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 《例年、新語・流行語大賞に選ばれる言葉は、「新鮮さ」や「普及度」よりも、「旬の短さ」でその一年を象徴することになっている》……というこの書き出しは、ちょうど一年前の今頃、とあるウェブマガジンのために書いた原稿をそのまま丸写しにしたものだ。

 わかっている。丸写しは禁じ手だ。よしんばコピー元が自製のテキストなのだとしてもだ。

 どうしても再利用せざるを得ない場合は、アングルや焦点距離を変えて、別の作品として再構成しないといけない。それが、昨夜の残飯を朝食の膳に供する主婦のせめてもの心遣いであり、また原稿執筆者の良心というヤツでもある。結果としてテーブルに並ぶのが、カタくなったピザであるのとしても、だ。そう。せめて「チン」ぐらいはしとこうぜ、と。

 にもかかわらず、私が、あえて禁を犯してモロなコピペを持ち出してきたのは、新語・流行語大賞をめぐるメディアの状況が、この10年ほど、まるで変わっておらず、そのことに対する私自身の感慨もまた、この10年間、寸毫たりとも変化していないからだ。

 こんなものをネタに、一から新しく原稿を書き起こす気持ちになれるだろうか。いや、なれない。ええ、反語です。誰が大真面目に論評なんかできるものですか。

 とは申すものの、「アラフォー」については、一言、釘を刺しておきたい。できれば五寸釘を……というわけで、迷ったあげくに、二度ネタを持ち出してきた次第だ。

 乗りかかったタイタニックで、冒頭に続く部分も引用しておく。

《 今年も同じだ。
「どげんかせんといかん」と「ハニカミ王子」、いずれも「来年の今頃には、こんな言葉恥ずかしくて使えないだろうな」と思わせる、うたかた感横溢の言葉が選出されている。ある意味、見事な見識なのかもしれない。
 歴代の受賞者の顔ぶれを眺めてみても、代理店臭あふれる、あざとくもものほしげで楽屋くさい面々が並んでいる。ウィキペディアを見ると、たっぷり30秒は笑える。死屍累々。恥辱の連鎖。》(以上、2007年12月17日付けの原稿より)

 で、今年、新たに、ここに「アラフォー」と「グー」が加わったわけだ。

 こんなものを相手に、新しいテキストを案出する必要を私は認めない。
 だって「グー」あたりは、受賞三日目にして既に腐乱の呈なんだから。というよりも、個人的な感想を述べるなら、エドはるみは、はじめて画面に登場したその瞬間から昭和蜘蛛の巣キャラだった。受賞の報を聞いて、食傷感を抱いたのは私だけではあるまい。朝の海岸で使用済みのゴム製品を発見してしまった時みたいな気まずさ。ドッキンぐー。ああ言ってしまった。ショッキンぐー。さむい。たすけてくれ。

 アラフォーも、どうせ同じ道を歩むことになる。

 三日目の靴下、あるいは事後のベッドカバーみたいな、できれば振り返りたくない過去に属する何かとして、この先ずっと人々の記憶を汚染するのだ。アラスカ・フォーティーズ。凍てつく40代。その孤立と酷寒の置きみやげとして。

 いや、「アラフォー」が特にデキの悪い言葉だったというのではない。
 むしろ、最近の受賞語の中では、真っ当な方かもしれない。少なくとも「ハニカミ王子」なんかよりは、言葉としての練度はずっと高い。批評性も完成度も。

 問題は、用語の出来不出来にはない。
 問題は、このテの屁のつっぱりにもならない(←これは候補になったのか?)言葉をめぐって賞が行ったり来たりしている業界の腐敗構造それ自体のうちにある。いったい、こんな賞で誰が得をするというのだ?

 いずれにしても、これから先、年末に向けて、「メガネ・ベストドレッサー」だとか、「ベスト・ファーザー」だとか、あるいは「ネイル・クイーン」だとか「ベスト・ジーニスト」(←猛烈に恥ずかしい和製英語だよね)だとか「ベストカップル」だとかといった、世にもチープな賞イベントが目白押しで開催されることになっている。で、われわれは、それらの受賞者についての、やれ五連覇がどうしたとか殿堂入りが蜂の頭であるとかいった愚にもつかない情報を、耳タコで聞かされ続けるのだ。毎年毎年。判で押したように。あゆが20冠達成だとか、くーちゃんが16冠目だとかいった予定稿執筆済みのお話を。あのアラスカ・フォーティ(←しつこい?)軽部の手慣れた業界癒着トークを通して、だ。

 一見、「賞」イベントは、誰も損をしない、「Win-Win」(←ところで、この言葉が新語流行語大賞の候補にさえ挙がっていなかったのは、どうしてなのだろう? 日本中のハラにイチモツある人たちが使っていたと思うんだが)の企画であるように見える。

