東京ヤクルトスワローズが好調だ。
こう書くと、多くのプロ野球ファンは顔をしかめることだろう。今年のヤクルトは弱いからだ。主力選手の故障が相次ぎ、前半戦は1986年以来27年ぶりにセ・リーグ最下位に沈んだ。その後も浮上の兆しが見えず、自力でのクライマックスシリーズ進出の可能性は既に消滅している。
では何が好調なのか。答は観客動員数。日本野球機構によると、前半戦終了時点のヤクルト主催試合の入場者数は、1試合平均1万8764人。前年同期と比べて7.3%の増加で、セ・リーグ平均の1.6%増を上回った。
この不思議な現象は、IT抜きには説明できない。ヤクルトは今シーズンから球団公式のチケット販売サイト「スワチケ」を稼働させ、ファンクラブ制度の「Swallows CREW」も刷新。Webサイトでの行動履歴を蓄積し、分析する仕組みを整えた。ITを駆使してファンを活性化する取り組みが、観客増として現れ始めているわけだ。
この事例をヒントにして出来上がったのが、日経コンピュータ2013年9月5日号の特集「顧客を増やせ!」である。ヤクルトに加え、ソフトバンクモバイルや味の素、クレディセゾンなど様々な業界を代表する17社が、顧客獲得にITを活用する取り組みを紹介している。
詳細は特集をお読みいただきたいが、ヤクルトの戦略についてはもう少し紹介しておきたい。
前売り券の販売枚数が増加
ヤクルトがスワチケを導入した狙いは、大きく二つある。チケット購入時の利便性を高めて、前売り券の販売を伸ばすこと。そして、球団の「手取り」収入を増やすことだ。
スワチケの最大の特徴は「神宮パノラマビューイング」(画面)。観戦したいエリアから試合がどのように見えるのか、自宅のPCからイメージを確認できる機能だ。「出入りが容易な通路側」や「ネットに視界が遮られない上層の席」など、座席を選んで前売り券を購入できる。ヤクルト球団営業部の伊藤直也氏は「スワチケ導入により、(ヤクルト応援席である)ライト側の観客が顕著に増えた」と効果を語る。
チケットを購入するとQRコードがメールで届く。これをスマートフォンや携帯電話の画面に表示し、神宮球場に設置された端末にかざすと、入場チケットが発券される仕組みだ。発券にかかる時間は、1人当たり10秒程度。紙のチケットを持参する手間が省けるうえ、当日券を求めて球場のチケット売り場に並ばずに済む。
プレイガイドで前売り券を購入する場合、来場者はコンビニエンスストアなどで発券手数料を支払い、チケットを入手する必要がある。スワチケ経由ならこれが不要になり、金銭的な負担が減る。この結果、前売り券の販売枚数が大きく伸びた。1試合で5000人がQRコードを利用して発券したケースもあった。