名刺にメールアドレスではなくWaveアドレスを書く時代がすぐそこに?
Wikiを更地から再構築したら
Google Waveはいろいろな顔を持っていて、これが何であるかについていろいろな意見が出ると思うが、私は、まずは「更地から再構築したWiki」であると見るべきだと思う。
つまり、「一つの文書を複数の人が共同で編集する」ということに、理論的なモデルを与えることで、以下の特性を加えたものだ。
- リアルタイム性(一文字単位で更新が反映される)
- スケーラビリティ(世界中の人が同時に乗っても大丈夫)
- 拡張性(地図や動画やチェス盤などいろいろなガジェットを貼れる)
技術的には、Google Wave は、非常に良くできた Wiki ではあるが、目新しいことは何もない。しかし、Google Wave には、もの凄いイノベーションが含まれていて、それは「メールは特殊なWikiである」という、全く新しいものの見方である。
メールとは対話ログの共同編集
メールとは普通に考えれば、メッセージのやりとりであって、メッセージをやりとりして対話を行なった結果として、副産物として対話のログが残る。メーラは、メッセージを送るツールであると同時に、その対話ログを閲覧するツールでもある。
「メールは特殊なWikiである」という意味は、「対話ログという文書を追記型で共同編集する行為」がメールの本質であるということだ。つまり、対話ログの作成こそがメールの本分であり、メッセージのやり取りのほうをおまけとみなす、逆転の発想である。
最初に空の対話ログがあって、そこに二人の人が交互に文章を追記していく。その過程を共有することで、おまけとしてメッセージのやり取りが行なわれる。そういうツールがあれば、メールの代わりになるというのが、「もし今の技術でメールを再構築したら」という言葉の意味なのだろう。
だから、メールと言っても、一方的に言いたいことを送りつければ用が足りて返事はいらない、というような用途は含まれていない。どちらかと言えば、主にメーリングリストのような継続する対話を想定した話だ。
対話が継続し参加者が増えていくとしたら、何らかの成果物が作成される。
たとえば、AさんがBさんに「今度オフ会をやろうか」ともちかけて、「そうだねじゃあ、CさんとDさんを呼ぼう」と二人を招待する。そして、4人でさらに新たな参加者を検討しながら、スケジュールを合わせ適当な店の情報を交換する。そして、最後に店の地図と日時と幹事の名前や連絡先が入った招待状ができる。
オフ会の開催=招待状の共同編集であって、それができた時には、自然と、参加者全員がこのドキュメントにアクセスできる状態になっている。そして、会が終わった翌日には、ここに当日の写真を貼ることもできる。そういう一連の過程を自然にサポートするのがGoogle Waveだ。
メールで継続的なメッセージの交換が行なわれるとしたら、そこには広い意味でのドキュメントの共同編集という作業がつきもので、その共同編集のプロセスをサポートする良いツールがあれば、(広い意味での対話という)メールの用途を置き変えることができる、というのが、Google Waveの見切りであり、ここが最も重要なイノベーションだと思う。
自営 Waveサーバが奨励されている
Google Waveが、gmailやgoogleカレンダーのような他のサービスと違う所は、サーバのソフトがオープンソースで公開されることだ。つまり、各企業は自営のWaveサーバを使うことができるし、むしろ、それを奨励されているように見える。
実際、Google Wave Federation Protocolという文書には次のような記述がある。
The wave federation protocol enables everyone to become a wave provider and share waves with others. For instance, an organization can operate as a wave provider for its members, an individual can run a wave server as a wave provider for a single user or family members, and an Internet service provider can run a wave service as another Internet service for its users as a supplement to email, IM, ftp, etc. In this model, Google Wave is one of many wave providers.
