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Posted by スターリンクさがみ運営事務局  at 

2017年03月24日

散らかしまくる

いきなりですが、うちの旦那は『見えるところに無いものは記憶から消え去る』いわゆるリス頭です(-_-)
ええ、リスが冬場の食料を蓄えておきながらすっかり忘れてしまうというアレです(^_^;)どうやら男性に多い傾向らしく、妻が見た目スッキリの『見えない収納』にしたいのに、夫は『どこに何があるかわからないから』と自分のものは目に見える場所―――大抵リビングの一角や自室などの『縄張り』―――に必要なものを散らかしまくるという/(^o^)\(本人は『わかりやすく並べている』との認識)
何せPCのデスクトップにさえありとあらゆるファイル&アプリケーションを並べまくっているのです。アプリは良いとしても個人情報や仕事関連のファイルが入っていると思われるフォルダをデスクトップに晒すのは如何なものかと(-_-;)他所様の詳細は判りませんが、リス頭=エロ本+エロDVD以外は隠すと忘れると思ってもらえれば大体合ってると思います。(うちの旦那は隠していたへそくりの場所どころか存在そのものもすっかり忘れ、大掃除の時それが出てきてびっくりしていた/(^o^)\)

流石にPC内は仕方がないとしても、リアル世界はある程度どうにかしたいもの。我が家の場合は結婚17年の攻防の結果、仕事部屋=本棚など全て見える収納、リビング=現在進行形で使っているものは小さな棚2つに分けての見える収納、雑誌のバックナンバー&ゴルフ関係の手入れ道具など普段は使わないもの=リビングクローゼットで見えない収納に落ち着いております。
ただ、どうしても手におえないのが洋服一式(>_<)チェストまで断捨離し、2畳弱のウォークインクローゼットに余裕を持って全部の服&バッグなどの小物類を納められる私とは逆に、旦那はウォークインクローゼット+押入3/4を目一杯使用しておりますwww
お仕事のスーツや上着、趣味のゴルフ用の服などもありますからどうしても多くなってしまうのは仕方ないのですが、問題は本人が自分の服を全部把握できていないこと(# ゚Д゚)まだ袖を通していないゴルフ用ポロシャツがあるというのにまた買ってしまったりというのが二度三度・・・更に私が嫁に来てから1度も袖を通していないのに取ってある服も少なからずあるという( ´ー`)フゥー...
なのでできるだけそれを解消したく『全部が一覧できるウォークイン・クローゼット』が旦那用に欲しいのです(๑•̀ㅂ•́)و✧
ハンガーにかけられるものはTシャツから全てハンガーに掛けまくり、セーターなどハンガーに掛けるのが無理なものは高級服飾店みたいにひとつひとつに仕切られた棚に入れ、下着類はカゴとかケースなどに入れてすぐに取り出せるようにしたい・・・ここまですれば流石に『あの服どこだっけ?』といちいち聞いてくることは無いと思うんですよね~(-_-;)
女性用の衣装収納の方が場所を取りがちと思われますが、流行による服の回転率があるので意外と省スペースでも何とかなります(むしろ無駄にデカイと流行遅れの服の墓場になる可能性が/(^o^)\)一方あまり流行に左右されない男性の場合、長期間保存せざるを得ない服が多くなるんですよ・・・しかもリス頭www
暫くは現状で何とか切り回したいですが、その内一部屋まるっとリフォームして旦那用のウォークイン・クローゼット作りたいです(>_<)

今週もご来訪&拍手、ランキングへのご協力ありがとうございますヽ(=´▽`=)ノ
昨日の某氏の証人喚問、ニュースで見ましたが相変わらずでしたね(^_^;)まぁ明らかに『それは嘘だろう』と思われることも堂々と言い放っていたので、偽証罪は覚悟の上なんでしょう。というかもう警察が動き出しているので『死なばもろとも』とばかりに大博打に出たのか・・・。ただ、完全な潔白でもふっかけられた火の粉は祓っておかないと後々厄介ですので、昨日名前の出た方々は参考人招致でも証人喚問でも完全な証拠と共に疑いを晴らしたほうが良いんじゃないかと個人的には思います。
(特に首相夫人は他でもちらほら名前が見えるので・・・国民としては実際に一枚噛んでいるのか、それとも断れない性格が災いして詐欺師に利用されているのか、そこをキッチリしていただきたいものです)  


Posted by せたその  at 16:30Comments(0)

2016年06月16日

言われてな


素月園の上で腰を上下させつつ、涼弥の目が獰猛な光を帯びる。

「いい目だな・・・・・・ああ、絵の師匠に『経験できるもんは何でも経験しておけ』って言われてな。前髪を下ろす前から弟子入りしていたもんだからそっちも鍛えられた。だから男だろうが女だろうがどっちでもできるぜ。勿論後ろもな」

その言葉に何故か涼弥は負けん気を掻き立てられた。

「聞き捨てなりませんねぇ。素月園様にできるのならわっちにも出来ないことはありませんよね?衆道」

だが、素月園はそんな涼弥の負けん気を一笑に付した。

「言っておくが今日は流石に無理だそ?せいぜい小指くらいの細い張形か、数珠つなぎの玩具か・・・・・・」

「どちらでも良いですよ。思い立ったが吉日、っていうじゃありませんか」

そう言うと涼弥は素月園から離れ、淫らな小道具が入っている箱を引き寄せる。どうやらすぐに菊座を調教しろというらしい。  


Posted by せたその  at 12:06Comments(0)fortune

2015年12月31日

厭魅の如き憑く


ゆく年、2015年よ、さようなら~~~!

