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2009年05月20日 12:02:56
 映画「スラムドッグ$ミリオネア」を劇場で五月上旬に見てきました。

 2008年の映画で、監督はダニー・ボイル、脚本はサイモン・ボーフォイ。原作はインドの作家ヴィカス・スワラップです。



 映画賞を総なめした映画ですが、一言で言うと「豪腕」という感じの映画でした。

 たぶん、ご都合主義的な話が駄目な人は、この映画の評価が低いと思います。

 でもこの映画の魅力はそこではない。圧倒的なインド。そのほとばしるパワーとカオスがこの映画の最大の魅力です。

 この映画のそういった部分を最も端的に表しているのが、映画の冒頭のエピソードです。

 トイレに閉じ込められた主人公の少年が、肥溜めにダイブして、その姿のまま、国民的スターにサインをもらいに行って、見事サインをゲットします。

 このパワーとカオスこそが、この映画の最大の魅力です。

 そして、そういった部分を見事切り取ってフィルムに焼き付けたからこそ、この映画は大きな評価を受けたのだと思います。

 人々が求めているのは、評論家的に“よくできた”映画ではなく、圧倒的な“パワー”を持った映画なんだと感じさせる一作でした。



 映画のプログラムで、映画評論家の江戸木純が書いていることがありました。

 インドの映画では、この映画のようなインドのカオスでダークな部分は描かれないそうです。そういった内容の映画は審査が厳しく、撮影許可が下りないということでした。

 インドには十年前に行きましたが、まさにこんな感じでした。

 この映画を見て、インドで聞いた話を思い出しました。物乞いのために、子供の足を切るとう話です。

 また、インドの物売りの逞しさと、町の猥雑さも思い出しました。

 この映画の日本での協賛に、H.I.S.が付いているのは、正しい選択だと感じました。映画を見て、またインドに行ってみたいと思いましたので。



 さて、この映画は、脚本上は三重構造を採っています。

「クイズ・ミリオネア」に参加する主人公。「クイズ・ミリオネア」参加後に逮捕される主人公。逮捕された主人公が語る、壮絶な生い立ちの中の主人公です。

 この構造ですが、映画が終わってしばらく経って、「これって千夜一夜物語?」と思いました。

 語り部がいて、語られる壮絶なエピソードがある。そして、語り部自身の物語もある。

 「語り部」と「語られる人間」が同じで、語られるエピソードが連続しているところが「千夜一夜物語」と違いますが、どこか共通しているものを感じました。

 また、そう考えると、クイズ自体が、語り手の話を誘発するためのエピソードでしかないこともしっくりくるのではないかと思いました。



 さて、映画なのですが、主人公とその兄の対比が鮮やかでした。

 兄貴は普段は何もやらない駄目人間です。でも、生命の危機に瀕するようなピンチの時には、決断力と行動力を発揮して、物事を一気に解決します。

 対して主人公の弟はマジメ人間です。普段からしっかりと働き、他人に対する思いやりを持ち、人を裏切らないように生きていきます。

 この二人の対比が、内容の上でも、ビジュアルの上でも、よくできていました。

 ビジュアル面について書きます。

 兄貴は、「ジャクソン!」といった感じの、精悍な黒人系の顔立ちの男です。

 対して弟は、監督の娘に「彼なら負け犬っぽいわよ!」と言われて抜擢された、負け犬面の大人しそうな顔の男です。

 ……。

 負け犬っぽい……?

 プログラムを読んでいて、「負け犬っぽい!」という理由で選ばれた主人公の俳優は、ちょっと複雑な気分だろうなと思いました。

 いちおう彼は、テコンドーの世界大会で銅メダルを取るぐらい武闘派の人なんですが……。

 何はともあれ、対比はよくできていました。

 あと、兄貴の選択は、何気に「その時点での最適に近い解」だなと思いました。普段はぼんくらですが、ピンチになると動物的嗅覚でピンチを切り抜けます。野生児という感じでした。



 主要登場人物はもう一人います。ヒロインの女の子です。

 この女の子の少女時代が非常に可愛かったです。「動物」という感じで、ぴょんぴょんと飛び跳ねていました。



 脇役の中で、最も重要な人物についても書きます。

 クイズ大会の司会者(日本で言うと みのもんた)です。

 彼は、スラム出身の主人公を頭から馬鹿にしていて、クイズに正解するなんて不正をしているに決まっていると決め付け、警察に主人公を逮捕させる人物です。

 映画中では、悪役の一人になります。

 この司会者を演じている俳優さんですが、インドのトップ・スターの一人のようです。

 彼は、出演料を、全額寄付しています。スラムなどの子供を救済するプログラムにです。

 司会者役でちょっと悪印象だったのですが、これで逆転しました。まあ、そういったことを推進するような社会的立場にあるのでしょう。重鎮なんだろうなと思いました。



 さて、俳優について書いたので、もう一つの主役についても書きます。

 ムンバイです。

 この映画の、もう一つの主役はムンバイという街です。スラムがあって貧困の中にあるかと思うと、ハイテクビルがどんどん建つ急速な発展もしている。

 映画の途中で、兄弟が建設中のビルに立つシーンがあります。そこからの光景が「まさに今急成長している街」という感じでした。

 そして、この発展のパワーを一番感じたのは、ガシガシと山を削って街を拡張しているシーンです。

 大地を侵食しながら町が拡大している様子が、ダイレクトに伝わってきました。



 そして、最後の踊りです。

 これぞ、インド映画。

 映画館で、スタッフ・ロールだからといって帰っている人がちらほらいましたが、「おいおい」と思いました。

 これを見ずして帰るなんて! この映画の名シーンの一つだったのに。もったいないです。



 映画は、面白かったです。

 でも、クイズの回答に関しては、本当にご都合主義でした。この部分は、語り部のための枠組みでしかないなあと感じました。

 あと、同じ時期に見た「グラン・トリノ」と比べると、粗さが目立つなとも思いました。その分、圧倒的パワーがあるのも事実です。

 この映画をマンガにたとえるなら、「週刊少年ジャンプ」です。まさにそういった感じの展開と話運びでした。

 個人的には、「グラン・トリノ」と「スラムドッグ$ミリオネア」では、「グラン・トリノ」の方が好きでした。



 あと、一つだけ書いておきたいことがあります。

 プログラム、薄っ。

 内容も薄いけど、ページも薄い。必要最低限のことは入っているのですが、「グラン・トリノ」のプログラムと比べると、やっつけ感が否めません。

 あと、「参考:Wikipedia」と書いてあるページがあるのは、さすがにどうかと思いました。引用したら書くのは正しいのですが。



 以下、粗筋です(ネタバレなし。出だしだけ書いておきます。粗筋を書くようなタイプの映画ではありませんので)。

 クイズ・ミリオネア。経済格差著しいインドで、この番組に出ることは庶民の夢だ。その番組に出た一人の青年が、次々とクイズに正解していき、人々の注目を浴びる。

 だが、その青年は警察に捕まってしまった。スラム出身の彼が正解を連続するのは、何か不正をしているからだと決め付けられたからだ。

 主人公は、警察に拷問されても、不正はしていないと言う。彼は刑事に対して、なぜクイズの答えを知っていたかを語りだす。それは、彼が歩んできた壮絶な人生を告白する内容だった。



 映画を見終わってしばらく経って、クイズ繋がりということで「国民クイズ」を思い出しました。

 あのマンガも、異様な熱気に包まれた話でしたので。

 ただし、こちらの映画は、そういった政治的な部分は一切ないですが。
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