「胡錦濤が主要8カ国(G8)サミット出席を打ち切って帰国するのは、漢族がウイグル族に反撃し始めたからだ」
7月8日正午、中国共産党幹部で外交を担当してきた知人から、こんな携帯メールを受け取った。5日、新疆ウイグル自治区ウルムチでウイグル族による暴動が起きた(「7・5」事件)。7日には、ウイグル族の行動に不満と怒りを爆発させた漢族が反撃に出た(「7・7」事件)。イタリアを訪問中で、G8首脳サミットに出席予定だった胡錦濤国家主席は異例のドタキャンを決断。それはウイグル情勢が「民族対立」の様相を呈したからにほかならない。
ほぼ同時間、ウイグル族の友人から同じく携帯にメールを受け取った。
「国内メディアの報道は信用するな。自分の頭で考えてくれ。当局はラビアの陰謀だと世論を誘導する気だ。この世に純粋な悪魔などいない」
仮想敵を作り、世論を誘導する
180人以上の死者(中国当局統計)を出した「7・5」「7・7」事件。中央政府は「ウルムチで起きた暴力犯罪事件は、組織的に実行された陰謀だ。ラビアを中心とした『世界ウイグル会議』などの海外組織が裏で計画、指揮、先導した」というスタンスをすぐに固めた。中国メディアの関連報道はこのトーンで一致していた。
ラビアとは、ラビア・カーディルという女性。ラビアは新疆ウイグル自治区で実業家として成功し、中国人民政治協商会議委員を務めた経験を持つ。2005年に米国へ亡命した後は、世界ウイグル会議の議長として、中国におけるウイグル人の人権擁護を訴える活動を行っている。
中国メディアは、ラビアがどれだけ悪者かという報道を多角的に展開した。北京在住の知り合いの記者は「党の方針と異なる一切の報道は許されなかった。私の書いた原稿はボツになった」とため息をついた。
世論は「打倒ラビア!」一辺倒となった。
筆者は、昨年北京五輪を前にチベット自治区のラサで勃発した「3・14」事件を思い出した。当局のウルムチとラサへの措置は似通っていた。「仮想敵」を仕立て上げ、国民の注意をそちらに誘導する。ナショナリズムを煽り、党の権力基盤を強化するという政治。
「民族団結」のため、共産党にとっては唯一の選択なのだろう。それに伴う莫大な政治リスク・コストはやむを得ないといったところか。
昨年と異なるのは、外国人記者が限られた地域ではあるが現場取材を許可されたことだ。中国メディアは「『3・14』から『7・5』へ、西側メディアの対中報道は偏見に満ちている」と国民を煽る。
経済成長と優遇政策の矛盾
中国当局が現在実施している民族政策は1980年代にさかのぼる。ソ連やユーゴスラビアなど社会主義国のモデルを参照した。『中国少数民族政策及び実践』白書によると、中国には明確な成文としての「民族政策」がある。「少数民族」であることが身分証に明記される。「民族区域自治制度」を設置し、自治区・自治州において「民族」を主体に政策が遂行される。つまり、民族の差別化がガバナンスの出発点になっているということだ。
80年代の国家指導者たちは、少数民族に一定の優遇を与えることで民族間の平等を実現しようとした。人口の90%以上を占める漢族と少数民族にダブルスタンダードを設け、分割統治を行ってきた。少数民族は、子供を1人以上産んでもいい、大学試験で加点される、犯罪が軽罰化される、納税額が少ない、などの優遇を受けてきた。自治区内の国営企業、大学、軍における漢族の割合が60%を超えてはならないという規定も設けられた。
就業機会が国家によって配分され、中央が社会のあらゆるリソースをコントロールできた時代、分割統治は機能した。国民は貧しく、「超国民待遇」を得た少数民族は満足だった。漢族も不満をあらわにすることはなかった。民族問題は突出しなかった。
しかし、この政策では昨今の実情には適応できなくなった。経済グローバル化の受益者である中国。国内でも「経済全国化」の波からは逃れられない。後者は前者よりも迅速で、徹底している。
