日本のゲーム産業の底上げのために

 皆さんは日本クリエイター育成協会という存在をご存じだろうか。あるいは、ゲーム業界を目指す専門学校生ならば耳にしたことがあるかもしれない。こちらは、専門学校とゲームメーカーがいっしょになって未来のゲームクリエイターの育成を推進している取り組みだ。協会そのものの設立は2013年とまだ2年だが、その前身となった文科省の委託事業としてスタートした時期から計算すると、今年度で9年目の取り組みとなる。
 はたして、どういった経緯でこの組織が生まれ、これからどのような方法でゲームクリエイターを育成していくのか。キーマンとなる日本クリエイター協会事務局長の丸山一彦氏と、それをサポートするネクセンツの田代昭博氏に話をうかがった。

日本クリエイター育成協会のキーパーソンに聞く 午前中はゲームの勉強、午後はゲームの仕事という“ワーキングカレッジ”の取り組みとは?_07

日本クリエイター育成協会
事務局長
丸山一彦氏(右)

ネクセンツ株式会社
代表取締役社長
田代昭博氏(左)

最初はゲームメーカーからダメだしの連続!? そこから劇的に専門学校生の質が向上

――協会はどのような形で発足されたのでしょうか。

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田代 2006年から文科省の委託事業としてゲームクリエイターを育てる事業がスタートしました。そのころは私がまだマイクロソフト(現・日本マイクロソフト)に在籍していたときですね。

丸山 当時、私は新潟コンピュータ専門学校で副校長を務めていました。バンダイナムコゲームズ(現バンダイナムコエンターテインメント)様が教育提携校を専門学校や大学に対して行っておりまして、私どもの学校も提携していた時期がありました。その流れで学校どうしの交流が生まれました。
 そんなとき、マイクロソフトさんがゲームプログラミング現場にXNA(※)を普及させようと、担当の田代さんのグループが各学校を回られておりました。その流れで田代さんにも学校どうしの交流に参加していただき、さらにはゲームメーカーさんら企業も集まり始めて、この協会の前身である委託事業がスタートしたのです。

※XNA……マイクロソフトによる、ゲーム開発の効率化を図る開発環境。2014年4月に今後は新しいバージョンのリリースをしないことを発表。

田代 2005~2006年あたりって、ファミ通さんには私がXNA担当だったときに何度も取材していただいたのですが、その裏では専門学校と企業を繋ぐような動きをみんなでやっていたんです。

丸山 最初は学校と企業合わせて18社くらいからスタートしたと記憶しています。ゲームの専門学校って、正直何をどう教えていいのかわからない、という現実がありました。ゲーム開発の現場は年々変わっていきますし、時代に合わせて変えていかなければならないのに、どうしたらいいのかわからなかったのが現実です。
 そういった現場の声をゲーム企業様からいろいろと聞ける場だったので、専門学校としては非常に有益でしたし、ゲーム企業にとってもよりよい人材を育成できる機会だったのですが……。

田代 最初のころは、本当にゲーム企業からはボロボロに言われましたね(笑)。たとえば「そんなことを教えても現場では役に立たない。もっとこういうことを教えてほしい」と企業から意見が出るじゃないですか。でも専門学校ならではのいろいろな縛りがあって、そこまで踏み込んだことがなかなかできない場合が多かったようです。

丸山 最初は「このままじゃ専門学校からは誰も採用できませんね」なんていうきびしい意見ばかりでした。

田代 でもちょっとずつ理解ができてきて……専門学校側がどうすべきかというのがわかってきました。そうすると、今度はゲーム企業側もさらに踏み込んだ意見を言ってくれるようになりましたね。

丸山 委託事業に参加しているゲーム企業様が専門学校を訪問して、学生の作品を見たり、先生にも教える内容について現場の意見を伝えたり、専門学校に対して積極的にアドバイスしてくれるようになりました。

田代 それがいい相乗効果を産んで、即戦力になるような、いい学生さんが出てくるようになったと思います。さらに、この事業を推し進めるべく、2013年から日本クリエイター育成協会を発足させました。

