昨年の暮れのことだが、007を観たショーン・コネリーファンの友人が、「なんでダニエル・クレイグあんなに人気あるんだろうねぇ、ジャガイモみたいな顔なのにさ」と言った。
ジャガイモ‥‥‥それは酷い。でも言い得て妙か。
なかなか美味しそうなベイクドポテトですね。
たしかにダニエル・クレイグは、港で石炭の袋担いでいるか、ジムでサンドバッグ殴っているのが似合いそうなイギリスの労働者階級顔だ。少なくとも歴代のボンド俳優のような、貴族的雰囲気漂う整ったイケメンではない。
それまでのボンド俳優と異なる最大の点は、よく言われる金髪でも身長がやや低いことでも耳がでかいことでもなく、顔の縦横バランスだ。ショーン・コネリーもジョージ・レーゼンビーもロジャー・ムーアもティモシー・ダルトンもピアース・ブロスナンも、比較的顔が長い。面長な顔には一般に大人っぽさや優雅さや余裕が漂うもので、またそういうニュアンスを表現しやすい。
しかしダニエル・クレイグは丸顔ではないにしても、彼らに比べると明らかに顔が短い。しかも鼻の形がスマートじゃない。年期の入ったボクサーのようだ。*1
冷戦構造をバックに描かれた007という物語自体が既に古いのだから、今やるのなら整ったイケメンより渋いおっさん顔がジタバタするのが似合ってるという点では、役に合っている。彼が主演となった作品(最近では『ドラゴン・タトゥーの女』『007スカイフォール』)の出来の良さも、あの顔をカッコ良く見せている。
が、人気が出たのはそれだけではないだろう。こういうジャガイモ顔ヒーローの伝統があるのだ。そういう背景があるから、ダニエル・クレイグのボンドは、というかあのジャガイモ顔は広く受容され支持された。
また顔の話かと言われそうだが、面白い顔なので考察してみたい。
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この手の顔で好印象を獲得してきた俳優というと、エド・ハリスである。エド・ハリスとダニエル・クレイグは、顔の造形の無骨さが実によく似ている。
太い鼻っ柱も少し奥目のブルーアイに悲しそうな表情が宿るところも、金髪に近いので下がり気味の眉毛の存在感が薄いところも、薄い唇も、頑丈そうな顎の形も親子のようにそっくりだ。融通は効かないが、いざと言う時頼りになる顔。
『ライト・スタッフ』『アビス』『アポロ13』『ビューティフル・マインド』などで、自分の信念を貫くタイプの男を演じていたエド・ハリス。彼の名のクレジットは、デンゼル・ワシントンと同じく、「この人は信用できる人だ」という安心感を与えてくれる。信頼路線という点で、ダニエル・クレイグも今のところ同じ。
しかしダニエル・クレイグの顔には、真面目なエド・ハリスにはない隙と愛嬌がある。そこからすると、この顔の原点はスティーブ・マックィーンである。
マックィーンもいわゆるイケメンとは言い難い。金髪・ブルーアイはもとより、ちょっと立った耳、短かめの鼻、常に眩しそうな目、ストレートパンチを入れられても簡単に砕けそうにない顎も、クレイグとよく似ている。
『パピヨン』『荒野の七人』『大脱走』『ブリット』などでのマックィーンの役の要素‥‥不屈さ、無鉄砲さ、クールさは、クレイグの演じてきた役の特徴と重なる。*2
外国の俳優を挙げてきたが、日本の俳優でもダニエル・クレイグ顔の人がいる。火野正平だ。
今では好々爺然としている火野正平は、若い頃は女優キラーで有名な俳優だったが、しっかりした鼻柱、下がり眉に困ったような瞳、肉食系の顎という特徴がダニエル・クレイグとの共通項。
これら少年臭さと男臭さの混じった風貌は、ある種の女性に強烈に母性本能を掻き立てるものがあるようだ。
もう一人は北野武。「ええ〜?」と言わずによく観察して頂きたい。
顔が短いところはもとより、がっしり鼻に薄い唇としっかり張った顎という基本的造形は、ダニエル・クレイグと同じである。北野武をセクシーだという見方だって成立しないことはない。
ここまで書いてきて、これらの俳優のもっとも重要な共通項は鼻と顎だと気付いた。顔の下半身である鼻と顎がゴツい。無骨な骨格から醸し出される不屈の精神と、野性味と、ジャガイモのような庶民性、それに一見似つかわしくない孤独な影の漂う眼差しのギャップがポイント。
人間とばかり比較してきたが、ダニエル・クレイグはどっちかというと野生動物の顔である。もちろん豹とかピューマとかの猫科。
で、うちで飼っているタマ(♂)が、最近ダニエル・クレイグに見えて仕方ない。
『カジノ・ロワイヤル』で気の毒にもタマ攻撃に晒されていたボンドだが、うちのタマは既にタマがない。
立った耳といい、日に当たるとゴールドに見える毛並みといい、どことなく淋しげな瞳といい、鼻から口の感じといい、張った顎といい……。似てませんか?
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そういうわけで、最近はよく猫と007ごっこをやって遊んでいます。
指に輪ゴムを引っかけピストルの形にして、「♪チャンチャランチャーンチャチャチャ、チャンチャランチャーンチャチャチャ」と007のテーマを口ずさみながら狙いをつけると、タマはシャキッと耳を立てササッと物陰に隠れて輪ゴムが飛んでくるのを待ち構えている。
ピン!とタマの頭スレスレに輪ゴムを飛ばす。タマはダッシュして追いかけて行き、輪ゴムを口にくわえて前脚で引っぱりクチャクチャといたぶる。取り上げると怒って飛びかかってくる。わぁ助けて降参。
これで猫が、「I'm Bond, James Bond」とか言ってくれたらもっと楽しいのに。