この売却を担当していたテナント部長とテナント課長の間も、上層部からの重圧と現実に挟まれてかなりしんどかったらしく、相当険悪な関係になったうえ自称軽いノイローゼ。そして昨日、遂に2人は爆発した。社内で言い合い。罵り合い。呪い合い。最終的には取っ組み合いをするに至ったのだ。オッサン同士の争いは醜い。手足を動かすたびにワイシャツから放出されるむせかえるような加齢臭。静観を決め込むつもりであったがオウム事件以来異臭騒ぎに敏感になっている僕は彼らの間に割って入り「屋上へ行こ」「屋上へ行こ」「屋上へ行こ」とサラリーマン金太郎メソッドを駆使して鎮圧したのである。ちなみに屋上には出られない。冷静さを欠くと屋上すら忘れる。みっともないことだ。
こうしたトラブルで損をするのは常に弱い立場の方。部長と課長なら言わずもがな。想像しうる汚い言葉により彼は心を病んでしまい会社に来られなくなってしまった。実のところ2人がどうなろうと知ったことではない。社員旅行の大浴場で確認したかぎりでは2人とも僕よりも立派なモノを持っていたからだ。そそくさと内股小走りで湯船に向かう僕を嘲笑するかのように2人はそれを隠そうともせずに闊歩していた。僕は終生消えることのない痛みを覚えた。あのときの屈辱を1日たりとも忘れたことはない。もろともこの騒動で失脚してくれれば、監視密告しあうライバルが減り残り少ない会社での日々も多少は快適に生きられるのだが、などと自分の保身のことだけを考えていた。冷酷なのではない。正直なのだ。なので2人の仲介を命じられたことは僕にとって苦痛でしかなかった。きっつー。
仕方ないので出社してきた者には「あなたのせいで余計な仕事が増えてしまった。このせいで転職にしくじったら一生恨むからな」と自分の立場だけを考えた助言を与え、インスタント引きこもりには「会社に来なくてもいいなんて、会社に行きたくない僕からみれば羨ましいかぎり。気の済むまでどーぞ」と相手をリラックスさせるために僕自身の正直な気持ちを与えた。《仲間内で内ゲバめいた足の引っ張り合いをしているからキャバクラを売るはめに陥るのだ》そのような批判に対しては決して引っ張り合いではないと答えることにしている。僕は一方的に相手の足を引いているだけなので引っ張り合いに当たらない。僕の年齢になるとわざわざ利のない戦に乗じることはないのだ。
大事なのは自分の予測の範囲内でうまく立ち回ること。今回ひとつ予想外だったのは、心を病んで出社出来なくなったのが上司の側だったことだ。己が口にしたおぞましい悪口のなかに悪魔を見て心を病んだそうである。付き合いきれん。この疲労はキャバクラでしか癒せないがもうそれも、かなわないのだ。(所要時間22分)