◆持ち歩ける情報処理端末「CLIE」は未来だった
今は国民のほとんどがスマートフォンを持っている時代ですが、2000年頃はまだそんなものはなかった頃、いかに情報処理端末的なガジェットを持ち歩くことを夢みたことか。
確かにケータイをいつも身につけて、単なる通話だけじゃなくて、カメラもついてて音楽も聴けて、ケータイ用に用意されたサイトを見たりショートメッセージくらいはできても、それぞれのクオリティーはまだまだ低くて、なんとももどかしい窮屈さから逃れられませんでした。
その当時、最も処理速度の速いはずのノートパソコンを持ち運ぶのが最善だとわかってはいても、やっぱり重くて大きい。VAIOはあくまでも Windowsという路線に乗っかっているもので、起動するだけで待たされるし、バッテリーもすぐになくなるし、そもそもHDDが壊れるかもしれないというリスクを背負っていたので、気軽に外に持って行くわけにはいきませんでした。
そこに登場したパーソナル エンターテインメント オーガナイザー「CLIE」の存在は、期待せざるを得ません。初代モデルの「PEG-S500C/PEG-300」は、ソニー初のPalm OSということもあって、まだまだ荒削りなところもありましたが、これは未来が来たなと。
そして最も心を奪われたのが、2002年に発売されたPalm OS 4搭載の「PEG-NR70V」。折りたたみスタイルで、ディスプレー部が回転する機構をもったオープン&ターンデザイン。上部は320×480ドットの3.8型、縦型ワイド高解像度TFTカラー液晶、ベースとなる下の部分は、パソコンと同じアルファベット配列のハードウェアキーボードを搭載。本体を開いてパソコン的な感覚で文字入力できたり、ディスプレーを180度回転させて折りたたんでコンパクトに使ったりフレキシブルに使ったり。
画面上にソフトウェアキーボードを表示しての文字入力もできるので、使うシーンに合わせて好きなスタイルで使えるのが最大の特徴でした。
ヒンジ部分にあるカメラはレンズ部が前後に300度回転し、回転式ディスプレーはカメラモニターにして、外に向けても内側に向けてどんなアングルでも撮影ができる自由度。カメラはキャプチャーボタンでアプリを起動して、ポチっと押せばかんたんに静止画を撮影でき、モノトーンやセピアといったエフェクトをかけたり、撮影した静止画に手書きで文字や絵をかき込みんで画像加工もできます。かなり今のスマホに近いですね。
ジュークボックスソフト「SonicStage」で変換した音楽(ATRAC3とMP3)をメモリースティックに保存しておけば、音楽再生ソフト「AudioPlayer」で再生して音楽プレーヤーとして使うこともできます。
◆ソニー独自のギミックで何でもできるように
面白ギミックとして、本来はデータを格納するメモリースティックスロットが、いくつかのオプションパーツ(CLIE GEAR)に対応していること。クリエ専用のBluetoothモジュール「PEGA-MSB1」は、ほぼメモリースティックくらいのサイズで、本体に差し込むと、Bluetooth対応のケータイと通信してインターネットに接続できたり、クリエ同士でワイヤレスのデータ交換できたり、VAIOとの接続などにも利用できました。同じくメモリースティックスロットに差し込めるGPSモジュール「PEGA-MSG1」と組み合わせれば、簡易的な徒歩用ナビゲーションとして使うこともできました。
本体は全身がマグネシウム合金で覆われて、その剛性は高さはもちろんのこと、手触りも最高! その薄さと回転&折りたたみのギミックが合わさって、所有欲の満たされっぷりは計り知れないものがありました。
その翌年2003年に登場した「PEG-UX50」は、一転して折りたたみギミックを持ちながらも、横長のミニミニPCのようなスタイルでした。大きさとしては、幅103×高さ86.5×奥行き17.9mm、重さ175gという極小かつ超軽量で、ポケットにすっぽり収まるコンパクトさで、ディスプレーは、3.2型(480×320ドット)の横型高解像度ワイドカラー液晶を採用していました。