さて、お約束のイタキス創作の新作は約束を破ってしまいました。
秋からずっと読書三昧でして鑽石水、難関だった「厭魅の如き憑くもの」をやっと今朝読破した次第で・・・。

新しい年に気分あらたに取りかれたらいいなと思っております。

今年は娘が結婚し、
年越しはご主人の実家に行きましたので
札幌は息子と母布吉自由行と私ら夫婦の4人で過ごします。

これから「日帰り天然温泉」でも行って来ます。
朝帰りの息子が起きたらですが

皆さま、どうぞ良いお年をお迎えください。
新しい年はまた更に良い鑽石能量水 騙局年になります事をお祈り申し上げます。

くる年、2016年よ、期待して待ってるよ~~~!!

  


Posted by せたその  at 10:41Comments(0)worth

2015年11月11日

承諾を得られな


このように私が参加可能年齢を16歳以上としたのは参加者目線で考えたからだったのですが、
お子さんを持つ立場の方だとまた目線が違ってくると思います。
そこで前述のアドバイスを受けて探索40、先日告知サイト上に≪未成年の方へ≫というお願いを追記致しました。
親御さんに「初対面の不特定多数が集まる居酒屋でのオフ会」であることを伝えて承諾をもらうことと、
申し込み時にオフ会当日の年齢の明記をお願いしております。
私が親だったらこの内容を聞けば
「そんなとこ行くの止めなさい!」って言うかもしれませんが、これが実情です。
きちんと親御さんに理解してもらって来てください。
でないとあとでトラブルになったとき非常に困りますし、承諾を得られないのなら
私には何かあったときの責任が取れないので探索40、未成年の方をお預かりすることは出来ません。
また年齢を明記していただくのはお店側に事前に未成年者の人数を伝えるためです。
お店によってはたとえ条例的には立ち入り禁止でなくとも
自主的に未成年お断りにしているところもあるようなので、未然のトラブルを防ぐためです。
このお願いを守ってくれない悪い子ちゃんは翼宿好きさんにはいないと信じています(笑)

未成年の方の参加があった場合は探索40、集合から解散まで私が責任を持ってお預かり致します。
もちろん決して飲酒などはさせませんし、改札を潜るまできちんと見送るつもりでおります。
なので参加可能年齢を見て首を傾げてしまわれた方もどうかご理解ください。
何も考えずに16歳以上としている訳ではないことをわかっていただければ幸いです。

以上、長くなりましたが大事なことなので詳しくお話させていただきました。
この件に関してご意見があれば伺いますので、お気軽にご連絡ください。

  


Posted by せたその  at 18:54Comments(0)fortune

2015年09月01日

書いていてあん


小さいおじさんの告白、もうしばらく続きます。
本当はこの話、25~30話で終わらせるつもりだったのですが California Fitness 教練、軽く30話超えちゃいそうです…
ダラダラと申し訳ありません

冷静になって書けないので自分でもよくないとわかっているのですが、どうしてもじっくりとキャラ達を愛でてしまう私
自分の子供とは違う存在ですが優纖美容、あっくんも奈津も廉もあいこもみんなかわいいんです。
ヴァニラや、ヴァニラの奴隷の巨人みたいな悪役ですらかわいい…
学校の先生になったような気持ちでしょうか。

筋を決めて書いてはいますが、書いていてあんまりヒドイ事や辛い事をさせられないんです。
瞬殺する事は楽なのですが、精神的にもがき苦しむような場面は自分の生活に支障が出るくらい辛いです。
趣味でやってる事でそこまでおかしくなるなんて California Fitness 呃人、馬鹿げているかもしれませんが
特にあいこはぽわ~んとしてる子なので、可哀想で本編の主人公なのに試練を与えられない…。
辛い場面などは今まで身を切られる想いで泣きながら書いてきました
こんな性格の私なので、すぐお別れになってしまうショートストーリーなどは無理だと思います。

その点、あっくんや奈津はすごく扱いやすいですDream beauty pro 脫毛
奈津はポジティブだし、自分でボケツッコミしてくれるし、あっくんは真面目だからイジリ倒したくなる
小さいおじさんはおしゃべりなので話が膨らみすぎちゃうのが面倒ですが、こっちまでテンションを上げてくれる楽しい奴でした。
この子達とだったら今まで書いてきた本編と同じレベルで、どこまでも長く話を作れると思います。
この話が終わったら本編に戻るつもりですが、さみしいなぁ~。もう秋だからかな…


  


Posted by せたその  at 17:10Comments(0)fortune

2015年06月24日

皆一瞬硬直した


夜の雲従街は、昼間とはまた違った顔を見せる。
色鮮やかな灯りに照らされた男女が皆、美酒と色香に酔い、ひとときの逢瀬を楽しんでいた。
その日の牡丹閣はいつもに増して賑わい歐亞美容、酒に酔った男女の談笑が、大通りにまで響き渡っている。

そんな宴場の奥の一室で、成均館掌議ハ・インスは静かに酒盃を傾けていた。
この座敷に限っては、妙に空気が張り詰め、取り巻きたちは物音すらたてることを控えていた。
だが、そんなこともお構いなしに隣の座敷から沸き起こる喧騒に、取り巻きたちはインスの機嫌をとるのも難しくなっていた。
インスは、ソムソムから注がれる酒盃を、無言で何度も空にしていたreenex 好唔好

ビョンチュンは、居たたまれずにソムソムに声をかけた。

「……ソムソム。どうしても、チョソンは来ないのか?

