メルケル首相も頭が上がらない老政治家の「冷徹な長期計画」

ついにドイツが「隠れ蓑」を脱ぎ始めた

車椅子の老政治家

1990年10月3日、ようやくドイツ人の念願が叶い、東西ドイツが統一した。

その9日後、総選挙を控えて国が湧いていた最中、当時の内務大臣ヴォルフガング・ショイプレ氏は、地元の小さなビヤホールで行われたイベントに出席。顔見知りの支援者に囲まれた気楽な会が終わって外へ出たところ、イベントに参加していた若者が背後から近づき、1mも離れていない場所から3発の弾丸を発射した。

一発はショイプレ氏の首に当たり、もう一発は背骨を粉砕し、最後の一発は、倒れたショイプレ氏の上に覆い被さったSPの体を貫いた。

「足を感じない・・・」という悲痛な言葉を最後に気を失ったショイプレ氏は、近隣の病院に運ばれたものの、大量の出血と脊椎の損傷は手の施しようがなく、すぐにヘリコプターでフライブルクの大学病院に移送された。結局、何時間もの手術で奇跡的に命はとりとめたものの、第3胸椎から下の麻痺はどうすることもできなかった。

手術後、ようやく麻酔から冷めたショイプレ氏は、自分が二度と歩けなくなったことを知り、そばにいた娘に「なぜ、死なせてくれなかったんだ?」と言ったという。

 

ドイツのニュースを見る人で、車椅子に乗った鋭い目つきの老政治家の存在を知らない人はいない。事件から数ヵ月後、ショイプレ氏は家族の反対を押し切って政治に復帰した。こうしてすでにほぼ27年。ニュースの中では、錚々たるメンバーの政治家が歩く横を、いつも一台の車椅子が滑るように走っていく。

ショイプレ氏の意志の強さは、この図を見ると一目瞭然だ。車椅子は誰にも手伝わせず、必ず自分の腕で精力的に漕ぐ。現在74歳。2009年からは財務大臣を務めている。

〔PHOTO〕gettyimages

埋まらないEU内の亀裂

2009年といえば、リーマン・ショックやギリシャ債務問題に代表される世界的金融危機が膨らんだ時期だ。とくにギリシャ問題は、景気の良いドイツと破産寸前のギリシャという構図を越え、破産に向かっているのは、イタリアもスペインもポルトガルも、さらにはフランスも同様だということが明らかになった。

その途端、それらの国々で不満が噴出し始めた。彼らは自分たちの放漫経営には目を向けず、ユーロの構造の矛盾を指摘し、ドイツがその矛盾によっていかに得をしているかを取りざたした。しかも、それがなまじ嘘ではなかったこともあり、EU内の亀裂はどうしようもないほど広がっていった。

ギリシャは2010年以来、EUとIMF(国際通貨基金)からの融資で命をつないでいる。借金の帳消しをという声もあるが、それを許さないのが最大の出資者であるドイツだ。ドイツはあくまでも、ギリシャに融資をし、借金を返させる方針をとった。そして、融資の条件として、過酷な金融引き締めを求めた。

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