普天間移設は米軍近代化のためという下河辺証言
米国の知日派を「ジャパン・ハンド」と呼ぶらしい。対日政策を手中におさめるという意味だ。
共和党政権のジャパン・ハンド筆頭格がリチャード・アーミテージとするなら、民主党政権ではこの人しかいない。
昨日、岡田外相と会談したカート・キャンベル国務次官補だ。まだ政権交代前の昨年末から、日本の民主党と接触を重ね、事前準備をしてきた人物である。
鳩山論文が対米批判としてニューヨークタイムズなどに取り上げられたさい、鳩山擁護の姿勢を示したことでも知られる。
さて、キャンベルが岡田外相と何を話し合ったのかは、詳細が明らかにされていない。微妙な問題である証拠だ。
日米関係を揺るがせている普天間基地移設のことであろう。クリントン政権時代にこの難題に対処したのがキャンベル自身であるからだ。
オバマ大統領の来日が12日に迫り、米国政府もこの問題の決着先延ばしを容認する柔軟姿勢に転じているが、キャンベルが岡田との会談後「とてもいい話し合いができた」と語ったのは何を意味しているのだろう。
まず、米国にとって普天間問題とは何かを考えてみたい。日本にとっては、沖縄県民の負担軽減が重要だが、米国サイドはまったく違う意味でとらえている。
長年にわたり沖縄の基地問題と深いかかわりをもってきた元国土庁事務次官、下河辺淳氏の膨大な資料と、下河辺氏へのインタビューをまとめたレポート(江上能義早大大学院教授、2003年)のなかに、はっきりとそれが書かれている。
話は1996年にさかのぼる。その前年には米兵たちによる少女暴行事件などがあり、沖縄県民の米軍基地への反感はつのる一方だった。
普天間基地の返還を強く求める大田沖縄県知事と、橋本首相との会談が96年3月に行われ、その後の4月12日に、橋本首相とモンデール大使が共同記者会見して「普天間返還」合意を発表した。
そのときの経緯や背景に関する江上教授の質問に対して、下河辺氏は以下のように証言している。
江上 「普天間返還は先生にとっても突然の話でしたか?」
下河辺 「いや、そうは思わなかったですね」「普天間は移転しなくっちゃ防衛上の役割は果たせないというのが海兵隊の結論ですから、軍事技術上の必要から移転するわけですから」
江上 「普天間返還合意は代替施設の条件付でした」
下河辺 「米軍にしたら、近代化のために移転するということであって、住民との関係で普天間を返してもらう運動に合意したなんていうことは一切ないですよ」 「女の子がレイプされたから移転しますなんてことにはなんないですよ」
沖縄県民の思いを汲み取ったというのではなく、海兵隊を老朽化した普天間から新しい近代的な基地に移転させたいということだけが米軍の本音であることがわかる。
嘉手納統合案がなぜ潰れたかについても、こう語っている。
「嘉手納は住民の反対で止めたんじゃなく、米空軍が拒否したわけです」「海兵隊入れるの嫌だって言って」
米軍が辺野古の新しい基地を強く望むはずである。
沖縄に新たな近代的な海兵隊の基地を得るとともに、「沖縄の負担軽減」を大義名分に、うち8000人ほどをグアムに移し、その建設費の60%ほどを日本に負担させる。
米軍の世界戦略に組み込まれたこのプランを米政府が手放すとは考えにくい。
社民党との関係もあって、少なくとも来年度予算編成にメドをつけるまで、基地問題の決着を先送りしたいのが鳩山政権のハラだろう。
「いい話し合いができた」というカート・キャンベル発言の真意が分かるのは、もう少し先になりそうだ。
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