今日はやたらと騒がしいな。
一体、どこの連中だ Beverly skin refining center脫毛
しかも、こっちの座敷には、ソムソムとエンエンしか来ないじゃないか」

「今日は、大事なお客様が来られていて、どうしても外せなくて……」

その答えは、インスに向けられていた。

「本当は、こちらに来たがっていたんですよ」

すかさず、向かい側のエンエンが擁護する。
インスは、再び盃を手にした。
その手を心配したカン・ムが制すると、インスはきつく口を結んで、目の前の酒膳を荒く払い除けた。
皿と盃が散らばる音が響いたが、その音もすぐに隣の座敷から沸き起こった笑声に掻き消された。

ビョンチュンは、苛立つインスの代わりに席を立った。


一方、隣の座敷では10人ほどの男達が、飲めや歌えやの大宴会を催していた。
彼らと宴を楽しむ妓生たちは、それ以上の人数だ。

男達の野太い掛け声の中、とびきり大きな酒盃を傾けて注がれた美酒を飲み干したユンシクは、自分の顔よりも大きな酒盃をアン・ドヒョンにに突き出した。

「テムル! お前、なかなかやるなぁ」

男達の拍手喝采する声が、再び座敷から沸き起こった。
ク・ヨンハをはじめ、アン・ドヒョンら3人や少論派のナム・ミョンシクら、成均館儒生たちだ。

明日は、彼らの心待ちにしている休養日。
意気投合した儒生たちは、朝まで飲み明かすつもりだ。
とくにヨンハは、休養日のたびに当たり前のように牡丹閣に出入りしていた。

「ユンシク様。お体に障ります……」

ユンシクに寄り添うように座るチョソンが、ユンシクの耳元でささやいた。

「大丈夫だよ。舎兄に振舞われた酒を、飲まないわけにいかないじゃないか。
僕も舎兄に振舞って、ぜひ飲んでいただかないと」

すでに酒の回ったおぼつかない手付きで、ユンシクはドヒョンの手にある酒盃に酒を注ぐ。

「おいおい。ドヒョン舎兄にはもう飲ませるな。
せっかくの休養日にちゃんと屋敷に帰らないと、嫁が成均館に怒鳴り込んでくるぞ」

「どっちの嫁?
本宅? 別宅?」

キム・ウタクとペ・ヘウォンが、すかさず横槍を入れる。

すでに目のすわったドヒョンは、負けじと大きな酒盃を傾けた。
なみなみと注がれた酒は、ドヒョンの口端からこぼれて、床まで濡らす。
ドヒョンは酒盃を空にして見せたが、拍手喝采盛り上がる中、ついに卒倒した。

座敷は一層盛り上がって、男女の笑声が響いた。

その時、突然、座敷の戸が勢いよく開いて、男が入ってきた。
隣の座敷のあまりの騒がしさに、我慢できなくなったビョンチュンだ。
それに気付いた皆は、一瞬静まり返った。

「ビョンチュンじゃないか。一緒に飲みたくて来たのか?」

薄ら笑いを浮かべるヨンハが、苛立って目を剥くビョンチュンにしなだれかかった。

「騒がしいと思ってきてみれば、お前らだったのか。
何が大事なお客だ!
掌議が、チョソンをお待ちだというのに」

すぐ来るように促すビョンチュンに動じることなく、チョソンは冷たく微笑んだ。

「チョソン!
掌議に恥をかかせるつもりか。
すぐに来るんだ!」

ビョンチュンは、すごい剣幕で座敷に入り込み、チョソンに詰め寄る。
すかさずユンシクは、彼女の前に立ちはだかった。

「先輩。手荒な真似はやめてください。
今宵のチョソンの客は、僕たちだ」

「なんだと!
掌議に歯向かう気か?」

ビョンチュンは、ユンシクの胸ぐらを両手で掴んだ。
酒に酔って力の加減も麻痺しているビョンチュンの勢いで、小柄なユンシクの身体は、半分つり上がった。

「おいおい。
こっちは楽しく飲んでるんだ。
乱痴気騒ぎになって、一緒に店から追い出されるなんてごめんだ」

自分まで被害にあわないよう、ヨンハは離れたところからビョンチュンを牽制する。
頭に血が上ったビョンチュンを落ち着かせようと、儒生たちは止めに入った。
ユンシクは手こそ出さなかったが、その鋭い眼差しで十分ビョンチュンに反抗していた。

「力で何でも捩じ伏せようとするなんて、道理に背いています。
そんなにチョソンと飲みたければ、自分からこっちにくればいいんだ!」

ユンシクが咄嗟にそう言ったところで、皆一瞬硬直した。
開け放たれた戸の向こうに、インスの姿があったのだ。
だが、ユンシクは動じることはなかった。ビョンチュンの腕を振りほどいて、乱れた襟を荒く整えた。

インスはそんなユンシクを冷たく一瞥すると、すぐに牡丹閣をあとにした。

何も言わずに去っていったインスの様子に、皆が戦々恐々とする中、ヨンハはまた起こりうるだろう波乱の予感に、楽しみを覚えるのだった。

  


