日本近代史学者、広島市立大学准教授。1965年生まれ。1990年立教大学文学部卒。2002年同大学院文学研究科博士課程後期課程満期退学。2005年「フィリピンと対日戦争犯罪裁判 戦争犯罪問題をめぐる日本・フィリピン関係史」で立教大文学博士。広島市立大学広島平和研究所准教授。
日本大学文理学部教授
http://d.hatena.ne.jp/asin/4000281577/interactivedn-22
ひとこと 意味の通じない会話が成立している・・・ 二部三部は各々の独白 おわりに ひとこと 共著・対談というのは、得てしてまとまりが無かったり、議論がかみ合わなかったりすることが多いと思います。そういう本に出合うと、「外した~」と思ってしまいます。 で、今回の作品がまさにそれでありました。 意味の通じない会話が成立している・・・ その対談ですが、第一部は永井均氏と小泉義之氏の対談。 タイトルからも概ね明らかですが、1990年代末にあった酒鬼薔薇聖斗事件が念頭にあります。 永井氏の著作は以前読みましたが、哲学の中では実に珍しく?哲学史研究者然としていない。自分自身の疑問をもっており、その視点から…
「座右の銘」という言葉があります。意味を調べると「いつも自分の座る場所のそばに書き記しておいて、戒めとする文句」とあります。恐らくそれから派生した造語だと思いますが「いつも傍らにおいて何度も読み返したくなる本」のことを「座右の書」などといいます。哲学者、永井均さんの本は何冊か読んでいますが最初に読んだのが『ウィトゲンシュタイン入門』です。もう25年くらい前になるでしょうか。人に貸したりあげたりして、その度に何度か買い直していますが常に側にある本でした。(永井均著/筑摩書房)永井さんの著作の面白さを問われたら「(立ち読みでもいいので)巻頭(通常「はじめに」と題された部分)もしくは「第一章」の冒頭…
2002年の東大国語の出典について。 第1問 生と死への眼差し / 村上 陽一郎【著】 - 紀伊國屋書店ウェブストア|オンライン書店|本、雑誌の通販、電子書籍ストア の「死すべきものとしての人間」という論文の「孤絶の恐怖へ」の章 原著p215から始まる「孤絶性は越えられるか」の章の冒頭も、過去問には含まれる。(『東大の国語27か年』p153) →「死すべき~」の原載 「死をめぐる断章」として、『歴史としての科学』 | 筑摩書房に所収 (1/28追記 出題箇所の、子どもが母親を第二人称的他者と見なし始めることは、 『〈身〉の構造 身体論を超えて』(市川 浩):講談社学術文庫|講談社BOOK倶楽部…
『「聴く」ことの力』鷲田 清一 | 筑摩書房 で引かれる参考文献を紹介します。 1章 医療のクリニック / 中川 米造【著】 - 紀伊國屋書店ウェブストア|オンライン書店|本、雑誌の通販、電子書籍ストア ・小林秀雄「考えるという事」 (1/23追記 『本居宣長〔下〕』 小林秀雄 | 新潮社 文庫版の下巻、33章、pp47-50にも一部類似内容。 『本居宣長』は 『反歴史論』(宇野 邦一):講談社学術文庫|講談社BOOK倶楽部 2章p110-111にも引かれる。) ・「哲学の危機」については、鷲田氏の 岩波講座現代思想 2 / 新田 義弘【ほか編】 - 紀伊國屋書店ウェブストア|オンライン書店|…
道徳教育では「考え、議論する道徳」が重視されています。しかし、 〈道徳教育〉の研究問題の所在 ― 見落とされている問題群 ― | 学術機関リポジトリデータベース pp1-2に、道徳を議論させると道徳が疑わしいものになりかねない、どこまでは議論の余地のない基本的道徳で、どこからは議論すべき道徳なのかわからない、という指摘。 参考になるかもしれない話として、 倫理学よりも哲学の内容ですが、道徳にも当てはまるであろう話として、 転校生とブラック・ジャック - 岩波書店 P72「この現実がどうなっているかということなら、実験でわかるよ。でも、どうなっていざるをえないかは思考実験でしかわからないんだ。さ…
(5/17追記 評論文の背景 2002年東大国語の出典 - sazaesansazaesan’s diary に続く) 東大国語対策 - 勉強法・おすすめ参考書 - 東大受験まとめサイト UTaisaku-Web によると、 東大国語、2002年第4問には、 転校生とブラック・ジャック - 岩波書店 が出ました。(27か年過去問を見ると終章が出題されています) 同書は 理由と人格 - 株式会社 勁草書房 の第3部「人格の同一性」を使ったゼミという設定を取る。 p134に、カントの誤謬推論やウィトゲンシュタインの独我論論駁の比較などもたまに出るが、専門用語は少なめ。しかし難解。 p68で前著 『…
自己肯定感について、教員採用試験の論文に出るので、関連サイトを紹介します。 「学習権」をめぐる対話〜森田真生・瀬戸昌宣 | みんなのミシマガジン (追記9/15 以下はこのサイトからの引用です) 「やはりポイントは学習権の概念を広げつつ、「普通教育」が最低限何を目指すものなのかをはっきりさせることだと思うんですけど、それに関して、哲学者の永井均さんが『これがニーチェだ』という本に書いている言葉を紹介したいと思います。 子供の教育において第一になすべきことは、道徳を教えることではなく、人生が楽しいということを、つまり自己の生が根源において肯定されるべきものであることを、体に覚え込ませてやることな…
永井均さん自身にとっては、『〈子ども〉のための哲学』という本は、もう古すぎて、あんまり読んで欲しくなさそうなのだが、私が人に、「永井均」的なるものを説明しようと思うと、やはり挙げたいのは、この本なのだ。 この本以上に、問題点がクリアに明示されているものは他になく、哲学のド素人が読んでも、その意味するところがダイレクトに伝わるからだ。 この本を読んでも全くピンとこなかった人は、ここでお別れということになるし、ピンと来た人は、永井氏公認の最近の著作に進んでいけばいいだろう。読者を振り分ける最初の関門としては、やはり最も適切な書物であると思う。 こう思ってしまう原因の一つは、私自身の体験によるところ…
カントの『純粋理性批判』を通読したのはコロナ前の2019年頃だった。読み通すのにだいたい一年ぐらいかかった記憶がある。 若い頃にはカントには興味がわかなかった。 というより、ポストモダン的なものによって乗り越えられた古色蒼然たる近代思想の権化、というようなステロタイプなイメージがあったので、とても積極的に読もうという気持ちにはなれなかったのだ。 ところが、年を経るにつれ、だんだんと「もしかすると、この人はけっこう重要なことを言っているのでは?」と思い当たる節がしばしば出てきたため、とりあえず一回ぐらいは原典を通読してみようという気になった。 ところで様々な翻訳バージョンがある古典的定番の場合、…
皆さんこんにちは。 今回は哲学の本です。今年一時帰国をした際に持って帰ってきた本。処分しようかなと思ったけど、これはもう少しとっておくことに決定。自分で読んでもまだ面白いし、他人にあげても喜ばれるかもしれない。 読後なんだか興奮してしまい、下記、普段の取り繕いすら剥がれた文章になりました。そして紹介ですらなく、実に自分本位のメモで、誠に申し訳ない。でも、せっかくなのでそのままポストします。 そうそう、下世話な話ですが、中学受験や高校受験とかで出てきそうな文章です。先生方が好きそうな文章。でもちょっと古いかな。 はじめに 20年以上ぶりの再読。 学生時代に買った本ですが、大事に取ってあったので余…