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2021年11月6日のブックマーク (2件)

  • 別府史之「自転車ロードレース選手としてのストーリーは書き終えた。新しい人生の物語へ」(宮本あさか) - エキスパート - Yahoo!ニュース

    目の前に引かれているのは、単なるキャリアのフィニッシュラインではない。新しい夢へのスタートラインでもある。自転車ロードレース世界最高峰の舞台で、17年間、プロ選手として戦い続けてきた別府史之が、次のステージへと走り出していく。 プロトンを外側から眺めた日 自分が満足できた時こそが、そのタイミングだと決めていた。 2021年が締めくくりの年になるだろうという予感は、シーズンを走り出した時点で、すでに別府の心の中にあった。ただスケジュールは10月上旬まで組まれていたし、そこに向け、しっかり準備も練習も積んできた。 しかし9月18日のプリムス・クラシックが、結果的にプロ生活最後のレースとなった。 「全長200km近いレースを、3分の2ほどで途中棄権した後、最後の50kmくらいを自走で帰ってきたんです。僕がのんびり走っている脇で、まだまだレースを必死に走っている選手もいて。当然、僕を追い抜いていっ

    別府史之「自転車ロードレース選手としてのストーリーは書き終えた。新しい人生の物語へ」(宮本あさか) - エキスパート - Yahoo!ニュース
    ko77
    ko77 2021/11/06
    “『ああ、僕は、満足できた』。そんな感覚でした”
  • 今までありがとう。そしてこれからも - Fumy.jp 別府史之 Official Site

    幼少の頃から夢だったプロサイクリストを目指し、高校卒業と同時に日からフランスへ飛び出してから、早くも20年が経ちました。 当時は日人プロ選手がいなかったため どうやってヨーロッパのプロ選手になるのわからず、見えない梯子を1つ1つ手探りで上に登っている状況でした。 インターネットがようやく普及しはじめた頃で、今のように情報も溢れていなくて、フランスのマルセイユのアマチュアチームで走ったり、同年代が走るワールドカップのレースを走ったりしながら、プロになるためにはどのレースで活躍するべきかなどの情報を集めました。現地のアマチュア選手たちと共に同じ土俵でレースを走り、勝ち上がっていくのがプロ選手になる1番の近道でした。 ヨーロッパの選手でも各国から年間数人がプロになれるかなれないかの中で、日人がプロ選手になるのは確率的に天文学的な数字でした。見ず知らずの土地でしたが、家族や多くの人のサポート

    今までありがとう。そしてこれからも - Fumy.jp 別府史之 Official Site
    ko77
    ko77 2021/11/06
    ”2009年ツール・ド・フランスで日本人初の完走を果たし、最終ステージで敢闘賞を受賞”完走だけでも凄かったんだよなのに最終ステージ熱かった。