安倍晋三首相が9日に長崎市で行った記者会見は質問2問で終了した。地元記者と同行記者から1問ずつ質問を受ける予定通りとなった。会場から「まだ質問があります」との声が複数上がったが、追加は受け付けず、首相はそのまま立ち去った。 会見時間は約18分間。新型コロナウイルスの国内感染状況に対する現状認識と対応方針を巡る説明に約10分を費やした。 6日の広島市での会見では、追加質問で会見を長期間実施しなかった理由を問われ「節目、節目において会見を考えている」と答えた。

新型コロナウイルス対策をめぐり安倍総理大臣は長崎市で記者会見し、医療提供体制はひっ迫していないとする一方、経済には甚大な影響が見込まれており、再び緊急事態宣言を出さずに済むよう、高齢者などへの感染予防策を徹底する考えを示しました。 一方、「リーマンショックを上回る甚大な影響が見込まれている。雇用や暮らしに与える影響を考えれば、感染をコントロールしながら、できるかぎり再宣言を避けるための取り組みを進めていかなければならない」と述べ、再び緊急事態宣言を出さずに済むよう、高齢者や基礎疾患がある人たちの感染予防策を徹底する考えを示しました。 そして、政府の分科会が示した感染状況を4つのステージに分けて判断するための指標も参考に、地域の実情を踏まえながら対策を講じていく考えを示しました。 さらに、ワクチンについて複数の企業との間で協議を進め、ほぼ全国民に相当する1億2000万人分を上回る供給を受ける
おれは25〜28歳ぐらいのとき。 仕事に慣れてきてそのときいた部署と水が合ったので毎日遊びに行っていたようなものだった。業務量も暇で、ほぼ定時で帰れるから晩ごはんを毎日いろんなレストラン回っていてとても楽しかった。 まだハゲてなく、見た目のメンテナンスをする気力もあったのでそれなりにモテていて、常時セフレがいて性的にも満足していた。同僚女性からは「おしゃれ」と評判され、サシでごはんに誘っても誰も断らなかった。 それが部署が変わって厳しい上司になり、業務量も多くて毎日残業、評価も厳しくて給料が上がらない。出社するのが憂鬱な毎日に。 ストレスもあるのか一気にハゲて、仕方なくスキンヘッドに。顔のブサイクさをごまかせなくなり、まったく女性に相手にされないどころか、ちょっと敬遠されるようなポジションに一気に降格。同僚を食事に誘ったらその話が回って「口説こうとしていた」と言われ、一気にキモい人扱いに。
1985年、北海道生まれ。ADHD(注意欠如・多動症)と診断されコンサータを服用して暮らす発達障害者。二次障害に双極性障害。 幼少期から社会適応がまるでできず、小学校、中学校と不登校をくりかえし、高校は落第寸前で卒業。極貧シェアハウス生活を経て、早稲田大学に入学。 卒業後、大手金融機関に就職するが、何ひとつ仕事ができず2年で退職。その後、かき集めた出資金を元手に一発逆転を狙って飲食業界で起業、貿易事業等に進出し経営を多角化。一時は従業員が10人ほどまで拡大し波に乗るも、いろいろなつらいことがあって事業破綻。2000万円の借金を抱える。 飛び降りるためのビルを探すなどの日々を送ったが、1年かけて「うつの底」からはい出し、非正規雇用の不動産営業マンとして働き始める。現在は、不動産営業とライター・作家業をかけ持ちする。 著書に『発達障害の僕が「食える人」に変わったすごい仕事術』(KADOKAWA
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