Posted by せたその  at 17:03Comments(0)worth

2015年05月14日

交互にやってくるから

さて、カーペットを洗うにあたって、いくつかの条件があった。

 カーペットは分厚い。洗ってもすぐには乾かないだろう。
 5年前の、あのトルコの雲一つない青空が目に浮かぶ。
 カーペットを洗って干すには、乾燥した晴天の日が2日は必要だ。
 夏は晴天が続くが蒸し暑い。干してもべとべとしそうだし、第一洗っている間に熱中症で倒れてしまう。
 冬は乾燥した晴天が続くが、寒くて2日じゃ乾かないし、第一寒くて洗えるわけがない。
 湿潤な日本の気候で、暖かく乾燥した晴天というのは春と秋しかない。五月晴れの5月か、秋晴れの10月。
 だが、この頃は移動性高気圧と低気圧が交互にやってくるから、晴天は何日も続かない。

 ゴールデンウィークが近づいて、週間天気予報を見た。
 計画は確実でなければならない。確実に晴れが3日続く日を探し、予想天気図と睨めっこした。
 5/1は移動性高気圧が関東地方を覆い、午前中から晴れそう。5/2は終日晴れ。5/3も晴れの予報だが、5/4からは次第に雲が多くなるかもしれない。

 決行は5/1だ! 
 なにしろ初めてのカーペットの洗濯。2日で乾くと思うが、もう1日は予備日。5/3までの3日間は確実に晴れるだろう。
 しかも湿度は50%の予想。

 DIYといえばのドイトに行って、棒付きたわしを買う。
 棒付きたわし・・・初めて知った名称。
 一般にはトイレ掃除などに使うような柄のついたたわしのことだが、いわゆるデッキブラシの形状のものも棒付きたわし、または棒たわし、または柄付きたわしというようだ。

 デッキブラシは船の甲板を洗うブラシのことだが、英語ではscrub brush。scrubはゴシゴシ洗うこと。
 つまりデッキブラシは和製英語ということだ。

 船の甲板を洗うわけでも、プールや銭湯の床掃除をするわけではなく、カーペットを洗濯するわけだから、デッキブラシではなく棒付きたわしと呼ぶことにする。
 ドイトでは、プラスチック製の毛の柔らかいものを選んだ。ちなみに天然素材の羊歯のブラシは毛が硬い。
 予備に、パームたわしを買う。こちらは、汚れの強い部分やカーペットの縁を洗うのに便利だった。

 カーペットはウール製なので、ウール洗いの洗剤を使うことにする。
 問題はどこで洗うかだが、幸い人工芝を敷き詰めた物干し場が広いので、そこで洗うことにした。
 隣が風呂場なので、そこからバケツで水をくむか、上手くすればシャワーのホースが使えるかもしれない。

 準備万端。明日は朝が早いぞ~。(続く)

(上の天気図)すいません!気象協会の実況天気図を使わせていただきました。怒られちゃうかなぁ。  


Posted by せたその  at 11:08Comments(0)

2015年05月05日

に好みからかけ離





雨が降ったり止んだり、おとこごころと秋の空のような1日だった。

返却が伸び伸びになっていたDVDを昨日から今日にかけて2枚観Amway傳銷た。

「いつか読書する日」(監督:緒方明 出演:田中祐子、岸辺一徳ほか)と

「終着駅トルストイ最後の旅」(監督:マイケル・ホフマン 出演:ヘレン・ミレン、クリストファー・プラマー )の2本。

どちらもいい映画なのだけど、はまるということもなく、熱中することもできず、だらだらと観ていた。

見終わったら頭の中がボーっ。疲れた。映画を視てくたびれるのは久しぶりかも。

映画はハッピーエンドで楽しくなくっちゃといつも思っているのに、どうして選んだんだろう?

と自問しても、そんな昔のことは忘れてしまっている。

「いつか読書する日」の方は、何十年越安利傳銷しの恋がやっと実った翌日に男性が死んでしまうという結末。

「殺すなよ」と心の中で思いながら観ていたが、

あれは亡くなってもらわんと「ええ感じ」が残らないのやろなとも思い。

「終着駅トルストイ最後の旅」では「愛をひきさかんでもええやろ!せっかく会いにきてるのに」とか

少々不服の思いを抱きながら観た。

映画のあらすじを読んだり、宣伝画面に惑わされて、観たいかもと予約リストに入れたものの、

いざ観たら、イメージとぜんぜんチガウ、好みとチガウということもままある。

今回の2本は、結果的に好みからかけ離れていた。

DVDも今まで観たものをリストにした分だけで226本、

それ以前に観た映画も含めたら300本蟲草以上はきっと観ている。

ちょっと飽きてきたかも。

そんなこんなで、時間がたち、夕食は豚汁と決めていたので、足りない大根を買いに町へ。

ついでに郵便局の用事とガソリン給油も。

帰ってからすぐにワンコの散歩。日が暮れるのが早い。  


Posted by せたその  at 12:34Comments(0)

2015年03月20日

そう多くないと思



わたしのブログ、お若い方はお読みにならないだろうと確信していますので、
ゼネレーション・ギャップはまったく念頭におかず、書きます。

ブログ村で、
数多くの様々なブログが、各々に膨大な閲覧数のある、某カテゴリーの話を読んだ。
なぜ、あんなに閲覧数が、どのブログもどのブログも多いのか、わたしの理解を超える。
デパートに行き、あるフロアーでは、どの高額商品も低額商品も、どれもこれもすべて売れ行きが良い、みたいなものか。
また、別のフロアーでは、いつも客足が少なく、がら~ん。
フロアー(=カテゴリー)が違うと、こうも違うものなのか。