「PEG-NR70V」と同じくディスプレーを回転させて、小さく折りたたんで使うことができたり、前後に300度回転する約31万画素CMOSを搭載した「回転カメラ」を搭載。バックライト付のハードウェアキーボードは、波打つ凹凸の盛り上がったところにキートップが配置され、さらには数字キーが独立するなどして、小さいながらもタイピングはかなりしやすかったかと思います。
ソニーが独自に開発したクリエ用アプリケーションCPU「Handheld Engine」を搭載したことで、動きが速い動画でも1秒間約30フレームのなめらかな再生も可能に。超小型ということもあって持ち運びも苦痛にならないし、VAIOで録画した動画をメモリースティックに移して屋外で視聴もできました。
ワイヤレスLAN(IEEE802.11b)とBluetoothを備えていたため、今までのクリエ以上に手軽にネットワークに接続して使えたので利用シーンも一気に広がりました。ただ、唯一の弱点というか、充電するには本体とクレードルを合体させる必要があるにもかかわらず、そのクレードルには電源以外の拡張性がなく、充電をするためだけに余計なクレードルとACアダプターを持っていかないといけないという、ちょっとナンセンスな仕様となっていました。
そのほかにも、スタンダードなPalmらしさをもつ「PEG-T600C」や「PEG-TH55」というモデルもありました。
◆20年前に有機ELディスプレーを採用していた
極めつけは、2004年9月に発売した「PEG-VZ90」。なんと、3.8型(480×320ドット)のの「有機ELディスプレー」を世界初搭載。ディスプレー自体が赤・緑・青に発光する有機ELディスプレーは、高輝度かつ高コントラストで視野角も広く、液晶とは比べ物にならない色再現性を持つという、あの有機ELを、今から20年前に採用していたのです!
夢のディスプレーを、ソニーのプロダクトの中で率先して搭載したのがクリエでした。そのぶんお値段も、市場価格で9万5000円前後とかなり高価でしたが。
ディスプレー部分は、今までのような閉じる方式ではなくスライド式。スライドするとボタン類やディスクジョグが現れるギミックを持っていて、動画や静止画、音楽といったAVコンテンツを表示するUI「メディアランチャー」とあいまって、直感的な操作がとても快適でした。
OSはPalm OS 5で、CPUにソニー独自の「Handheld Engine」、64MBのメモリーのうちユーザー使用可能領域40MBに加えて、内蔵メディアに95MBを持っているあたりも、今までのクリエの容量から大きくブラッシュアップされています。大容量のバッテリーを搭載しているおかげで、動画再生で連続約4時間、音楽再生であれば約42時間もの連続再生ができました。
当時のモバイル機器のバッテリーの持たなさからすると、かなり驚異的なスタミナ性能です。無線LANとBluetoothを持ちながら、メモリースティックスロットだけでなくCFカードスロットまであり、CFカードに動画を入れることもできたり、CF型のPHSカードを装着してモバイル通信といった使い方もできました。
付属している専用キャリングケースは、本体を保護する役割だけではなく、スタンドとしても活用できたり、本体にはステレオスピーカーを備えて満足できるほどの音量を出してくれたりと、まさにソニーのやりたいことを詰め込んだガジェットだぜ! と陶酔していました。
◆過ぎ去った未来になったCLIEだが遺伝子は受け継がれている
さぁ、次はどんな新型が出てくるだろう? と期待していたのですが、その後ぷっつりとクリエは出てこなくなりました。クリエが、映像と音楽、カメラやデータ通信といったすべてを集約したモバイルガジェットになると半ば信じていただけに、筆者のダメージは大きく、心にぽっかりと穴が空いてしまったようでした。
まだまだ処理能力が低かったことや、ネットワークのインフラも追いついていなかったことなどもあって、一般に普及するには条件が厳しかったこともあったと思います。けれどポジティブに考えれば、クリエに注がれた遺伝子は、その後の超小型を目指したVAIOやケータイ電話、そしてスマートフォンの「Xperia」に引き継がれていったのだと信じています。
筆者紹介───君国泰将
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