日本の科学技術は欧米の後を追っているだけ、という論が根強い。開発者や研究者ばかりか経営者の目が国内にばかり向いてきたことが、グローバル化の波に打ちのめされ「日本力」を脆弱なものにしているという意見も多い。世界を熱くさせている「日本発の世界標準」を手にした英国在住の日本人科学者のプロジェクトは、成果を手にする「日本力」のありようとは何かを教えてくれている。
歴史の教科書が書き換えられる大事件
パリ、ユネスコ本部。
エッフェル塔があるシャン・ド・マルス公園は東南方向へおよそ1キロ続く細長い緑地だ。その東南端から300メートル先のフォントノア広場に国連のユネスコ本部がある。
2012年7月9日から5日間、このユネスコ本部で開催された「第21回国際放射性炭素会議・パリ2012」(国際放射性炭素学会とユネスコの共催)で、「日本はすごいぞ!」と叫びたくなる決定が下された。
福井県若狭町の水月湖の「年縞」が世界の歴史の「標準時」となった。
「世界時間」はロンドンの天文台があるグリニッジを標準とするが、「水月湖」は今後、考古学や地質学、地球の環境の推移を知る「歴史の標準時」として欠かせない「ものさし」になったのだ。
![](/https/business.nikkei.com/article/tech/20130819/252353/ph01.jpg)
「歴史の標準時」と聞いても、ピンとこないだろう。これは、どういうことか。
歴史では、それが「いつ」のものかは何よりも重要だ。歴史とは、「いつ」を知ることなのだから。
歴史的なモノが発掘されたとする。それが、「いつ」のモノかを調べる有力な手段として、「放射性炭素=炭素14」の量が調べられる。
「炭素14」は5568年ごとに半分に減っていく(半減期)。どんなモノに含まれていてもその減り方の時計の針の進みは同じ。よって、出土品に含まれるそのごくごくわずかな量を調べれば、年代がわかる。これを、「放射性炭素による年代測定」と呼ぶ。
この測定法の発見は1947年(昭和22年)、シカゴ大学の化学者、ウィラード・F・リビー博士による(1960年にノーベル化学賞)。
だが、この測定で得られるデータは正確ではなく、時代による誤差がつきまとう。そこで、世界のどこででも通用する、できるだけ長い年代が連続した「ものさし」が求められていた。それが、日本の水月湖の「年縞」で得られたのだ。
これは、世界の歴史の教科書が書き換えられる大事件ともいわれている。
湖沼の底に残された“年輪”
「年縞」(ねんこう)。聞き慣れない言葉だ。
樹木の「年輪」は、その輪の縞の1本が1年を意味していることはだれでも知っている。年輪の数を数えれば「樹齢」がわかる。夏は木の生長が早く、冬は生長が遅い。年輪のひとつひとつの幅を調べれば、夏や冬の長さもわかる。
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![](/https/business.nikkei.com/article/tech/20130819/252353/003.jpg)
この「年輪」に相当する「縞」は、湖沼の底の泥層にも残されている。
周囲から大きな水の流入などがほとんどない、静かな、そして深い湖沼の底には、さまざまなモノが、そっとそっと降り積もっている。
「縞」は、植物の葉や花粉、植物プランクトンの死骸(殻)、周囲の山が浸食され流れこんだ土壌、湖水に含まれる鉱物質、火山噴火による火山灰、飛来した黄砂などからなる。津波が運ぶ砂が混じることも。それらが作る1年分の「縞」の数を上から勘定していけば、正確な「年」がわかるのだ。さらに縞を詳しく読み解けば、その時代に何があったのかもわかる。
この泥の縞を「年縞」(varve)と呼ぶ。
その「年縞」が数万年にわたって連続して残っている湖沼は世界でもごくわずか。その、理想的な場所が日本にあったのである。
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