美術品売り場なんか、がらんがらんだ。
最上階の催し物バーゲン会場や、ご当地グルメフェアは、混んでいそう。
(実際のところは、最近、デパートには、とんと、ご無沙汰なので、最新事情には疎いが)

さきほど、愚痴愚痴ブログを読んできた。
皆さん、あんなに、様々な大勢の人の愚痴を大量に読んで、面白いのか?
わたしの発見は、そこだ。
書く人は、書いて自分が救われる。
しかし、読む人は・・・?
ああ、わたしだけじゃないんだ、わたしより、もっと酷く可哀想な人がいるんだ、
・・・と、ある意味、救われるから、読むんだろうけれど。
下には下がいる、わたしなんか、まだ、マシなほう・・・と確認して、胸が、す~っとするんだろう。
各人、自分の精神衛生、管理上、ベストなコンディションを保つために、それぞれの方法があって、工夫されているようだ。

わたしは、べつに自分のことを賞加州健身中心賛はもちろんのこと、賛同も共鳴もしてほしい、と思ってはいない。
似たような人々と集まり、同じ価値観を分かち合いたい、とは、思っていない。
しかしながら、ベースにある価値観は、同じであって欲しい。
たとえば、人権を守るだの、生命を守る、生活を守る、子供を守る・・・
平和を愛する、・・・とか。
書いても、「選挙が近いね。選挙演説?」、となってしまいそうだ。

そうとうの上から目線であることは、まあ、致し方ない。
低レベルの争いや、競争が、くだらないと感じてしまう。
自分が高レベルだとは、一言も言っていない。
わたし自身、自分も底辺で這いずり回っているが、底辺同士、競争しても、つまらないと思うだけだ。
それを上から目線ではなく、下から目線だと、どういうふうになるのか?
「恐れ多くも非力ながら、闘わせていただいています」、みたいなかんじか?

休憩時間に、悪口や愚痴を言っている仲間の輪に入らず、一人、読書している、そういう人間だ。
(嫌われてもヘーキ)
といっても、実際、読書はまったくしないけれど。
どうせ読むなら、写真集に解説がついているような、大きなサイズの本が読みやすいなあ・・・と。(→話、脱線してます)

空気を読むことに対して、過敏になりすぎる人々がいる。
「自分が空気を読む能力」を過信している場合もある。
目の敵にされるのは、
空気を読まない人間の言動で、その場がシラける・・・和やかな雰囲気をぶち壊す・・・そういう、ムードメーカーの真逆。
マイナスのムードメーカーといったところか。
わたしは、それに当てはまるかも知れない。
(大人になる前は、お笑い系だったが、ある日、羞恥心を感じて、無口系に転じた。
しかし、リアルなわたしを知る人は、そんなことを書くと笑うだろう)

なので、わたしは、リアルな世界では、あまり発言しない。(臆病なだけかも知れないが)
ネットの世界でも、自分のページでしか好きなことは書かない。
静かで穏便、ソフトな自閉症、内向的性格だと自己分析する。

自分の世界が大好きで快適なあまり、閉じこもり気味になるのだが、
なぜか、精神は閉鎖的でも、行動は、外に向って活動する。
精神も行動も両方、閉鎖的だと、(自己評価や結果なども考慮するので)バランスが取れない。

で、人の目は、極力、わたしに向かないことを好む。
注目を浴びるということなどは、もっとも居心地の悪い状況だ。
人の目を意識しない、自分の世界で泳ぐことが、わたしを気持ちよく解放させてくれる。

ブログを公表するというのも、
ある意味、自閉的な面と、外に向う面とを併せて同時進行していると思われる。

「人の心理が見える」、と書くと、「妄想だ」、と捉える人もいる。
いろいろなそれまでの例や行動パターンから、心理を推測することができるのだか、
本人は、そんなことは微塵も思っていない場合もあるだろう。
いちいち、事実や行動を照らし合わせ、ひとつひとつ検証するのは、めんどくさい。
よほど重要な関係である場合は、誤解を解いたり修復するために、そういう手間隙をかけて、改善するのだろうけれど、
そうでもない場合は、たいがい、お互い、放置する。

そして、「よほど重要な関係」というものは、そう多くないと思われる。
だから、大切にしたい。
が、うまくいかないことも多々多々ある。

ということで、わたしの場合は、たいがい、少々誤解されても、
そのうち解るだろう、あるいは、解らない人には解らないだろう、と、ほったらかしている。

なるように、なる。
なるようにしか、ならない。  


Posted by せたその  at 12:45Comments(0)weitrki

2014年10月21日

範囲外だった


メイコが予選に臨んでいた頃、カイトは事務所近くにあるバーで、無理やりエライジャ・クレイグを流し込んでいた。

「畜生・・・・・・メイコを何処に隠しやがった!」

電話が繋がらないのは気になっていた。しかしツアーに加えTVやラジオの仕事も重なり、メイコのことばかりかまけていられなかったのが正直なところである。それでも他の事務所に移籍するか、ボカロ・ヴィレッジに帰っているかのどちらかだとばかり思っていたのだ。
それ故にまさかボカロ・ヴィレッジにさえおらず、研究所に問い合わせても『あるプロジェクトに参加してもらっている』としか教えて貰えないというのはカイトの想定の範囲外だった。メイコ本人どころか研究所までカイトをメイコから遠ざけたがっているという事実に、カイトは打ちのめされる。

「俺は・・・・・・そこまで疎まれていたのか」

確かに彼女の弱みに付け込んで身体の関係に持ち込んだ。そして罪悪感に苛まれるメイコの気持ちなどお構いなしにその関係をずるずると続けさせたのは自分である。  


Posted by せたその  at 12:27Comments(0)miekri

2014年08月28日

夏の終わりとは


本日 クルマでRNCラジオ聴いてたら、
スポットで表題のテーマより3曲セレクション。

1982年 PEARL PIERCE から「夕涼み」と
1985年 DA・DI・DAから「月夜のロケット花火」と先ずは2曲 
このテーマで、すぐに思い出した楽曲があったのですが、
まだ流れていない ! 