カネ、ヒト、モノ、情報が自治区を含めた中国国内を自由に流動する。資源が豊富な新疆は「内地」から大量の投資を得て、閉鎖的な辺境地区から中国西部で最も豊かな場所に変身した。30年を経て、新疆ウイグルのGDP(国内総生産)は16.4倍に跳ね上がった。経済発展の影で取り残された問題は軽視された。
現在の中国では、就業機会の大部分は民営企業から創出されている。新疆ウイグルにおける企業は、過度に外からの投資に依存している。『新疆統計年鑑』によると、2008年、新疆ウイグルのGDPは4230億元、うち外からの投資は809億元、GDPの5分の1を占める。2007年、中国全体のGDPは3兆3800億ドルで、海外からの投資は826億ドルだから、GDPに占める割合は約50分の1である。
簡単に見積もって、「内地」(新疆ウイグルよりも東に位置する中国の各省・直轄市などを指す)の新疆ウイグルへの影響力は、国際資本の中国への影響力の10倍ということになる。さらに、新疆ウイグルの人口増加は全国の3倍である。就業問題の解決は内地企業にかかっていると言っても過言ではない。
内地企業は現地の国有企業とは異なり、「60%」の制約を受けない。となると、当然、内地からの漢族労働者を採用したがる。カシュガルで建築業を営む漢族の知人は語る。「ウイグル族の勤勉さは漢族に遠く及ばない。あまり中国語もできないから、コミュニケーションも困難だ。いつ問題が起こるかとハラハラする毎日さ。だから可能な限り内地とウルムチからの漢族を雇用しているよ。政府が干渉するわけでもないから」。ウイグル族の失業は、この地域が安定しない根本的な原因となっている。
洗濯業から中国十大富豪まで上り詰めたラビア・カーディルはウイグル商人の英雄のような存在だが、彼女は特例。ウイグル商人たちの競争相手は中国沿岸地域からやってきた漢族のビジネスマンで、漢族が主要ポジションを占める現地政府に対する交渉巧者は、あくまでも漢族の商人である。
お互いに「一緒にしないでほしい」
少数民族を特別扱いした優遇政策は、低い就業率によって「毒」と化した。「両少一寛」は犯罪に対して寛容な処置を取るという少数民族への軽罰化政策だが、堕落した警察当局の責任逃れの抜け道にもなった。
「どうせ判決されないんだから捕まえてもしょうがないという思いはあった」と、新疆ウイグル地区の警察関係者は漏らす。
北京五輪前、当局は治安管理の一環として、ウイグル族出稼ぎ労働者を北京から一掃した。それを見た北京住民たちは「ウイグル族の文化レベルは低く、窃盗や犯罪などは日常茶飯事、とっても迷惑」と口を揃えた。道端で屋台を営むウイグル族を見かけなくなった。
ウルムチだけでなく、北京などの大都市でも、漢族とウイグル族の関係は良好なものではない。筆者は所属する北京大学で、選抜されたエリートウイグル族とよく食事をする。中国語は使わない。英語を使う。「自分のことを中国人だと思ったことはない。当局は『漢化』政策で俺たちの故郷・文化を消滅させようとしている。周りで漢族と恋愛している同胞がいれば、裏切り者と見なす」。漢族学生のウイグル学生に対する不満も根深い。「あいつらは大学受験で50点も加点されて入ってきたんだ。優遇されているだけだ。本当はそんなに頭はよくない。一緒にしないでほしいな」。
「一人っ子政策」にも漢族は不公平だと感じてきた。生まれてきた子供が双子、或いは障害者などのケースを除いて原則1人しか産めない。さもなければ罰金が科される。少子高齢化が進みつつある近年、一人っ子同士であれば2人産めるという政策も出てきてはいるが。
少数民族にとっても有利であるとは限らない。高い生育率は就業率を一段と下げた。文化・言語的な問題もあり、ウイグル族は四川人や河南人と異なり、沿岸地区に出稼ぎに行くことも容易ではない。せっかく出稼ぎに来ても雇ってもらえず、窃盗を繰り返しギリギリ生き延びるというケースはよく目にする。現実社会への不満が頂点に達し、悪徳な組織に参加するようになったウイグル青年を、筆者は何人か知っている。
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