親が使ってた説明をそのまま受け継いだ
ちなみに、僕は「『石原』にひらがなで『たきび』」と言っている。「『たきじ?』と蟹工船的な返しをされた場合は、「いや、あの火にあたる『たきび』です」と訂正する。
本名を聞かれたら、「さんずいに報告の『告』、樹木の『樹』で『浩樹』」だ。じつにシンプルだが、中には口頭での説明が難しい名前の人もいると思う。
シンプルに、わかりやすく
それでは、皆さんがたどりついたベストアンサーと、名前の漢字説明にまつわるエピソードを聞いてみよう(敬称略)。
24歳・編集
「長い短いの『長』に渡る『橋』、ごんべんに京都の『京』ですね。漢字は伝わりますが、苗字も名前も覚えにくいと言われます」
たしかに、「永橋涼」あたりと混同しそうである。
41歳・カフェ店主
「ふつうの『本間』に北海道の『道』に恵みかな。道路の道だと『路』もあるから」
あえてややこしい方向に間違える人もいるのか。
28歳・人材サービス
「針と糸の『糸』に年賀の『賀』、開拓の『拓』に『馬』ですね。うちの親が使ってた説明をそのまま受け継いだんですよ」
なるほど、いいアイデアだ。しかし、「糸」をへんと間違われ、「糸賀」という1字だと勘違いされることが、ごくまれにあるという。
38歳・コンピューター系
「小さいに久しいに保つで『小久保』、義理人情の『義』に『人』です。小久保が伝わらない時は、『大久保の大が小になったやつです』って言いますね」
漢字は一発変換で出るが、たまに読みを「よしひと」と間違われるらしい。
英語を使うというテクニック
20歳・学生
「書類とかの名前欄に記入すると、かなりの確率で『いや、そうじゃなくて』と言われるのが悩みです…。あ、説明はブックの『本』にネームの『名』、自由の『由』に果実の『果』が一番確実ですね」
本名が本名さん。同音異義語が多い漢字は英語を使うというテクニックを体得してる。
42歳・カメラマン
「『佐藤』は問題ないので、あとは名前がりっしんべんに写真の『真』、漢数字の五に口だと説明しています」
「真実」ではなく「写真」。さりげなく、自分の職業をアピールするところが心憎いテクニックだ。
37歳・お笑い芸人(ダンサブル)
「有限会社の『有』に田んぼの『田』、お久しぶりの『久』に聖徳太子の『徳』。でも、『徳』が意外と伝わらないので、徳川家康とか徳があるとか道徳とか、いろいろ試します」
「お久しぶり」などフランクなあいさつ言葉を入れ込むと、親近感が増す。彼は「タモリ倶楽部」の空耳アワーの再現VTRにレギュラー出演し、おもにお尻を出しているので、こちらも要チェックだ。
38歳・通信関係
「日本で一番多い苗字の『佐藤』、滋賀県の『滋』に高い低いの『高』。これでわからない場合は滋養強壮の『滋』とか。『慈』という字とたまに間違われます」
苗字の説明にトリビアを入れている点が面白い。個人的には、「あれ、鈴木じゃなかったのか」と思った。
詩紡美さんと安戝くんが奏でるブルース
続いて、今回の中では一番苦労してきたと思われる2人。
26歳・主婦
「『広い』に簡単なほうの『沢』、ポエムの『詩』に紡ぐとか紡績の『紡』、美しいの『美』って説明しますけど、しょっちゅう間違えられますね」
とはいえ、彼女の旧姓は「畠舎」(はたや)だ。結婚してから苗字のほうを説明する手間がずいぶん楽になったという。
27歳・営業
「安全の『安』、財産の『財』の異体字で貝へんに『戈』(ほこ)、修学旅行の『修』の最後のはらい三本が月の字の『脩』、またはノーベル化学賞の下村脩(おさむ)氏の『脩』、弥生の『弥』です」
これで正解する人がいるのかと聞けば、「いません。人生でも初見で正しく読まれたことは一度もないですね」。苗字も名前も気に入っているが、日々の小さな手間は多いという。
漢字から想起されるイメージの問題
一方で、漢字の説明は楽だが、別の方向でモヤモヤを抱えている人々もいた。
32歳・ライター
「お酒の『酒』に井戸の『井』、『栄える』に太いです。これで完璧に通じるんですけど、自分が『栄えて太い』というイメージの真逆なので、これ言うのちょっと恥ずかしいんですよね」
なるほど。繊細な「豪太くん」や暗い「明美さん」なども同様の悩みを抱えていそうだ。
26歳・イラストレーター
「ふつうの『塚田』に、山岳の『岳』、太平洋の『洋』。よく冒険家みたいと言われますが、完全にインドア派です」
イラストレーターとしては「久美男」というペンネームで活躍中。由来は「麻生久美子が好きすぎるから」というナイス(インドア)ガイだ。
30歳・警備会社
「苗字の『澤』は難しいほうで、ひじりは聖書の『聖』。これで通じなかったら、さんずいに四を書いて幸せの『澤』と、耳に口に王様の『聖』というふうに各パーツを説明します」
「ねるねるねるね」的な音の響きが心地よい名前だ。ちなみに、こちらも漢字のイメージとは異なり、キリスト教徒ではないという。
21歳・学生、カメラマン
「ツリーの『木』にビレッジの『村』、下の名前は『平和』を逆にしてください、というかんじです。そう説明すると『縁起が悪い』という人がいますが、単なる説明なんだからしょうがないですよね…」
うん、しょうがないよ。「和平会談」という言葉もあるが、「平和を逆にして」のわかりやすさには遠く及ばない。
「開き直り」の大家もいた
そういえば、装丁家の芥陽子さんは「子供の頃から、とにかく『芥』を『茶』に間違われる」と言っていた。高校入学時に支給されたジャージの胸にも「茶」しかし、むしろネタになると思って3年間着続けたそうだ。こちらは、口頭での説明ケースではないが、こうした「開き直り」も人生を楽しむひとつの手段なのかもしれない。
店員さんに名刺を渡すと、このような領収証がもらえる