そして最後に流れたのがこの曲。この時期はこの作品かな。
荒井由実 - 晩夏 (ひとりの季節) ←クリック
1976年荒井由実のアルバム『 14番目の月 』収録曲

まだまだ夏の終わりとはいえ、残暑厳しいです。
さらに大雨で気候も不安定。
早く、穏やかな日に戻るといいね。では またです。  


Posted by せたその  at 15:33Comments(0)miekri

2014年08月28日

美容師さんはず


二つ先の席に女性客が来たのだが、これがもう…ほんっとに…。
こういうヤツが居るからDream beauty pro 脫毛女は全員おしゃべりだと思われるんだよっ!と言いたくなるような、マシンガントークだった。

普段、私は自分が話したくないだけなので、他の客には寛大である。
リラックスしながら美容師さんとのおしゃべりと楽しむ…というのもアリだし、人それぞれの美容院での楽しみ方があって当たり前だと思っている。
…が、しかし、その客ばかりは別格だった。
気取ってるんだか何だか知らないが甲高くて大きな声なので耳につく。
座ってまず、
「ここだけ染めて、ここだけ!(金髪風なので根元の黒い所だけ染めたい模様)
でね、私、シャンプーして貰う時、この前、具合悪くなっちゃったのぉ、
だからね、シャンプーはダメなの! シャンプーはやめてくれる
(…毛染めしてシャンプーDream beauty pro 脫毛無しはあり得なくないか?) と 思っていたら、やはり美容師さんが、
「毛染めの液は洗い流さないと…」 と 説明…。
「あ、うんうん、いいの! (い~んかいっ!!)
でもね、シャンプーの時、リンスするでしょ?その時、マッサージはやめて!マッサージして、いつまでもやってると頭痛して来ちゃうから!だから、ほんと、マッサージはやめて」

(わかったよ…マッサージはしないよ…) と、
私まで美容師と並んで頭を下げたくなるくらいの嫌がり方だった。
そこから延々としゃべり続け、美容師さんはずーーーっと、「そうなんですか」と相槌を打ち続けていた。
逆に、美容師さんの話しを聞いてあげたい気持ちになりつつ私は雑誌をぱらぱらし続けながら彼女の動向を気にしていた。
「シャンプー台へどうぞ」と、彼女の毛染めが終わったらしく、とうとうシャンプーの時が来た。
頭痛がしてしまうから、シャンプーもリンスもちゃっちゃとやらねばなるまい。
大丈夫か…と、他人事ながら気にしていると、その女…、シャンプーされてる間も、ずっと しゃべりっぱなし!!
顔に乗せてるガーゼが吹き飛びそうだよ…。
水の音がうるさいのか、更にデカイ声で、Dream beauty pro 脫毛しゃべり続けている。
  


Posted by せたその  at 15:32Comments(0)weitrki

2014年07月21日

かえって中途半端


主人公のルディが良くも悪くも目立ち過ぎました。ツイッターでいろいろ感想を見ていたら「ルディの独り相撲についていけなかった」というコメントを見かけたのですが、まさにそれ。
ルディの人生を描くならそこに焦点を絞ればよかったのに、ゲイの差別問題だけでなく、育児や家族愛など描きたいことをすべて詰め込んじゃって、かえって中途半端になってしまった印象を受けました。

原題は『Any Day Now』。
ルディがラストに魂を込めて歌い上げた曲の1フレーズです。曲はボブ・ディランの『I Shall Be Released』という曲で、人生には多くの苦難があ營養師るけれど、いつか(今すぐにでも?)(Any Day Now)、自由になれる(I Shall Be Released)と信じて生きていく、とかいう歌らしいんですが(適当ですみません)。
歌もルディのパフォーマンスもとても素晴らしかったのですが、聴きながら、結局マルコもポールもルディの引き立て役でしかなかったんだなあと感じました。この映画はルディという1人の人間の魂が救われるまでを描いた作品だったんだと。
そう思うと、マルコとの生活や彼を取り戻すための裁判も茶番に見えてくるわけで(「茶番」は言い過ぎかな)。
裁判で敵側の検事が「愛が欲しかったのは少年(マルコ)ではなく、大人(ルディたち)の方だった」と皮肉を言うのですが、この映画の問題点德善健康管理がこの一言に集約されているように感じました。あくまでもルディ目線でしかないんですね、愛も幸せも。

邦題の『チョコレートドーナツ』も、話題集めにはいいタイトルだと思うんですけど、ルディの熱唱が持つ意味が半減してしまうし、どうなんでしょうか。(確かに原題を日本語で言い換えるのは難しいですけど、そこを何とかするのがプロの仕事なわけで)
チョコレートドーナツはマルコの大好物というだけで、そのエピソードは劇中で特に大きな意味はないですからね。
まあ、興行的に成功した更年期のなら、やっぱりそれが正しい、ということになっちゃうんですかね。
うーん…。  