学生たちのスキルを伸ばすため、ゲーム企業講演や合同制作キャンプを実施

――ゲーム企業と学校がいっしょになってクリエイターを育てている協会、なんですね。

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丸山 教育現場と企業、産学連携で協会を運営しているのって、ほかのジャンルでもなかなかないのですよ。学校だけの集まりはある。企業だけの協会もある。「では、その両方が参加するものは?」となると、ほとんどない。
 ゲーム企業様も委託事業を通じてたくさん参加していただいているのですが、それは日本各地の学校が委託事業に参加しているからだと思います。東京はもちろん、沖縄、四国、関西、東北……と各地域の学校が協会に加入していただいています。学校が集まると企業が集まって、企業が集まるとさらに学校も集まって……という感じですね。学校どうしではそれぞれがどういう授業をやっているのか情報交換しあったり、ゲーム企業様から開発現場の意見を聞いてそれを専門学校の授業で活かしたり。

田代 あと、この協会の場合はゲームパブリッシャーだけでなくデベロッパーも多く参加しているので、専門学校を回っているときにそこで直接採用する、というケースもありますね。通常なら募集をかけていろんな専門学校から応募してもらって……という流れだと思うのですが、僕らの中ではいい人がいればどんどん企業から学生に声をかけています。

丸山 ここ数年で企業様から「あの学生たち、いいね」という声をいただくことが多くなりました。

――そのようになってきたのは、何か新たな取り組みをされたからでしょうか?

丸山 ゲーム企業からは、成績上位の学生たちをもっと伸ばす取り組みをしてほしい、ということでした。ここまでくればあとちょっとで採用できる、と。

田代 専門学校生の場合、大学生と違って「しゃべってプレゼンする」という技術が弱かったんです。企業からはそこへの要望も多かったようです。
 そこで、各学校から学生を集めて、その日初めて会う人ばかりの即席チームをいくつか作り、合宿形式で短期間のうちにタイトルを1本仕上げる、というゲームキャンプ(現クリエイタートライアウト)を実施しました。もう5回ほど実施していますね。5日間の合宿で、最終日はプレゼンの日になっています。

丸山 学生たちはプレゼンした後にゲーム企業様のきびしい洗礼を受けますね。プレゼンテーションソフトの使いかたからチェックされ、15分という限られた時間をどれだけ有効に使ったプレゼンであるかも見られています。時間を余らせると追及されます。「時間をフルに有効活用しなさい。実際に企画プレゼンして上層部を説得させるには、与えられた時間をすべて使わないと。15分与えられているのに10分で終わりってどういうこと? 残り5分もちゃんと使って、ぜひこの企画を進めさせてくださいっていう情熱を見せないとダメだよ」なんて指摘されたり。きびしめな意見が多いのですが、真剣に取り組んでいただいている結果だと思っています。

――2015年末に行われた第2回クリエイタートライアウトin東京では、プロジェクターへのPC接続がうまくいかなくてちょっとバタバタしているグループがありました。

田代 クリエイタートライアウトは、通例最終日の午後から作品プレゼンを実施するので、毎回「午前中のうちに機材チェックはしておきなさい」、って口を酸っぱくして言っているのですが、実際はチェックしないグループもあるんです。で、本番でアタフタする、っていう。

丸山 事前に機材の確認することの大切さも、ここで学びますね(笑)。

――組織全体で生徒たちを育てていく環境ができていったのですね。

丸山 最初の委託事業での4年くらいは本当にボロボロで……。学生の多くがゲームを作ることができなかったので、企業からも「これじゃ採用できない」という状態が続いていました。
 でも、クリエイターさんを呼んで講習会を開いたり、作品を作らせて講評していただいたり、さきほど説明したゲームキャンプ(現クリエイタートライアウト)をやったり……というのを続けてきたら、4年目くらいからみんなチーム内の一員として機能してゲームを作れるようになりました。

田代 学校にはエンジンが存在してたりして、それを使って作品を作ることを授業として行ってたり、エンジンを持ったツールを中心に授業をしていたりと、本音を言うと、いちから勉強した後にそれを使うといかに効率的か? というところも含めて学んでほしいという気持ちがありました。それが採用に響いたりしていることがあったのも事実です。