The wave federation protocolは、誰もが wave プロバイダーになって wave(共同編集されるドキュメント) を他の人と共有することを可能にする。たとえば、組織は組織のメンバーに対して wave プロバイダーになれるし、個人は自分専用のwaveサーバを立てたり、それを家族や友人に使わさせることができる。ISPは、メールやIMやftp等と同じように、自分たちのユーザ向けのサービスの一環として、waveサービスを行なう。このモデルでは、Google Waveは、たくさんあるプロバイダーの一つにすぎない。
そして、各人は、メールアドレスと同じように、個人名@ドメインの形式で wave アドレスを持ち、これを交換することで、誰とでも Waveドキュメントの共同編集(=メッセージの交換)を行なうことができる。
共同編集は、一つのサーバに全員が直接接続するのではなく、各人が自分のサーバに接続し、サーバ同士が連携することで行なわれる。(上記の文書はそのサーバ同士の連携に使うプロトコルを説明しているものだ)
当然、グーグルのことだから、複数のwaveサーバがそれぞれのユーザの要求にしたがって、あちこちのwaveサーバと接続する時のスケーラビリティを考慮している。
この waveサーバ、 waveアドレス、連携プロトコルのあり方は、EMailと全く同じである。つまり、誰もが自分のメールアドレスとメールサーバを持ち、メールサーバ同士が連携してメッセージが配信されるように、誰もが自分のwaveアドレスとwaveサーバを持ち、waveサーバ同士が連携してwaveドキュメントの共同編集が行なわれることになる。
多くの組織や個人が普通に自営のwaveサーバを立てて、waveがグーグルのものでなくなることが、つまり、Goolge Waveという大文字のプロダクトが、waveという小文字のプロトコルになることが、このプロジェクトの目標なのだと思う。
最初の熱狂的ユーザはグーグル自身だろう
こんな素晴しいソフトが、数ヶ月のうちに自由に使えることになる、ということにワクワクしてしまうが、一方で、全ての組織がこれを活用できるかと言うと、それは疑問だ。
コラボレーションツールは、暗黙のうちに特定の組織原理を内包しているものだが、Waveのそれは、参加者同士が徹底的に対等であるという点で非常にラディカルだ。
Waveに新しい参加者を招き入れると、その新参者は、ドキュメントの編集過程を全てプレイバックできる。そして、いきなり文書全体を自由に編集できるようになる。つまり、仲間には全てを晒け出さなくてはならない。
上下関係の厳しい組織がこれを使おうとしても、上の人は下の者が何か変なことを書かないか心配になるし、下の者はそれが気になって何かを書きこむ気にはなかなかならないだろう。
Waveを自然に活用できるのは、組織の成員同士の関係が対等であり、相互信頼に基いて運営されているような組織である。
そういう文化を典型的に持っているのは何と言ってもグーグル自身であり、グーグルがこのWaveというツールの最初の熱狂的なユーザとなるだろう。そして、これを活用することによってさらに業務のパフォーマンスを飛躍的に向上させるだろう。
フォードシステムからグーグルシステムへ
このような、非常に強力なコラボレーションツールがタダで提供されるということは、企業間の競争の力学を変えてしまう可能性もある。
これは既存のWikiとは違い、理論的に整備された基盤を持っているので、この上にセキュリティや権限に関する機能を付加していくことは可能である。しかし、プログラミングのレベルでは容易なことかもしれないが、そういうグーグルの持つ企業文化に反するような拡張は、結局は、Waveの良さを殺してしまうことになる。
「対話以外はメールと認めない、一方的なメッセージの押しつけはできなくてもいい」というGoogle Waveの設計思想は、やはり過激だと思うが、そこにグーグル自身が気がついていないようだ。グーグルではそれは言うまでもない当然のことなのだ。
Google Waveは、おそらく、グーグルのような仕事の仕方をすることを暗黙のうちに強制するようなツールなのだ。企業にとって、メールよりずっと便利だけど、メールよりずっと使いにくいツールだ。全ての会社が使いこなせるものではないが、使い出した会社は、内部の業務も企業間の連携でも、仕事のスピードがかなり違ってくるだろう。
20世紀の初めに、フォードがフォードシステムによって工場の中での仕事の仕方を根本から変えてしまった。それと同じように、Google Waveはオフィスの中での仕事の仕方を根本から変え、「グーグルシステム」を世界中に広めるきっかけになるかもしれない。
締めの言葉は「surprize us」
Google Waveお披露目のプレゼンは、「surprize us」という言葉で終わっていた。
開発者に対して「こいつで僕らにも思いつかないような何か凄いものを作って、僕らをビックリさせてよ」という趣旨だ。グーグルマップの各種マッシュアップを見て、世界中の想像力の総量にグーグル自身が一番ビックリして、そこから教訓を得たと言うことだ。
それは方向性としては正しいけど、何かコードを書き足さなきゃビックリすることは起こらないと思っている点で、まだまだ甘い。
Google Waveによって組織のあり方が変わるかもしれないが、それより先に、個人と個人のコラボレーションがすごい勢いで発火して、それがあらゆる組織をまとめておいてきぼりにしてしまうような事態も考えられる。
たとえば、津田大介さんは『Tsudaる技術』という本を書いた後には、第二弾として「Google WaveでTsudaる技術」という本を書いて、グーグルをビックリさせてもいいと思う。
Google Waveは、基本的には特定のグループ内部での共同編集のツールであるが、これをブログに貼りつけることで、リアルタイムで世界中にpublishするツールにもなる。
メインのTsudaラーが、基本的な要旨をリアルタイム中継している所に、数人のサブTsudaラーがそれを補足したり写真を貼りつけてそのまま一気に立派なレポートを作ってしまうというようなことは、今回のデモの中にある機能だけ使っても十分できると思う。
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