Posted by せたその  at 18:07Comments(0)miekri

2014年07月03日

物事は簡単に


ふた夏が過ぎて冬がきて、壊れたまま放ってあったエアコンをやっと処分した。
リサイクル屋がタダで持ち帰ってくれるという。
こんなもの簡単ですと言いながら、大きな鋏で導管をぶちぶちと断ち切って、あっというまに室内機と室外機を切り離してしま護士った。
荒っぽくやれば、物事は簡単にいくものらしいが、長年連れ添ったエアコンがかわいそうな気もした。

タダついでに、物置から壊れた石油ストーブも2台放出した。
さらに勢いづいて、引越し以来使ったことのない台車も処分。
さらにこの際とばかり、壊れたものや不要なものを次々ひっぱり出すことになった。
オーブントースターにDVDプレーヤ香港酒店管理學院ーにビデオデッキ。
マッキントッシュの大型レーザープリンターとカラープリンター、スキャナーなど。
マックにはずいぶん稼がしてもらったので、いささか心が痛んだ。

リサイクル屋のおっちゃんは、笑うと前歯が1本しかなかった。
かなり年配そうだが、それでも鬼のように逞しい。どんな物でもひょいと運び出してしまう。ポンコツとはいえ、ぼくのだいじな物がさらわれていくような気持になった。
それにしても、こんながらくたばかり持ち帰って、採算が合うのだろうか。
タダのものばかりで気がひけたので、最後に29インチの大型カラーテレビを出した。思ったとおり、これはタダではなく2千日本旅遊円とられた。
理由はわからないが、これで物が物として元に戻っていくようでほっとした。

  


Posted by せたその  at 17:49Comments(0)weitrki

2014年07月03日

新玉葱の美味


昨日作った「新玉葱、コーン&ツナマヨパン」のフィリング、味見中から
新玉葱の美味しさに びっくり~~^^ 今週は、オットが出張中なので
子供達と私だけの晩御飯ウィーク。新玉葱をたっぷり使った、簡単おうちご飯☆

コレ!! 味にと~っても厳しいNくんが、親指立てて Gooood!って言ってくれた^^
鶏肉もしっとり柔らかく仕上がって、ストウブ様々。新玉葱も、ほんとに甘い~~☆

カナダの新玉葱、めちゃくちゃ大きいです!! ミニスイカくらいの
サイズありますー笑。ほんとにデカイの一言。お惣菜パンのフィリング用に
昨日 使って、今朝も 我が家のランチ用のお惣菜パン用のフィリングに使い、
このサラダを作って(しかも大量に作ったの)、やっと使い切った・・・^^;

今日は、ツナの代わりに ローストチキンを使っています。ローストチキンを
使うと、おかずの1品にもなるし 少しご馳走感出ますー^^

今日は、2人の学校が終ってすぐ Mちゃんの 歯科矯正のため、お隣の町へ。
その後、私の職場に仕事のスケジュールの確認のため子供達と一緒に行きました。
上司や同僚と話をしている間、子供達はクッキーをもらって大喜び(^^)!
私の職場、親が同伴の子供達は クッキーがもらえるんですよ~^^(これは
一般の方も!) スケートのシーズン中は、子供達は私の職場に足を運ぶ時間
なんて皆無だったので、オフシーズンの今は 少しだけ ママの職場を見たり^^
職場のマネージャーや上司にも、沢山可愛がっていただいています☆

ここ数日、お天気がほ~~~んとにいいカナダ(26度!)。バタバタな毎日でも、
ぱぱっと出来る1品があれば、それで馳走になっちゃう気持ち♪ これにお味噌汁を
添えて すこ~し お子様ランチ風の晩御飯でした^^ 2人とも、このご飯を見た瞬間
Wow~~!! ← でもよく見ていると、旗に喜んでいるのーーー^^;;  


Posted by せたその  at 17:37Comments(0)miekri

2014年06月06日

昔好きだった事を打


この地の人達は、観光の事をあまり考えていないのでしょう。
遊歩道が、舗装になっていました。
せめて砂利道にするべきだと思います。
自然の良さが、やや消えてしまいました探索四十

前回は、流れ落ちる水の量がものすごい勢いで、滝のパワーを感じたのです。
何十個の小滝、コバルトブルーに光り輝く滝つぼと相まって、類をみない最高のものを見つけた思いでした。

ただ、神秘的な趣は変わりません探索四十

神様を信じていない私は、あの出来事事態偶然だったのではと思い始めていたのです。
だから、もう一度試してみたかったのでした。

大滝に向かって、一礼ます alexander hera價錢
手を合わせ「あの人に会って、昔好きだった事を打ち明けたい。」と、祈りました。

その時です。
後ろからバタバタッと音がして、一羽の鳥が大滝に向かって飛び上がっていきました。

あの時とまったく同じです探索四十

  


Posted by せたその  at 12:52Comments(0)miekri

2014年06月06日

賑わっていた頃


玉来(たまらい)という地名は珍しいかもしれない。
民俗学者の柳田國男も「豊後竹田町の西一里に玉来という町がある。湯桶訓(ゆとうよみ)の珍しい地名であるから、その後注意しているがいまだ同例を見ない。」(『地名の話』)と述べている 香港如新集團
同地名の語源について、狩りのために人が集まった場所「狩溜ライ」だと推理している。集まることをタマリと言い、阿蘇の地方では「リ」を「ライ」という風があったので「タマリ」が「タマライ」となったものだという。
その昔、阿蘇の広大な裾野であった玉来のあたりでは、狩人が集まって盛んに狩猟が行われていたのだろうか。

