起業に必要なのはアイデア、人、技術、お金。そして起業家と投資家、企業のマッチングである。そんな場を作ろうと世界26カ国から集まった起業アイデア、750の中から最終選考に残った40社が制限時間8分で壇上でデモを披露し、優勝賞金5万ドル(約577万円)を争う公開審査会「TechCrunch40」が、9月の17、18日に開かれた。審査員は今のネットを動かすキーパーソン20人。40社はこれが世界デビューとなる。定員400人に約1000人が詰めかけ酸欠寸前の会場にお邪魔してみた(文中敬称略)。
会場は満席。みんな一斉にネットに繋げているせいか接続は遅め。
ザ・コネクター
ジェイソン・カラカニス(左)とマイケル・アリントン(右)。イスラエルの投資家ヨシ・ヴァルディ(審査員)が休憩から帰るまでヨシから学んだビジネスの小話をアドリブで披露。
このイベントは、シリコンバレーのキングメーカー、マイケル・アーリントンと、シリコンアレーの元キング、ジェイソン・カラカニスが共同で企画した。マイク(愛称)のことは「Web 2.0の利用者は53651人」など本連載でも度々紹介しているから省く(筆者も途中から翻訳を手伝っているブログTechCrunchの創始者)が、カラカニスはNYブルックリン出身の「連続起業家」である。
ジェイソン・カラカニスは看護婦とバーテンダーの3人兄弟の真ん中に生まれ、ドットコム黎明期の1996年にニューメディアの動きを伝える瓦版「Silicon Alley Reporter」を始めた。最初は16ページ分の記事をコピーして仕分けて綴じ、カフェを1軒1軒回って置かせてもらっていたのだが、バブルの追い風でみるみる300ページに肥え太り、1口1000ドルのパーティー券も飛ぶように売れ、この世の春を謳歌していた。が、バブル崩壊でニュースはたちまち閑古鳥となり、会社は2001年に改名、やがて売却。
だが、これでめげるジェイソンではなかった。ちょうどその頃アメリカではブログの新潮流が沸き起こっていた。カラカニスはブログを大所帯にしてシステム・広告・渉外を一本化するフランチャイズモデルで2003年10月、Weblogs社を創業した。ギズモードなど計14の人気ブログを傘下に持つゴーカーメディア社(月間1億5000万PV)のニック・デントンと並んで、彼はブログでメディア企業を興した最初の起業家となったのだ。
ギズモードの共同創始者を引き抜いて競合ブログ「engadget(エンガジェット)」を立ち上げさせるなど、1年で約50のブログを傘下に加え、2005年10月AOLに売却。ところがAOLでビジネスを一から教えてくれた師ジョン・ミラーが昨年解任となり、これに抗議して自分もAOLを辞めてしまう。
その後、YouTubeやグーグルに出資したシリコンバレーの名門VCセコイアキャピタルに社内アントレプレナーとして入社、そこから検索の会社Mahaloを始め、今に至る。MBAもプログラミングのスキルもないカラカニスだが、なにしろユーラシア大陸並みに顔が広い。マルコム・グラッドウェルのベストセラー「The Tipping Point」に出てくる「ザ・コネクター(人と人を繋ぐよう生まれついた人)」という類型用語は、シリコンアレー時代のカラカニスを紹介した記事タイトルから来ているくらいなのだ。
会場では秋元氏、私、滑川海彦氏(滑川氏についてはこちらの記事もどうぞ)と通路を挟んで1つ前の席だが、まるで水を得た魚のように会場を走り回って、マイク調整、小話、柔軟体操に大忙し。WiFiや携帯の接続が切れると(翌朝の新聞に早速書かれてしまった)、「繋がってる!?」と観客に手当たり次第に聞き回ってはスキンヘッドのシステム担当に指示を出すなど、巨漢マイクとは好対照なムードメーカーぶりを発揮していた。
ネットの投資熱は堅調
会場はサンフランシスコ金融街からマーケット通りを渡ったパレスホテルだ。30分遅れて入ると、もうドア一つ通り抜けるのがやっとで、立ち見の人は床で携帯やパソコンを広げている。休憩時間になるとジョン・レノンの「Power to the people」なんかの曲がガンガン流れて、なかなかの熱気。
勢いがあるのも当然で、フェンウィック&ウェスト法律事務所が今年第2四半期に調達を行ったサンフランシスコ&シリコンバレーの技術・生命科学関連126社を対象にまとめた最新の調査結果では、前ラウンドに比べ株価のバリュエーションは平均74%も高かった。これは前四半期の75%に次ぐ高い数字。サンフランシスコ大ビジネススクールがこのエリアのベンチャー投資家31人に行った調査でも、今年第2四半期のVC確信指数は5段階評価の4.15。過去最高を記 録した前四半期(4.38)に続き、ベンチャー投資は依然として強気基調が続いている。
参加企業には、この日が待ちに待ったデビューとなる企業も多い。もう投資が決まっている企業はお祭り気分、まだの企業は顔つなぎに懸命。どこも思ったより晴れ舞台をエンジョイしており、緊張に押しつぶされそうな企業というのは一つもない。なるほど、予選を通過するだけのことはある。
重厚な雰囲気のパレスホテル(サンフランシスコ)
8部門に多彩なエントリー
さて、そろそろ実際のプレゼンを見てみよう。トップバッターPowersetはグーグルに挑戦する自然言語検索から。制限時間は8分で、残り2分になると、すぐ前に座ってるお兄さんが指を2本出して合図を送る。この限られた時間内でネットに繋いで実演し、収益モデルまで解説しなくてはならない。
セッションは(1)検索と発見、(2)モバイルとコミュニケーション、(3)コミュニティとコラボレーション、(4)クラウドソーシング、(5)生産性とウェブアプリケーション、(6)収益モデルと分析、(7)リッチメディアとマッシュアップ、(8)あらゆる年代層へのエンターテイメントという計8部門にバランス良く分かれており、今の注目分野が俯瞰できる。
セッション後はワッとステージの著名人に顔繋ぎの行列が…
mEgoのプレゼン
最後はモデルさん登場!
