「話せばわかる」裁判官は、もはや相当に少数派であるらしい。誰が見てもおかしな冤罪事件、常識はずれの判決を生み出すエリートたち。お勉強はできても、世間というものがわかっていないのだ。
どうやって防げというのか
〈配偶者の一方が徘徊等により自傷又は他害のおそれを来すようになったりした場合には、他方配偶者は、それが自らの生活の一部であるかのように、見守りや介護等を行う身上監護の義務があるというべきである〉
認知症患者Aさん(91歳・当時)がJR東海の線路に入り込み、快速列車にはねられて2万7000人の足に影響を与えた責任は、介護をしていた妻のB子さん(85歳・同)にある—。
4月24日、名古屋高裁が下した判決は、あまりに非情かつ非常識なものだった。
事故が起きたのは、'07年12月7日の夕方。愛知県大府市に住むAさんは'00年から認知症の症状が出始め、このころには要介護4と認定されるほど症状が進んでいた。自分の名前も年齢もわからず、自宅がどこなのかも認識できない。昼夜を問わず「生まれ育った場所に帰りたい」と家を出る。
それでも家族はAさんを必死に介護した。長男は月に数度、週末を利用して横浜から大府にやってきた。長男の嫁は単身、大府に転居。B子さんと一緒に介護にあたった。自宅周辺にはセンサーを設置して、Aさんが外出するとチャイムが鳴るようにした。
それでも悲劇は起こった。
夕刻、長男の嫁が簡易トイレを片付けているほんの一瞬、B子さんがウトウトした隙にAさんは家を出てしまったのである。チャイムの音が大きくてAさんが怯えるため、センサーのスイッチは切られていた—。
交通機関はこうした場合、機械的に遺族に損害賠償請求をするが、「株主の手前、形式的に請求はしますが、本気で損害金を回収しようとは思っていないケースも多い」(JR東海関係者)。
ところが今回、長門栄吉裁判長は360万円の支払いを妻のB子さんに求めたのだった。
「家族に責任が一切ないとは誰も思っていません。しかし、徘徊となるとこれは防ぎようがない。24時間、常に誰かが見張るなど、不可能だからです。現在、国内に認知症患者は約500万人います。85歳以上の40%が罹患しますが、有効な予防法はありません。これは国が背負うべき問題なのです。実際、特別養護老人ホームの待機者は52万人もいるのです。ところが、裁判官は、国の責任には触れようともしない。われわれは、この判決が前例となることを危惧しています」
この「認知症の人と家族の会」高見国生代表の主張を「もっとも」だと言うのは木谷明弁護士。東電OL殺人事件で、無罪判決を受けたゴビンダ氏をなおも勾留しようとした検察の要請を退けた元東京高裁判事である。