また、地元の伝承を記録した『竹田奇聞』という古い書物には、700年ほど前の志賀氏が統治していた時代の話が載っている 如新集團
地元の豪族・入田丹後の守の城下町として賑わっていた頃のある夜、2個の隕石が後藤某の庭に落ちてきた。天から玉が降ったというので界隈の評判となり、「何かの吉兆祥瑞」ということで、その玉を裏の川で洗った。それから町名を「玉洗」と名付け、後に「玉来」となったという。
吉兆祥瑞の玉を洗った川で、芋の子のようになって小さな体を洗って遊んだ子供時代。その水の匂いと冷たさは、ぼくの体の芯から抜けることはない nu skin 如新
  


Posted by せたその  at 12:48Comments(0)midbfhid

2014年05月05日

ここに留まって


ラストはラブストーリーによくあるパターンで盛り上がりながら、最後の最後だけが肩すかしだった。
でも21歳だもんなぁ。ここに留まってああなってこうなったって、その関係性はきっとまた変化していくんだろう。

さばさばと前を向いて歩いて行く鈴子の姿がよかった韓國人蔘

台風。
出かけるときには、まだ雨はそれほどでもなかった(夜と比べるとだ)、それでも歩き出したとたん膝が雨で濡れた。風と雨の様子を窺い、傘を差したり閉じたりを繰り返しながら歩いた。
夕方からは台風らしいものすごい雨と風だった。停電にはならなかったが、なぜか一時的に断水して、夕飯の支度ができなくなった。TVで帰宅難民の映像を見ればさらに地震のときを思い出す groom suit rental
ベランダには、バラ(ニュードーン)の鉢がひとつ倒れたままになっている。
風の音

追記:書き忘れてしまったけれど、鈴子と小さな弟との交流が温かかった。鈴子とは対照的に、弟は逆境の中に留まる康泰 澳門


  


Posted by せたその  at 11:54Comments(0)midbfhid

2014年05月05日

石田さんのそばに


もうずいぶん前の話、「彼女はいつも私が私がと書いている」とある人がある日記を評しているのを読んだ。そのとき初めて日記の主語のことを考えた探索四十 呃人
「私が私がとうるさい」という言葉の真意はもっと別のところにあったのかもしれないけれど、言われているその「彼女」の日記を知らなかった私はただ単に、できるだけ主語を書かないことにしようと意識するようになった。

もともと日本語は主語を省くことができるし、日記やエッセイは書き手がわかっているので、わざわざ主語を入れる必要はない。それでも入れたいときには「私」にするか「わたし」にするのか。それ以外にもあるにはあるが、そういうことも改めて気になった。(男性にはさらに選択肢があって大変だろう)

意識して「わたしは、」と主語をはっきりさせたいときもある。わたしはそう思う。わたしはそう感じる。わたしはそう考える……。あくまでも「わたし」がそうであるだけで、他の人のことは知らないし、他の人がどう考えようがそれは自由であるのだから、わたしのことも放っておいてちょうだいね。そんなエクスキューズでもある。ときにはちょっと胸を張って「わたしは、」と言ったりしているかもしれない。もちろんそれらは「わたしの場合」だけれども。

ともかく、そんなときに石田千さんのエッセイ本に出会った如新集團
「月と菓子パン」「踏切趣味」「屋上がえり」「ぽっぺん」「部屋にて」「しろい虹」「踏切みやげ」「店じまい」「きんぴらふねふね」「平日」などなど、どれも図書館で借りて読んだので手元にはないけれど、どこにも、一度も、「わたし」の出てこない文章に驚いて、惹かれた。

少し古風でひらがなの多いやさしい文体なのに、ちょっと油断すると置いてけぼりを食う。そんなエッセイだ。感情よりも観たままの情景が文章になっているので、石田さんのそばにいていつも同じ方向を向いて歩いていないと対象を見失ってしまうこともある。え?と思っているうちに石田さんはとっくに違う方向を向いているから、急いで追いかける。そうやってぴったりそばにいるのが心地よいときにはいいのだけれど、こちらが波長を合わせられないときにはうまく読めないこともあった迪士尼美語評價





  


Posted by せたその  at 11:51Comments(0)midbfhid

2014年02月06日

日本の暮れ


例年、年賀状は手書きを心がけている。

以前は、表もウラもすべて印刷でやっていた事もあったが、手書きに換えてから、
10年あまりが過ぎたnu skin hk

心を込めるために手書きをしている訳ではない。
理由は、単純に「字」の上達のため。

棺桶に片足突っ込んでいるような年齢になりつつあるのに、
今更「手習い」もないのだが減肥方法

自筆で書いていると、ほんの僅かだが字の上達が感じられる。

また、手書きと言っても、便利さが手伝って筆ペンを使っているので、
上達しても、たいしたものにはならない。


ただ、今年は、硯(すずり)を使って、本当の「筆」で書いてみようと決意している。

いつ買ったものやら、いい硯がある。
そういえば、「南画」を習っていた事があった。  そのときに買ったものだと思う。


白州正子さんの随筆に京都の「愛宕山」のことが出てくる部分がある。

それによると、愛宕山は、良質の硯石が無尽蔵のごとくに採れるとあった。
そして、そこでの職人さんとの出会いがユーモラスに描かれていた。

そんなものを、ついつい読みふけっていると年賀状が書けない。

そこで、焦る思いが募る支付寶充值

ああ、もう今となっては、元旦に届かない!
  


Posted by せたその  at 12:00Comments(0)midbfhid