新しい風呂でうどん(県内一部地域)
ハレの食で中風封じ

「百聞は一見に如(し)かず」とはうまく言ったものである。残したい香川一一〇の中で、知らなかった人は本当に驚くテーマかもしれない。ある地域では全くの当たり前、そこと縁がなければ「ほんまかいな」の話。「新しい風呂(ふろ)でうどんを食べる風習」―。本当にあるんです。
ここは財田町。ある若い夫婦が家を新築した。中に荷物が入ったばかりの日、おじいちゃんが一番風呂を浴びている。台所ではおばあちゃんがうどんを用意。だしをかけただけの素うどんが風呂場に運ばれ、おじいちゃんが湯船に漬かったままうどんをすする。初めて見ると不思議な光景だが、このあたりでは珍しくない。「はじめの風呂に入ったら中風(ちゅうぶ)せんと言うけど。うどん食べるんは何でやろう」。家族全員が首をかしげる。「やっぱり長生きするようにやろうなあ」。

同じ話は家庭にとどまらない。町役場の宿直室に風呂ができたとき、職員たちが順番に入って中でうどんを食べたという。当時の経験者は「香川全域の話かと思いよった」と話す。品福寺(ほんぷくじ)は、風呂を修理したときに近所の人たちが「うどんじゃうどんじゃ」と集まり、同じく中で食べた。「葬式の後は、長引くといけないと言って四十九日までうどんを食べないのはあるけど」。住職さんも初めてだったようだ。
この風習は西讃に多く見られる。といっても、集落が一つ違えば同じ町内でも全く行わない例もある。
昔は風呂が貴重だった。風呂がない家もあったし、毎日焚(た)かない家もあった。近所同士で「もらい風呂」や「もらい湯」といった習慣が生まれていった。風呂が玄関のすぐ近くにあるのはそのためだという。
風呂ができたり、きれいになるというのは、その家にとっても、まわりにとっても大きなよろこび事だったに違いない。そして、もともとうどんは年中行事や仏事などに登場するハレの日の食べ物。「初風呂うどん食え」という言葉も残っているらしい。おそらく理由はこれだ。しかしなぜ湯船の中で食べるのか?。そんな時、耳にしたのが「五右衛門風呂に関係あるんじゃないの」。
伊吹島では昔、五右衛門風呂でゆでたうどんを食べた例がある。さらに、風呂でうどんを食べる風習の残る岡山県の井原市や笠岡市の一部では、昔は健康のために五右衛門風呂でうどんをゆで、そのゆで汁の風呂に入っていたという。

よろこび事で食べられるうどん、「もらい風呂」を通した近所とのつながり、そして五右衛門風呂―。これらが不思議に合わさって、独特の風習が生まれていったのではないかと考えられている。
以前は県内全域で行われていたのかもしれない。しかし、年中行事というわけでもなし、何年、何十年に一度のしきたりが今でも所々にしっかりと残っている。「風呂でうどん食べたらそれだけで長生きしそうな気になるんよ」。話を聞いた何人もが口にした言葉が、この風習の意味を語っているようだ。
まさに香川に生きている人たちが残していくもの。風呂が新しくなったときにはぜひお試しを。
文・村川 信佐(観音寺支局) 写真・鏡原 伸生(写真部)