「KY(カカクヤスク)」「夏ヤスコ」…西友のコミュニケーション戦略を指揮するマーケティング本部長・富永朋信氏がヒット・ブームの理由をひも解く本連載「売れる理由は必ずある!」。 前回の「『アップル製品はなぜ“気持ちいい”?』-認知科学で考える」の反響が大きかったことから、今回は特別編として、「Dの食卓」「エネミー・ゼロ」といったヒットゲームを手がけ、ユーザーインターフェイス(UI)に詳しい飯野賢治氏を迎え、“アップル(ジョブズ)のすごさ”をテーマにした対談をお送りする。
“イノベーション=生活が変わる”
富永朋信氏(以下、富永):アップルのすごさやユーザーインターフェース(UI)の面白さなんかは、全部飯野さんに教わったようなところがあって。だから、ちょっと恥ずかしいんですけど、こんな話をするの(笑)。飯野さんに改めて、「アップルはなぜすごいのか」というところから聞いていきたいのですが。
飯野賢治氏(以下、飯野):スティーブ・ジョブズでもウォズニアック(スティーブ・ウォズニアック。アップルの共同設立者)でもいいんですけれども、普通の人だと思うんです。頭がずばぬけていいというわけでもないと思うんですよ。
要は「どこにこだわるか」という問題のような気がしていて。ジョブズってフォントや字詰めなどを含めて、文字をどうやってきれいに映すかにこだわってるんです。初めてコンピューターの画面上にきれいな文字を出したり、きれいな文字をプリントアウトできるようになったのはMacintoshなんですね。
ただ、文字をきれいにしたほうがコンピューターが売れるとか、そんな気持ちは全然ない。それよりもジョブズは生活を変えたい人なので、生活がどう変わるかということと自分がどうしてもやりたいことの掛け算が常にしていると思う。初めから洗練されていたわけでもないと思うし。
だからアップルのプレゼンは「生活がこう変わる」というのを一番大事にしていて、ファンクションのことも説明するんですけど、「これがあったらあなたの生活はこう変わる」という説明をずっとしているんですよね。あれがやっぱり人の心に響くんですよ。
もちろんジョブズもマーケットシェアがどうとかそういう話もするんですけど、必ず「これでこういうふうに生活が変わる」という説明がメインなんですよ。それが上手で、ややこしいことを言わない。
富永:イノベーションって2種類あると思うんです。写真がない時代に写真を撮ることを考えた人は、真の「イノベーター」ですよね。写真という概念がない世の中で「風景を切り取る」という本当にビッグな発明やアイデアがまずないといけないわけです。
もう1つ、こっちがアップルの製品によくあると思うんですけど、例えばiPadとかiPhoneで写真が撮れる。写真を撮る技術自体は昔からあるものですが、この足し算も一種のイノベーションですよね。カメラとは似ても似つかないものにカメラ的な要素を盛り込んで、1つの完成品にしている。「カメラ+タブレット=○○」みたいな。
僕、飯野さんの今の話って、足し算のほうを説明する話としては結構納得がいくんですよね。なぜかというと、比較的完成品がクリエーターとかプランナーの頭の中に描きやすいし、わりとコンセプチャライズしやすいし……。
飯野:コンセプチャライズしやすいよね。
富永:「Time Machine」(自動バックアップ機能)なんて、それこそコンセプチャライズ。
飯野:でもそれこそイノベーションだよね、本当に。
富永:技術としてはそれほど革新的なことじゃないのに、イノベーション。デスクトップなり何なりの状況をひと晩前に戻すということに「Time Machine」というコンセプトを与えて、それで実現しているわけですよね。アイコンがあって、その下に「Time Machine」と書いてあったら、もうすべてが理解できるじゃないですか。