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ピロリ菌は胃がんの原因の何%か?

ピロリ菌感染は胃がんの原因の一つである。主な原因であると言っていい。ピロリ菌が胃がんを引き起こすメカニズムもだいぶ明らかになっているが、よしんばメカニズムが不明であっても、疫学研究からピロリ菌と胃がんの因果関係は証明されている。

ただ、ピロリ菌感染が胃がんの原因だと言っても、ピロリ菌に感染していなくても胃がんになる人もいれば、ピロリ菌に感染していても胃がんにならない人もいる。報告によっても差があるが、ピロリ菌に感染していると、感染していない場合と比較してだいたい5〜10倍ぐらい胃がんになりやすい*1。ピロリ菌感染と胃がんの関係は、喫煙と肺がんの関係と同じぐらいの強さで、HPV(ヒトパピローマウイルス)と子宮頸がんの関係よりは弱い。

「胃がんの99%はピロリ菌が原因」という主張があるが、さすがに99%というのは過大評価である。仮に胃がん患者の99%がピロリ菌陽性であったとしても、その中にはピロリ菌とは無関係に胃がんになった人もいるであろう。それでは、実際には、胃がんの何%がピロリ菌によるものなのだろうか?

ある集団で発生した胃がんのうち何%がピロリ菌が原因かを推計するためには、ピロリ菌に感染していると何倍胃がんになりやすいのか(相対リスク)という数字のほかに、その集団でピロリ菌に感染している人の割合も知る必要がある。極端な話、ピロリ菌に感染している人の割合がゼロの集団から発生した胃がんのうち、ピロリ菌が原因であるのはゼロ%である。

まずわかりやすいように、ピロリ菌に感染していると5倍胃がんになりやすく、一般集団におけるピロリ菌の感染割合が50%だった場合を考える。ちょうど、ピロリ菌に感染していない人と、感染している人の数が同じである。すると、ピロリ菌に感染していない人の集団中から1人が胃がんになるとき、ピロリ菌に感染している人の集団中からはその5倍の5人が胃がんになる。その5人のうち1人はピロリ菌感染がなくても胃がんになったはずの人である。すると、集団全体では胃がん患者6人中4人、約67%がピロリ菌が原因で胃がんになったと推計できる。






相対リスクが5倍、ピロリ菌に感染している割合が50%の集団では、ピロリ菌(-)からの胃がん発症1人あたり、ピロリ菌(+)からは5人が発症する。ピロリ菌(+)からの胃がん5人のうち、ピロリ菌が原因であるのは4人。集団全体では、胃がん6人中4人がピロリ菌が原因で発症した胃がんである。もしこの集団からピロリ菌を撲滅したら、胃がん発症は6人から2人に減る。





ある集団の胃がん患者のうちピロリ菌が原因である割合をあらわす数値を集団寄与危険割合(人口寄与リスク割合)という。上記例では集団寄与危険割合は約67%である。一般集団におけるピロリ菌の感染割合が高ければ高いほど、あるいは、相対リスクが高ければ高いほど、集団寄与危険割合は高くなる。一般集団における感染割合、相対リスク、集団寄与危険割合の関係を表にした。相対リスクを10倍、ピロリ菌の感染割合を99%と仮定しても、集団寄与危険割合は89.9%であり、99%には届かない。





感染割合、相対リスク、集団寄与危険割合の関係


日本の一般集団のピロリ菌感染割合は年代によって異なるため、この表から日本の胃がんにおけるピロリ菌感染の集団寄与危険割合を計算すると誤差が生じる。一般集団ではなく患者集団中のピロリ菌感染割合からも集団寄与危険割合が計算できる*2。1990年から2004年までの日本の研究では、患者集団中の抗ピロリ菌抗体陽性者の割合は約93.5%、相対リスクは約5.1倍であった*3。集団寄与危険割合を計算すると約75%となる。抗ピロリ菌抗体は胃粘膜の萎縮が進むと陰性になることがあり、ピロリ菌感染のリスクを低く見積もってしまうため、陰転化が遅いCagAというピロリ菌が産生するタンパク質を合わせて解析すると感染割合は約98.8%、相対リスクは約10.2倍であった。この場合、集団寄与危険割合は約90%になる*4

1990年から2004年までの研究に基づけば日本人の胃がんのうち、ピロリ菌が原因である割合はおおよそ75%〜90%ぐらいであったと推定される。若年者のピロリ菌の感染割合は小さいので、現在の胃がんのうちピロリ菌が原因である割合は75%〜90%より小さいし、将来はもっと小さくなる。