(注・この記事は2014年の4月1日に書かれました。それを踏まえてお読みください。)
少し前に、文学と絡めたラノベ史について語られたまとめ記事が話題になりましたが、一方でそこに含まれる多数の誤りについて、ラノベ読みの側から激しいツッコミが入っており、ちょっとした炎上のようになっています。
【ラノベ】作家を馬鹿にしているガキどもちょっと来い【文学史】
【ラノベ】作家を馬鹿にしているガキどもちょっと来い【文学史】に対するツッコミ - Togetterまとめ
誤った史観が流通するのは残念ですが、こうして出る杭を叩くだけで議論が終わってしまうのも悲しいものです。
ここであらためて私が知る限りのライトノベルと文学の関係史をまとめておきたいと思います。
まず「ライトノベル」という呼称ですが、この手の言葉には珍しく、由来がはっきりと判明しています。19世紀の「ダイナマイト王」アルフレッド・ノーベルの息子で、作家だったライト・ノーベルがそうです。
ライト・ノーベル(Wright Nobel, 1863年10月21日 - 1946年12月10日)は、スウェーデンの小説家。ダイナマイトの発明で知られるアルフレッド・ノーベルの子。
作家であったライトは、父が創設したノーベル賞受賞の栄誉を渇望し、そのためだけに小説を書いていたとすら言われています。
ノーベル文学賞はもともと「理想的な方向性の文学(in an ideal direction)」に対して贈られるものとされており、そのため初期には理想主義的な文学に賞を与える傾向がありました。
これについてライトは「悪人がいないのが理想の世界だ!」と解釈し、悪い人間がまったく登場しない平和で萌え萌えな小説を書きました。これが西欧初のライトノベルだと言われています。
余談ながら、このライトの思想をパロディにしたのが、漫画『デスノート』(「ライト」という名前の主人公が理想の世界を作るために悪人を殺していく)だというのは有名な話ですね。
作品の内容はというと、「死の商人」と呼ばれて嫌われていたアルフレッド・ノーベルが、ノーベル賞の各部門を擬人化した美少女たちと一緒に、自身の名声を上げるために様々なことに挑戦するという日常系ラブコメになっています。
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さて、ライト・ノーベルが提唱したこの一種の文学運動は、ライト自身がとうとうノーベル文学賞を受賞できなかったことからも分かるように西欧では定着しませんでしたが、当時イギリスに留学中だった日本人が、ライトの小説を母国に持ち帰ったことで、明治期の言文一致運動に大いに影響を与えることになりました。
その日本人こそ、かの文豪・夏目漱石です。
漱石がライト・ノーベルの小説を邦訳するとき、「Wright Nobel」を人名ではなく小説の種別のことだと勘違いして、「Light Novel」すなわち「軽小説」と誤訳してしまいました。
後に漱石は自らの間違いに気付きましたが、既に「軽小説」という訳語が広まってしまっていて、訂正ができなかったと言います。
ちなみにこのとき、「ライトノベルは人名だったんだ」と主張する漱石に対して、高浜虚子は「お前がそう思うんならそうなんだろう、お前ん中ではな」と冷ややかに反論しており、これが日本初の「ラノベ定義論」だったと言われています。
2ちゃんねるのライトノベル板に「あなたがそうだと思うものがライトノベルです。ただし他人の同意を得られるとは限りません。」と注意書きされているのが、このエピソードからの引用だということは言うまでもありません。
その後のことは皆さんが国語の授業で習ったとおりです。
漱石が執筆した猫耳ラブコメ『吾輩は猫である』(通称『はである』)を始め、芥川龍之介の仙術バトルラノベ『杜子春』、太宰治のBLラノベ『走れメロス』、あるいは谷崎潤一郎のフェティシズムに溢れたエロラノベ群など、多くの傑作ライトノベルが上梓されてきました。
さらに、荒木飛呂彦の挿絵で出版された萌えラブコメ『伊豆の踊子』を代表作とする川端康成と、「蜜三郎」などいかにもラノベらしいネーミングセンスを駆使したスポーツラノベ『万延元年のフットボール』の大江健三郎が、それぞれノーベル文学賞を受賞しています。
ライト・ノーベルの影響を受けた日本の作家たちが、数十年を経て彼の宿願を達成するなんて、歴史のロマンを感じますよね。
いまでは昔のライトノベルなど教科書以外ではあまり読まれないでしょうし、また読むことを無理強いする必要もありませんが、ライトノベルの歴史を語るとき、100年前に異国で生まれた「早すぎたラノベ作家」のことを、せめて記憶の片隅にとどめていて欲しいと思うのです。