(参考:0786「遺体安置所の写真をめぐり、政府と反政府メディアが対立」)
8月25日、ベネズエラの一院制の国民議会(AN)の選挙戦が、いよいよスタートした。事実上は今年の早い時期から始まっていたとはいえ、街頭キャンペーンなど激しい選挙運動が、9月26日の投票日の直前まで展開されることになる。国民議会選挙は5年に1度であり、前回ボイコットした野党が選挙に参加することにより、その結果は、ウーゴ・チャベス大統領が進める、ボリバリアーナ革命、21世紀の社会主義路線の前進に、大きな影響を与えることになるだろう。
選挙選で大きな力を持つのはテレビなど、マスメディアの力であろう。選挙管理委員会(CNE)は、8月29日、ティビサイ・ルセナ委員長が、8月25日から28日まで4日間の、テレビ電波の公開枠における、選挙スポット放送の契約状況を報告した。これによるとグロボビシオン、メリディアノ、テレベン、Tベス、ベネビシオン、VTVの各局の選挙宣伝を集計したところ、ベネズエラ社会主義統一党(PSUV)など、チャベス大統領支持派が55スポット、1,603秒であったのに対して、野党勢力は224スポット、6,117秒であった。これは寡頭支配層につながる民間テレビ局が、独占的に野党の宣伝に貢献していることを示している。
8月30日には、農業生産者フランクリン・ブリートが、8度目のハンガーストライキのなかで死亡した。ブリートはベネズエラ南部の土地、290ヘクタールを自分の土地であると主張し、この6年間ハンストを繰り返し、最高裁の、テレビカメラの前で、自分の指を切り落とすなどの行動をおこなってきた。エリアス・ハウア副大統領は、すでに6月に、1990年からの権利証書によって、ブリートの権利を認めていた。
フアン・カルロス・ロジョ農業・土地相は、ブリートの死を悼みつつ、政府に責任がないことを述べた。①政府は土地の収用をおこなっておらず、ブリートの土地の権利を認めたのは政府である、②政府がブリートの要求を認めているにも関わらず抗議行動を継続した、③かれを陸軍病院に収容したのは誘拐ではなく生命を守るためである。しかし米国国務省が、ブリートの死を悲しむべきこととし、ベネズエラ政府に説明を要求しているように、この問題は国際的な人権問題になろうとしている。
チャベス大統領はコラム『チャベスの路線』のなかで、このかんの国際的な、反ベネズエラ、反ボリーバル革命のメディアの攻撃を批判した。それはまず、スペインのグルーポ・プリサによるドキュメント『チャベスの警備員』の放映から始まった。これはその後、CNNエスパニョルによってゴールデンタイムで放映され、ユーチューブでは24時間で45,530ヒットとなった。ここではベネズエラ政府は無法で、テロリストの国家であるように描かれている。
このほかにもイスラエル外務省のドリト・シャビト、ラテンアメリカ・カリブ局長などによって、ベネズエラのコンビアサ航空のダマスカス経由テヘラン行きが、イランへの核物質の移送、アラブのテロリストのアメリカ大陸への入国のルートになっているというデマゴギーや、米国のニューヨークタイムズが、ベネズエラはイラクよりも危険な国であるという、ベネズエラの野党によるキャンペーンに対応した記事を批判した。政府はいままでの政権から、差別構造による貧困から発する問題をかかえた社会を引き継いだ。政府は厳然としてこの問題に取り組んでいる、チャベス大統領はコラムに書いている。
いっぽう米国国際開発局(Usaid、英略号)は、この問題の研究者、エバ・ゴリンジャーによると、得られた資料から、2010年のあいだ、ベネズエラ野党に5,000万ドルを供与する計画であるということである。対象とされるのは、民主的行動(AD)、コペイ、MAS、第一に正義(PJ)、プロジェクト・ベネズエラ、スリア新時代である。これとは別に75万ドルが、行動する市民(CA)などのONGを通じてマスコミを使ってのキャンペーンのために提供されるという。ベネズエラ国民議会選挙は、別の面では米国による「軍隊を使わない」戦争としておこなわれている。(0798)
* この記事は、La Jornada, BBC Mundo, AVN, YVKE Mundial, を参考にしました。