罰に処せられても 「そのような犯罪の被害を受けることがなく、被害がなかった現在がある」 という意味での償いは不可能です。 加害者が心か