山下厚「東大合格への世界史」(2006年)は、副題が「東京大学への道・東大文Ⅰ生が教える日本語力で解く論述テクニック」である。また表紙には「東大模試1位の国語力で解き明かす、世界史で満点近く取る方法とは…?文章構成力で満点近く稼げ!」「現役東大生が教える体験に基づいた東大世界史の突破法」ともある。本書は、東大現役生の大学生の著者が直近の自身の実際の東大受験突破の合格体験を元にした東大二次試験、世界史論述対策の参考書である。
本参考書が出始めの頃、「Amazon(アマゾン)」のレビューやその他の書評で、本書が異常な低評価の散々な罵倒の酷評に見舞われているのを目にしたことがある。山下厚「東大合格への世界史」は、大人でベテランの進学指導の高校教師やプロの予備校講師が執筆したものではない。本書執筆時、著者は東大在籍の学部生で20歳前後の学生であるから、たかだかそうした20歳前後の現役大学生が書いた大学受験参考書であれば、東大世界史論述過去問に関する模範解答や論述作成の解説に多少の不備や説明不足の物足りなさがあっても当然だろう。そこまで激怒して酷評するほどのことでもない。
しかしながら、レビューや書評であそこまで苛烈に低評価の末の散々な罵倒の酷評に見舞われるのは、低評価の各文章をよくよく読んでみると直接的には書かれていなくても、どうやら本書に対する客観的な内容評価以前に現役東大生たる著者への反発の感情や主観的な怒りが各人にあるためらしい。東大に見事合格の現役の東大生であることに加えて、「かつて東大模試で全国1位を獲った」とか「東大模試の総合偏差値は80だった」など、著者は東大世界論述の解説中にさりげなく、やたら頻繁に自己実績の自慢を入れるのであった。この部分が特定一部の読者にかなりの不評で、その結果の本参考書をめぐる「異常なまでの低評価の散々な罵倒の酷評に見舞われる」不幸であると思われる。その他にもこの人の著書に、山下厚「スーパーエリートの仕事術」(2011年)というのもある。たとえその人が東大出身の高学歴で実際に優秀で「超エリート」であったとしても、著者みずからが自身のことを「スーパーエリート」と自慢して本を出すのは、人としてどうかと私は思うのだが。
山下厚「東大合格への世界史」は東大の世界史論述の解き方以外にも、「自分がたとえ有能で優秀であったとしても、自身の能力実績を他人にあからさまに自慢げに誇示したりしてはいけない。そうすれば周りから反感の顰蹙(ひんしゅく)を無駄に買って結局は自分が損してしまう。自身の卓越した能力や華々しい実績、自己に対するエリート意識のみなぎる自信は周囲に自慢することなく、謙虚に徹して決して表には出すな。『能ある鷹は爪を隠す』のだ」ということまで著者自身の反面教師の身をもって実例を介し読者に丁寧なまでに教えてくれる(笑)。
本書は東大世界史の大論述の過去問を通して、実際の論述問題の解き方を教授するものだ。「東大生が教える日本語力で解く論述テクニック」とか「文章構成力で満点近くを稼ぐ」など、「日本語力」「文章構成力」の重要性がかなり前面に押し出され強調されている。これには単に論述答案を多くの加点要素で構成された機械的に高得点がもらえる答案作成を目指すだけではなくて、論述読み手の採点者に積極的にアピールして採点官の心を動かし結果、ぶっちぎりの高得点で東大世界史を突破するべきという著者の持論に基づいている。そして、そのような肝心の「日本語力」「文章構成力」の中身とは、著者の言葉で言えば「文章の強弱をつけよ!」ということである。
つまりは、「具体的な事例と抽象的で歴史的意義を表すセンテンスをはっきり区別して書け」。「採点官の印象を良くするコツの1つ」として「ある事柄を並列するときは、いきなり具体的な史実から入るよりは、読み手にわかりやすく、歴史的意義を含意するような抽象的なセンテンスで始めよ」といった論述記述のアドバイスが主になされる。その他にも、「因果関係(原因と結果)に注意せよ。原因と結果の混同は大減点である」とか、「政治、経済、社会、文化、宗教という『ものさし・軸』の下に事項を整理して書け」といったものもある。
確かに私の経験からしても東大に限らず大学受験の世界史論述の場合には、最初から最後まで具体的史実の事柄のみを細々と書き連ねるとダラダラとした、まとまりのない幼稚な考察論述になってしまい採点者への印象は悪くなる。それを避けるためには、論述の冒頭や中途に歴史的意義をまとめた抽象的な文章を便宜置きメリハリを出して、論述全体の流れを整える工夫が重要である。その他にも「原因→結果」のつながりが読み手に明確に伝わるよう、因果の接続を意識して内容を組み立てることは説得力ある論述のために必須であるし、いきなり一気に全面的に漠然と書き出さずに、例えば「政治の面では…経済の点では…文化的には…」というように内容をあらかじめ場合分けしておいて、後にそれぞれの項目を詳しく書き込む配慮の工夫も論述作成の際には必要となろう。そういったことが著者が本論中で何度も強調し、本参考書のウリにしている「東大生が教える日本語力で解く論述テクニック」「文章構成力で満点近くを稼ぐ」における「日本語力」「文章構成力」の実践的な内容である。
つまるところ、山下厚「東大合格への世界史」は、東大世界史論述の過去問演習に際して、「この問題ではこうした歴史用語や歴史事項が加点要素となるので必ず書くべき」とか、逆に「この問題ではこの用語、歴史事項を書き入れると設問の要求から逸脱して失点となるから書いてはいけない」などの個別の問題に対する手取り足取りの親切指導の世界史論述の参考書ではない。そういった「どのような内容の論述をするべきかの判断は初歩の基礎で、東大志望の本参考書の読者であればすでに分かっているだろう」の暗黙の前提があって、その上で「どういった文章表現や文章構成にすれば、論述読み手の採点者に積極的にアピールして採点官の心を動かし結果、ぶっちぎりの高得点で東大世界史を突破できるか」という完答の上でのさらに好印象の高得点を狙う東大世界史論述対策の参考書である。そのための本書でアドバイスされる、論述作成に際しての「日本語力」「文章構成力」養成の指導内容なのであった。
これは、もともと「東大合格への世界史」の著者である山下厚という人が、「かつて東大模試で全国1位を獲った」「東大模試の総合偏差値は80だった」の非常に優秀な人であったことによる。東大模試で過去に極めて優秀な成績を修めて東大合格を果たした現役の東大生であるから、わざわざ「何を書くか」の初歩で基本的な論述内容の指導教授は飛ばして、論述読み手の採点者に積極的にアピールし好印象の良読後感を引き出して採点官の心を動かし、さらなる加点を狙う「どういった国語技術の文章表現・構成で書くべきか」の、論述作成に際しての「日本語力」「文章構成力」養成が中心の指導内容となっている。ゆえに本参考書は初心者や中級者向けではなく、世界史論述の知識がもともとあって、そこそこの答案論述がすでに書ける受験生に向けた明らかに上級者用の世界史論述対策の大学受験参考書といえる。
「東大合格への世界史」の著者・山下厚は実際に、かなりの優秀な方であるらしい。この人は東京大学法学部卒業後、経営コンサルタントとなり現在も幅広く活躍されているようである。ただ前述したように、この人の著書に山下厚「スーパーエリートの仕事術」(2011年)というのもあって、たとえその人が東大出身の高学歴で実際に優秀で「超エリート」であったとしても、著者みずからが自身のことを「スーパーエリート」と自慢して本を出すのは人としてどうかなぁと私は思う。