丸山 学校では個人に課題として作品やプログラムを作らせていたのですが、いまは必ず現場をイメージしたグループ制作をやらせています。チーム内でのコミュニケーションスキルも大切なので。
 また、個人の用意してもらったノートパソコンを使った授業にしたのも大きいと思います。参加している専門学校の多くでは学生全員が個人でノートパソコンを持っていて、それを家でも学校でも使う、という流れになっています。こうすることで、圧倒的に制作できる時間が増えるのです。

田代 やっぱりゲームを作っていると夢中になりますよね。でも学校でしかそのパソコンを使えないとなると、時間的な制約が大きくなってしまって。でも個人のノートパソコンを使うようにすれば、家に帰ってからもできるんです。

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日本クリエイター育成協会のキーパーソンに聞く 午前中はゲームの勉強、午後はゲームの仕事という“ワーキングカレッジ”の取り組みとは?_03
▲2015年12月14日から18日まで開催された“クリエイタートライアウトin東京”では、40人近い学生が参加。最初の4日間でゲームを完成させ、最後の1日はプレゼンに当てられる。6つあったグループはどこも最初の2~3日間はゲームの仕様決定までにかなりの時間をかけてしまい、並行作業でグラフィックやプログラムを進めるも「これで本当におもしろくなるのだろうか」と悩みながら毎日作業を続けていた。完成後はプレゼン、そして実際にゲーム企業の方に試遊してもらう機会も。そのアドバイスに皆、熱心にメモを取っていた。

産学連携だからこそできるワーキングアンドカレッジ

――年末に行われたG@Kenというイベントで、新しい取り組みを発表されていました。

田代 このイベントには、いままさに業界を目指している若い人に多く来場していただきました。日本のゲーム業界がいまどういうところなのか、というのを教えつつ、ある取り組みを発表させていただいたんです。それがワーキングアンドカレッジです。これは、働きながら勉強しましょう、というものです。
 ゲーム業界に行きたいけどスキルはないし、専門学校へ行くための学費もない。そういう人たちに対して、働く場と学ぶ場を両方用意します。

丸山 就職支援でデュアルシステムというのがありますよね。職業訓練を受けながら働く、というものです。これに近いシステムで、午前中は学校で学び、午後は会社で仕事をしてもらう、という仕組みを作りました。幸い、ゲーム企業様の多くはは午後から本格稼動するところが多いので、この取り組みに賛同しやすいのも大きな特徴だと思います。

田代 大学・専門学校へ行って卒業したけどスキルが足りなくて就職できなかった人、ゲーム業界へ転職しようと思っているけれど新しいスキルを学ぶ時間がなくて転職できない人、そういう方々を対象にしています。働いてもらって学費分もそこから払ってもらうようにしています。

丸山 具体的には、午前中は早稲田文理専門学校内にあるWBCクリエイターカレッジで勉強していただきます。期間は1ヵ月から2年と幅を取っています。各個人のスキルによって、必要とする時間はさまざまですので。午後は田代さんの会社であるネクセンツで正社員として受け入れ、個人のスキルに合わせてゲーム企業にて従事してもらいます。

――午前中の授業は、早稲田文理専門学校が用意している授業に出る、というイメージでしょうか?

田代 いえ、完全にオーダーメイドになります。通常学校ではある程度まとまった人数での授業になる場合が多く、人によっては「ここはもうすでに学んでいるんだけどな」と感じる授業があると思いますが、今回の試みは可能な限り個別にカスタムメイドして対応したいと思っています。

丸山 この取り組みは今年の春からスタートさせるので、実際どういう人が集まってどうなるのか……というのは、正直まだわかりません。最短で1ヵ月というコースも作っていますが、会って面接してみたらみんな1年2年のコースかもしれませんし……。まずは初年度どうなるか、ですね。
 先日のG@Kenで行ったときの説明会でも、申し込み段階では有名企業さんで働いている方もいらっしゃいました。学び直したいという方も業界内にはけっこういるのかな、という感触もあります。

――働きながら、というのは大きいですね。

丸山 これがうまくハマってくれれば、業界を去る方も減るんじゃないのかなと思っています。スキルアップしながら働ける、というのは大きいと思います。

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▲2016年1月26日、秋葉原UDXシアターでゲーム業界研究会こと“G@Ken”が開催された。コンセプトの稲船敬二氏、グリーの今井仁氏、クリプトン・フューチャー・メディアの熊谷友介氏、フロム・ソフトウェアの大森修史氏、日本マイクロソフトの米倉規通氏と鵜木健栄氏がそれぞれセッションを担当し、ゲーム業界の仕事内容や「どうやったら働けるのか」、「働くにあたって何が必要なのか」といった内容を紹介。後半では希望者にワーキングアンドカレッジの説明会を行った。

小学生からパソコン教育を!? 学ぶ側だけでなく教える側の育成も急務

――そのほか、今後どのような取り組みをしていきたいとお考えですか?

