ネット選挙解禁で沸いているのは政治家だけではない。“特需”を期待する関連業界も同じだ。だが、そこで売り込もうとしている新サービスは、果たして本当に政党や政治家が必要としているものなのか。10年近く有権者の投票動向の分析や予測など選挙関係の調査に関わり、選挙とネットの関係に詳しい山本一郎氏が論じる。
* * *
ネット選挙解禁を機にビジネスチャンスが拡大すると捉える広告代理店、PR会社、ネット関連会社などが、政党や個々の政治家からネットを使った選挙運動のコンサルティング業務を請け負おうと営業活動を活発化している。「ネット戦略におカネを注ぎ込めば効果的な選挙戦術を編み出せます。選挙に勝てます」といった売り込みをかけている。中には「選挙特需」という言葉を使って期待感を露わにする業者もいる。
だが、今、盛んに売り込まれているサービスには、当選するためには的外れなものや瑣末なものが多い。まず、ネット選挙については、メディアの報道も含め、大きな誤解がある。流行りのSNSを使えば、若者を中心とする浮動票を獲得できるかのようなイメージが振りまかれているが、それは幻想にすぎない。
もともと日本の選挙は、アメリカの大統領選などを参考に、そのまま手法を持ち込んでもなかなかフィットさせられない。争点ごとの有権者の態度が曖昧で、また組織票の比率が高いからだ。
それはネット選挙が解禁されても同じどころか、よりその傾向は強まるだろう。よほどの人気政治家でない限り、ただHPやブログ、ツイッターやフェイスブックを更新するだけで「支持政党のない」「浮動」層から注目され、それが支持=票につながるわけではない。
有権者に対して効果的なアプローチを直接的、継続的に行なうためには、そのメールアドレスを把握しておく必要がある。しかし、浮動層が特定の政治家や政党に自分のメールアドレスを提供するかといえば、提供しない人がほとんどだろう。実名登録が原則になっているフェイスブックのアカウントを提供する可能性はもっと低い。
むしろネット選挙は、もともと充実した支持者名簿を持ち、組織選挙を得意とする政党、政治家に有利に働く。たとえば、何らかの業界団体を代表して比例代表で出馬する政治家、“ドブ板選挙”で固い支持基盤を持つ政治家などだ。
そうした政治家がメール、ツイッター、フェイスブックなどを使うと、従来のように電話を使うよりも容易に、安価に、効率的に支持者に投票行動を促すことができる。自民党が積極的にネット選挙解禁に賛成してきたのは、組織選挙を得意としており、ネット選挙の解禁が有利に働くことを自覚しているからである。
そうしたことを考えれば、ネット選挙解禁によって従来以上に“名簿勝負”になることは目に見えている。つまり、公示日・告示日以前の長い期間に、いかに地道に支持を広げ、それを組織化し、充実した支持者名簿を作るかがより重要になってくる。皮肉なことに、ネット選挙解禁により、公示日・告示日以前の組織的な対策がより重要になるのである。
また、政党が有効な選挙戦術を立てるためには詳細な情勢分析が必要だが、それを行なうには、やはり公示日・告示日以前に長い間、定点観測を続け、情報を収集しておく必要がある。ネットに疎い個々の政治家はともかくとして、今は少なくとも党本部レベルではそうした「支持者名簿作り」や「情勢分析」の重要性を認識しつつある。
実は、党本部が組んでいる選挙期間中のネット関連予算は、国会議員1人あたりに換算すると、どの政党も大差なく、最大でも500万円程度と見られる。これは個々の政治家や候補者が独自で使うネット予算の10倍程度で、年々増えているが、それでもテレビ広告などに使う予算に比べれば圧倒的に少額だ。それだけ予算は限られているだけに、有効に使う必要がある。
SNSもなりすまし防止も、それ自体は悪いことではないが、政党や政治家の真のニーズに応えるものとは言いがたい。そのような“周回遅れ”のサービスを売り込んでいるようでは、政党にたかる“情報弱者ビジネス”と言われても仕方がないのではないか。
※SAPIO2013年5月号