1. プレゼンターはウハウハ:ま、業界団体としては、賞と副賞の経費で、報道枠のテレビ放映時間を全局横断的に買えるわけだからね。宣伝費と思えば格安です。

2. 受賞者はニコニコ:受賞あいさつだけで副賞と見出しをゲット。大笑い。

3. メディアもホクホク:待ちぼうけリスクゼロ、取材費ゼロの現場で有名人の写真とコメント付きの記事が自動作成できる。しかも記事は去年の分のコピペ改変でオッケー。

4. 代理店はヌクヌク:各方面からコミッション取り放題。

 ……と、要するに、賞イベントは、第一に賞を配布する業界団体の広報活動であり、第二に賞を受け取るタレントのプロモーションであり、第三に廃業寸前の芸能レポーター、およびネタ切れのスポーツ新聞芸能面、ならびにだらしなく枠を広げすぎて放映枠がスカスカになっている夕方の報道番組のための失業救済企画であり、第四に芸能面の話題にかこつけて顔を売っておきたい電波政治家のための晴れ舞台だ、と、そういうことなわけだ。

 で、実際に額面通りに、全員が勝者なのだろうか?
 違うな。
 彼らが儲けた分だけ損は発生している。そして、すべての損は、こういうニュースをニュース枠で(この数年はNHKまでもがヌケヌケと伝えるようになっている)見せられているオレら視聴者が、カブっている。ここのところを忘れてはならない。

 さらに深刻なのは、これらの受賞実績を通じて、われわれ日本人が将来にわたって、たとえば「《小泉劇場》が日本を動かした」だとかいうニセの記憶を共有せねばならなくなることだ。

 「ああ、2006年は小泉劇場の年だったのだな」と、おそらく20年後の、本当の小泉時代を知らない無垢な日本人たちは、20年後のワイドショーを見ながら、モロなカタチの鵜呑みをやらかすことだろう。「2008年の日本人はなにかにつけて《グー》とか言ってたんだね」と、まだ生まれてもいない子供たちに、そういうふうに見られて笑われるオレらのあらかじめの恥ずかしさについて、彼らはいったいどうやって責任を取るつもりでいるんだ?

 いまさら解説するのもナンだが、「アラフォー」は、「アラウンド・フォーティ」の略で、意味するところは「四十歳周辺」ということになっている。慣例としては、特に女性の四十歳をターゲットにして使う場合が多いのだそうだ。

 おそらく、この言葉が選ばれたのは、普及度云々ではなくて、「アラフォー」の背後に「女性を元気に」みたいな空気が流れている点が評価されたからだ。
 女性は、持ち上げておく。このテの賞イベントの鉄則だ。
 で、政治家を軽く揶揄しておくことで、それとなく自らの批評性をアピールしておく。

 まあ、さすがは流行語を審査しようという人たちだけのことはあって、このあたりの、「空気を読む」みたいな仕事は得意なのであろう。だから、政治家でも揶揄して良いタマと、持ち上げておいた方が後々お互いにおいしい思いをできそうな相手をきちんと選び分けている。

 なんともイヤらしいではないか。

 アラフォーについて、私が抵抗を感じるのは、言葉そのものの出来不出来よりも、選考過程や選考の意図に、どこかしら不正直なものを感じるからだ。

 なにより、この言葉がTBSのテレビドラマ発(もともとは小説らしいが)の言葉であるところがひっかかる。

 いや、いまどき、流行語の発生や伝播にマスメディアがかかわることは、これは、避けようがないというのか、そもそも「流行」という現象自体、メディア支配の副作用みたいなものなのであろうからして、そこのところに文句をつけようとは思わない。

 ただ、「アラフォー」に関していえば、この言葉は、はじめからTBSが流行させようとして、あれこれ仕掛けをした形跡がかなり露骨だったわけで、そういう経緯をつぶさに見てきた者の一人として、その仕掛け丸見えの狙いが見事に当たった図には、やはり気持ちの悪いものを感じるのである。番組のプロデューサであるS氏の夫人が、このほど少子化担当大臣に就任した小渕優子さんという政治家であったりすることも含めて。

 でなくても、なんだか、営業トークとしてのフォーカスグループ丸おだて作戦みたいな、そういう匂いを感じるのだな。

 ほら、そこのちょっとオトナなお嬢さんたち、40歳はまだまだ青春ですよみたいな、安っぽいホストトークに相通ずる羽賀研二くささ……というのはまあ言い過ぎだが。

 ともあれ、「四十歳周辺」について、われわれの国語は、「四十がらみ」という言葉を既に持っている。

 にもかかわらず、新語が発明されなければならなかったのは、「四十がらみ」という言葉に、あまりポジティブでないニュアンスが宿っているからだ。

「あんたもいいかげんに四十がらみの女なんだから、スッピンで歩くのはたいがいにした方がいいよ」
「いや、びっくりしたぜ。出てきたのが四十がらみのばあさんだったからさ」
「ばあさんは言い過ぎだろ」
「じゃ、ギャルか?」

 年齢に関する呼び名は、いつも的確さと曖昧さの間で揺れ動いてきた。

 たとえば、「熟年」という言葉が生まれ、「熟女」という表現が使われはじめた頃、それらが狙っていたのは「老い」の隠蔽ないしは緩和だった。

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