田代 ゲーム業界を目指している若い子たちをひとりでも多く業界に就職させてあげたいです。さらには、いまの日本のゲーム業界をもっと発展させたいと思っています。海外に負けないようにしたいです。そのためには才能あるクリエイターがもっともっと必要です。
 以前はゲーム企業も専門学校にあまり興味を示してくれなかったのですが、いまは少なくともこの協会の中ではそんなことはなくて、ひとりでも多くの人材を専門学校から欲しいと思っています。ここからさらにステップアップして、もっと企業と学校の連携を強めるような取り組みをしていきたいと思っています。さきほど産学連携という話がありましたが、アメリカの大学とかそのあたりがすごいですね。有名ゲームスタジオが提携してインターン制度があったりしますし。そういうことも日本で実現していきたいですね。

丸山 現状、たくさんの学校、たくさんのゲーム企業様に参加してもらっていますが、それでもまだ授業内容に関してはこちらも勉強中です。どこかひとつのゲーム企業様と手を組めばそこに特化した授業内容になりますし、カリキュラムも作りやすいでしょうけど、どの会社でもすべてそれが通じるかどうかわかりません。

田代 さらには高校生から鍛える、ということも始めようとしています。高校って工業高校や商業高校だとプログラミングの授業もあるんですよ。このあたりとうまく連携して、生徒さんたちにゲーム業界にも興味を持ってもらうような取り組みを行っていければ、と思っています。ふつうの勉強は嫌いだけどプログラミングは大好き、なんていう生徒がたくさんいるんです(笑)。

――それは心強いですね(笑)。

田代 その反面、最近の日本の学生のパソコンスキルって海外の学生に比べたらすごく低いって言われていますよね。デジタルネイティブ世代以降、家にパソコンがあるのが当たり前になったかと思ったら、最近はそうでもないんです。みんなスマホなんですね。だから新入社員がパソコンのキーボードを打てなくて、片手一本指ですごく時間をかけながら叩いている、なんていう話も聞きます。これは極端な話ですが (笑)

丸山 今後の課題になりますけど、高校のつぎは中学生、そのつぎは小学生にもパソコンに触れる機会を増やす必要があるなと感じています。我々はずっと委託事業を通じて展開してきているので、学校には話をしやすいんですね。ですので、こういった取り組みは時代にあわせて続けていきたいと思っています。

田代 先生の質に関しても課題はありますね。やっぱり先生ごとに得意不得意があるので、授業に対する新規のリクエストをお願いすると途端に対応できなくなったり……ということもあり得るんです。もともとはゲームクリエイターだった方が先生になられているケースが多いのですが、業界全体のトレンドを追いかけていかないと授業内容が古くなってしまうので、そのあたりの教育も今後の課題になりますね。

丸山 いままさに現場の最前線にいる現役バリバリの人を連れてきたほうが本当はいいのかもしれませんが……教えることが旨いかというと、このあたりは難しいですね。

田代 理想論ですが、先生もGDC(※)とかに行ってないとダメだと思うんです。「これからはこういうトレンドが来る」、というのをわかっているのといないのとでは、授業内容も変わってくると思いますし。

※GDC……ゲーム・デベロッパーズ・カンファレンスの略。毎年2月もしくは3月にアメリカ・サンフランシスコにて開催される、世界最大規模のクリエイターのためのセッション。

丸山 そこまでは極端ではありますけど、学生たちに教えることができる現役クリエイターを育てることも急務ですね。先生も学生もこの協会でしっかり育成していきたいと思っています。

田代 そういうことも試行錯誤しながらですが、クリエイターを目指す若者たちが業界就職をあきらめないよう、さまざまなサポートをしていきたいです。業界を目指す学生さんたちには、ぜひ我々の活動に注目していただければと思います。

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