全1200頭 奈良公園のシカのフン、誰が片付け?
掃除する人いないのに…
公園事務所「フンは掃除していません」

奈良のシカは春日大社の神の使いとされ、古代から大切にされてきた。フンは黒豆にそっくり。季節によっては団子状に固まったりする。1頭が1日に出すフンは700グラム~1キログラム。約1200頭だと1日計840キログラム~1.2トン、1年間で300トンをはるかに超す計算だ。
誰かが片付けなければ、ハエも発生するはず。だが奈良公園管理事務所に聞くと「来園者の出すゴミは収集していますが、シカのフンは掃除していません」との答えが返ってきた。
では園内の環境はどうやって保たれているのか。首をかしげていると、「答えはフンの中にあります」と教えてくれた人がいた。長年、奈良公園の自然観察を続けている「晴れの国野生生物研究会」会長の谷幸三さん(70)だ。
谷さんはおもむろにシカのフンを手に取り、割って見せてくれた。小さな虫が数匹うごめいている。「シカのフンをエサにするコガネムシ、通称フン虫。自然界の掃除屋さんです」
日本に生息するフン虫150種のうち50種を確認
日本には約150種のフン虫がいるが、うち約50種が奈良公園で確認されている。「限られた範囲に、国内に生息する種が3分の1もいる大変珍しい場所です」と谷さん。他の地域では失われた多様性が、シカのおかげで維持されているという。藍緑色に輝く美しいルリセンチコガネや、ファーブルが観察したことで知られるフンコロガシの仲間もいるそうだ。

大きさは約5ミリから約20~30ミリ。シカがフンをするとすぐ中に潜り込み、黒豆の大きさのフンを1日で分解してしまう。ハエが産み付けた卵も一緒に食べてしまい、ハエの発生も防ぐ。小さな虫が公園の美化を担っているのだ。
分解されたフンは園内に広がる芝の肥料になる。芝はシカの主要なエサだが、興味深い話を聞いた。若草山の芝はシカのため、独特の進化を遂げたという。
研究したのは京都府立桂高校(京都市)の生徒たち。指導した片山一平教諭(55)を訪ねると「日本芝の一つ、『ノシバ』の一種の固有種であることを突き止めました。小ぶりで次々に葉を出して成長するのが特長です」と教えてくれた。
エサの芝、1000年以上かけて進化

片山教諭によると、1000年以上をかけて進化し、シカが繰り返し芝を食べることで遺伝的に小型化したか、小型のものだけが残ったと考えられる。芝は本来刈らなければ成長しない。シカがせっせと食べることで、すくすく育つ好循環が生まれたようだ。
また自然の状態では10%以下しかない芝の発芽率が、シカに食べられフンに混じって出てくると堅い種の殻が柔らかくなり、40~50%に上がることも分かった。「シカと芝は、独特の共生関係で結ばれているのです」と片山教諭は話す。
「シカは公園管理にも大いに貢献しています」と指摘するのは、シカの保護活動に取り組む「奈良の鹿愛護会」。同会の試算では、約79ヘクタールに及ぶ園内の芝地の芝刈りを業者に委託すると、年間100億円もの費用が必要。だがシカが食べてくれるため、芝刈り作業は不要だという。
「奈良公園には芝とシカとフン虫がつながった『小さな大自然』があるのです」と谷さんは強調する。
(大阪社会部 近藤佳宜)
[日本経済新聞大阪夕刊いまドキ関西2013年6月12日付]