セックスと愛情との関連について、たまーに話に上がることがあるよね。いろいろな意見があるけど、主流なのは「愛情のないセックスはすべきじゃない」ってのと「セックスにそれ以外の意味を付加すべきじゃない」って意見だ。うんうん、どっちもいいたいことは分かる。でも、ここで何より重要なのは、愛情とセックスは多少は関連しているという事実と同時に、必ず関連しているわけでもない、という事実だ。事実は単純にそれだけなの(と俺は思う)。 多くの人間関係では約束問題が絡む。こうした「関連してないわけじゃないけど、かならず関連してるわけでもない」みたいな不確定さが、約束問題を引き起こすからだ。じゃあ、あなたは裏切られることを必ず覚悟しなきゃいけないの? そうでなければ、好きな人を必ず裏切ることになるの? 破綻が運命付けられてるの? そうじゃない。そんなことはない。そうした劣悪な結果は訓練によって回避可能だ。あなたが方
以下は最近本家ブログで続けている「弱者男性」論への対応シリーズの番外編。id:kmizusawa さんの「順番が違う」という記事への反論というか「違和感」を書いた Masao さんという方の「本当に抑圧されているのは誰か ?「フェミニズム」と「ジェンダーフリー」は別物なの?」という記事に軽くコメント。 実際に抑圧されているのは「男」でも「女」でも「ゲイ」でもなく、「社会から求められるジェンダー規範に乗れない/乗りたくない人たち」ですよ。社会規範に乗れている人たちは、どんなジェンダーを持っていようと、抑圧なんかされていないんですよ。対立しているのは「男VS女」ではなく、「規範適応者VS非(不)規範適応者」ですよ。ここまでは、以前別館でも書いたとおり。 なぜ「それではなく、これ」という話になるのか。「性別を理由とした抑圧」「性的指向を理由とした抑圧」「ジェンダー規範による抑圧」のうち、どれか1
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