ジャズの異才・菊地成孔が語る表現、若者、SNS
ジャズのサックス奏者、作曲家として活躍する一方、文筆家、ラジオパーソナリティーとしても人気の高い菊地成孔さん(51)。若い頃から山下洋輔さんのグループに参加し、現在はスタイルの異なる3つのジャズバンドを主宰。9月7日にはジャズフェスティバル「東京JAZZ」にも参加する。東大でジャズの歴史を講義した経験もある菊地さんに、音楽や表現、現代の若者について聞いた。
公園で新しい遊びを見つけた子供と同じ
――音楽に限らず表現をするにあたって、「人と違う」ことを意識していますか
「どんな音楽でも系統が決まっているが、一方で『よく聞くとどれとも違う』という一種の異端の人たちはいる。推測でしかないが、そういう人たちが、奇をてらって人と違うことをやろうと思って一生懸命工夫したとは思えない。そんなことをしてもすぐ疲れてしまう。最初から資質が異端であるということだろう。少なくとも僕自身は奇をてらっているわけではなく、(人と違うことを)ナチュラルにやっている」
――複数のグループを主宰し、それに多くの優秀なミュージシャンが参加している。「人を巻き込む力」はどこからくるのか
「どのバンドリーダーも『いいメンバーを集めていい演奏をしたい』という点では同じ。私の音楽はみんな一回は面食らうが、『新しい変わったゲーム』と思って面白がってやってくれる。私がやってることに一番近いのは、公園でみんなが缶蹴りとか定式化された遊びをやっているときに、全く新しい遊びを考え出して、みんなに説明し、プレーしたら実際に楽しくて盛り上がっている状態」
SNSがむしばむ若者の創造力
――現代の若者は何かを自由に表現するのが苦手なように見える。菊地さんの印象は?
「現状が特別窒息的に見えるとしたら、その理由はSNSにある。日々人がエッセイスト、あるいは批評家、文学者として、疑似的なものとして、聞きかじりの情報をいろいろとコメントしている。あれは大変な自己表現。あんなものは昔はなかったわけで、『こいつこうだよね』と思ったら、友達と飲んでしゃべるとか、腹に一物もって映画館に行って帰ってくるとか、昔はそうして人のバランスが保たれていた」
「物事に打ち込むには、沈黙が必要で、ため込む時間がいる。なのにSNSで毎晩、毎分のようにコメントしていたら、時間なんか作れない。好きでやっていると思っていたら、いつのまにかドラッグのようにコメントを強要されている。そのうえ素人なのに『こんなこと書いたら嫌われる、たたかれる』とか、まるで玄人のように自己規制をしている。『キジも鳴かずば撃たれまい』ということわざがあるが、『鳴きたい(書きたい)けど、撃たれ(たたかれ)たくない』という感じになっていて、結局いらいらして鳴いて(書いて)しまって、撃たれる。つまり、ネット上でたたかれて炎上する。こんな繰り返しの中でクリエーティビティーなんて生まれるわけがない。SNSにもいいところはあるが、若者は発信することに疲れ果て、発信して批判されることにも疲れている」
音楽の力は健在、リスナーの要求は大味に
――音楽を聴く側にとって、ジャズの持つ力とは何でしょうか
「ジャズの効用には癒やしもあるが、最近は聴き手の人たち、つまりマーケットの要求が『とにかく元気づけてくれ、癒やしてくれ』という風に大味になっている。ラジオ番組へのメールやツイート、演奏した曲への反応からも、それははっきり分かる。ジャズはもともと地下の文化で、もっと複雑なもの。呪術や美術、文学、感覚的なもの、もっと考えさせるものがあるのに、『元気になりさえすればいい』というのは、文化的には飢餓状態、病なら重症だ。元気づけられたとしても応急処置でしかない。飢饉(ききん)でおなかのすいた人にポストモダンのすごく変わった料理をあげても、コッペパンと同じようにパクッと食べてしまうと思う。とはいえ、コッペパンを食べるのと変わったものを食べるのとは違うわけで、音楽では複雑なものを投げかけていきたい」
音楽は自由に、書くことは不自由に
――演奏を離れても、物を書いたり、講義をしたりして十分やっていけるのでは?
「ものすごく簡単に言えば、音楽以外のことはバイト。副業がもうかったりすることもあるが、ヒエラルキーは、はっきりしている。演奏が一番上で、レコーディングがその下。あとはそれに付帯しているもの。私にとっては、ステージで表現する、パフォーマンスをすることが最大の目的なので」
「本を書くことは年々つらくなっている。もう筆を折りたいくらい。特に全員が同列に文字を書くようになったSNSの中で現代語みたいなものができてきている状況の中で、『これは言い過ぎだ』といった文章を書く倫理みたいなものの力が強くなってきている。音楽には、ここでこんな音楽を演奏してはだめだといった制約はもはやない。音楽がどんどん自由になってきているのに、言葉は不自由になってきている」
(聞き手は電子整理部 中前博之)