応募企業のロゴマーク
初日でおもしろかったのは韓国最大のSNSサイワールド創始者イドンヒョン氏の新ビジネStoryBlender。ここはソーシャルネットワークでマルチメディア動画をみんなで作れるのがウリ。世界どこでも市内局番で国際電話がかけられるMAXroamのSIMカードも、ロックのかかってないGSM携帯ならなんでも使える。お金持ちな審査員にはピンとこない様子だったが、パキスタン出身の著名ブロガー、オム・マリックは興味津々だった。サービスは10月開始。
大体の企業はCEOがプレゼンを行い、CTO(最高開発責任者)らがパソコンをいじるが、中にはステージで踊り出すCEO(韓国musicshake。会場に来ていたプログラマー新井俊一氏によると別のカンファレンスでも踊っていたそうだ。会場大ウケ)、転んで歯を折る妙な寸劇(医者検索ZocDoc)、イケメンのエンジニア5人に全米展開の門出を祝って歌を歌わせるなど、余興に走る企業も。出張がちな審査員たちのお気に入りはTripIt。動画検索CastTVは、グーグルの女性エンジニア第1号マリッサ・メイヤーも驚く完成度だ。
セッションも最後の頃になると、さすがに見てるこちらも頭が朦朧としてくるのだが、トリは美人モデル4人をステージに上げて“ユーザー生成型18禁フォト”の収益分配モデルをアピールするzivityの女性起業家だ。滑川氏のシャッター音が明らかに違う。審査員のMCハマー(今はウェブビジネスもやっている)が「未成年の子はどうするんだ。今どきの子は“若手起業家”多いからねえ」と会場を沸かせていたけども、やはりその辺が課題ですね。女性起業家ではプロフィールをひとつにまとめ、そこに好きな動画も埋め込んで流せるmEgo、子どもでも簡単にアニメーションの映画が作れるKerpoofも、なかなかキレイな仕上がりだった。
ウェブと紙、動画と顔認識、YouTubeとウィキの融合
CNET創設者が始めた8020Publishingはネットに利用者が投稿したユーザー生成型コンテンツ(UGC)から良いものを選んで印刷し、雑誌を作るサービス。既に写真誌「JPG」で成功し、デモでは新たに旅行専門誌「Everywhere」の立ち上げを発表した。雑誌廃刊が加速化する中、紙のオマケとしてのネットではなくネットに製作の現場が移っている。非常に興味深い動きと言える。
顔認識で写真を探すサービスはもう何社かあるが、動画が探せる「Viewdle」は初めて見る。サイトの動画をいじると分かるように、動いているブッシュ大統領やトム・クルーズの顔のところを選んでクリックすると、同じ顔が出ている動画の検索結果がザクザク出てくるのだ。これなら好きな芸能人のネット動画も顔で探して見放題できそう。
マルチメディアは動画ねるとん時代?
マルチメディア系でユニークなのは、昔の「ねるとん」式の集団見合い(英語で“スピードデート”という)をウェブでやるWooMeだろうか。新しい誰かに出会いたいんだけど暇がない人はウェブに行って「5分で5人!」とか時間・人数を入力、頭数が揃ったセッションに入室すると、たちまちウェブカメラを介してのスピードデートが始まる。初対面だし自己紹介の途中で画面がいきなりブチッと切れ、もう次の人が出てくるので深い話にはならない。終わったら第1印象でマルバツ判定を出し、お互いマルだったら晴れて友だちリスト入り、という流れだ。
画面の向こうで男が書いてるものやら女が書いてるものやら分からない妄想の出会い系と違い、妄想を育む間もなく結果が出てしまうのだから現代人とはシビアなものである。地元紙が別室で行ったインタビュー(下)の前半に少し出てくるので興味がある人はどうぞ。
最後の1社は有料出展99社から投票最多のKaltura
有料出展99社で投票獲得最多のKalturaは、ユーザー生成型動画とウィキを組み合わせたサービスで、サイトに埋め込んだ動画にみんなで手を加えていける。WooMeのCEOも言っているように「ほんの数ヶ月前までは技術&インフラ的に実現が困難だったマルチメディアの試みが、あっと言う間に可能になる。その範囲もどんどん広がっている」ことがヒシヒシと伝わってくるデモの連続だ。
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