「鑑賞教育」の充実めざす 国立美術館が指導者研修 各地の教職員や学芸員らがグループワークなどに取り組む
独立行政法人国立美術館では毎年夏、美術館を活用した鑑賞教育の充実のための指導者研修を実施しています。今年は7月29日、30日の両日、東京国立近代美術館と国立新美術館(いずれも東京)を会場に開催。教師や教育委員会職員、美術館の学芸員など全国各地から約100人の受講者が参加しました。
この研修は子どもたちの健やかな成長のために鑑賞教育が重要であるとして、2006年度から実施。学校の教員や美術館の教育普及事業にあたる人材の育成と、地域における学校と美術館の連携の充実を目指しています。これまでに約1,700人の受講実績があります。
アートの学び、一層重要に
東京国立近代美術館で開催された初日。平田朝一文化庁参事官(芸術文化担当)付教科調査官の講義では、「社会構造や雇用環境などが急速に変化し、予測困難な時代になっている今、答えのない問いにどう立ち向かうかが問われている。目の前の事象から解決すべき課題を見いだし、主体的に考え、多様な立場の者が協働的に議論し、納得解を生み出すことなど、正に学習指導要領で育成を目指す資質・能力が一層強く求められていると考えられる」と話しました。小学校図画工作や中学校美術、高等学校芸術(美術、工芸)の学びの重要性について説明されました。
「分からない」を知ることの大切さ
参加者はそのあと小学校や中学校、高校、特別支援学校ごとにグループワークに取り組みました。東京学芸大学の西村德行教授と国立新美術館の宮下咲特定研究員がファシリテーターを務めたグループは、同美術館のコレクション展に展示されている現代アート作品をテーマに授業のプログラムを考えました。
注目したのは、抽象表現の分野で活躍した辰野登恵子(1950‐2014)の「Work 86-P-1」(1986年、油彩・キャンバス)です。何がどのように描かれているのか、具体的な手掛かりはほとんど見当たらない抽象度の高い作品です。参加した教員や学芸員らは寝転がったり、「あれは手に見えない?」などと意見交換し合ったりして、作品の切り口を考えました。
西村教授は「分からない、ということを知ることが美術の重要な役割です。自分から作品に働きかけていくことが大切で、そこに自分にとっての意味や価値をつくりだしていくことが学びになります」と話していました。
豊富な事例を紹介
2日目の会場は国立新美術館。京都市の小中学校と京都市京セラ美術館の「タブレット端末と美術館の作品コンテンツを活用した鑑賞授業について」や、北海道の中学校が美術館との連携した「表現」と「鑑賞」を一体的に進めた授業、愛知県美術館の「教員と協働して行う教育活動」などの事例発表が行われました。
鑑賞教育への機運高まる 社会状況に左右される面も
参加者からは「以前に比べると、こうした取り組みを通じて学校と美術館の距離が縮まっており、一緒に授業のプログラムを考えることも増えた」(西日本の美術館の学芸員)などの声が出ていました。一方、「最近のインバウンド需要の増大などを背景に、バスを利用して美術館などに子どもたちを連れていく校外教育がとても難しくなっている」といった悩みも聞かれました。
国立アートリサーチセンターは、鑑賞教育に対する今後の支援について「全国レベルの研修のほか、授業やワークショップで利用できる鑑賞教材の提供を継続して行っていく」と話しています。
「手話で楽しむ美術館コレクション」の取り組みも
独立行政法人国立美術館 国立アートリサーチセンターでは、日本手話で作品を鑑賞するための動画教材シリーズ「手話で楽しむ美術館コレクション」という取り組みも展開中です。下記↓から見られます。
https://ncar.artmuseums.go.jp/reports/learning/post2024-1464.html
日本手話を通して作品をよく見て、自分が考えたことや感じたことを言語化してみることに役立ちます。日本語字幕・音声付きの映像もあるので、耳が聞こえる人も一緒に楽しむことができます。「日本手話」を母語とする人たちも日本語を話す人たちも、だれもが美術作品について学び、美術館へ足を運ぶ一歩に繋がることを目的としています。
(美術展ナビ編集班 岡部匡志)