モバイル決済、本命候補NFCが大苦戦 簡易方式に人気
世界のモバイル通信事情(3)
日本では「おサイフケータイ」でおなじみのモバイル決済。米ガートナーによると、モバイル決済の世界市場規模は2012年に1631億ドル(約16兆円)となった。2013年は前年比44%増の2354億ドル(約23兆円)、ユーザー数は同22%増の2億4500万人に拡大する見通しだ。それが2017年には7210億ドル(約71兆円)、ユーザー数で4億5000万人規模まで成長が期待されている。
だが、欧米では日本のおサイフケータイのようなICチップ方式ではなく、バーコードや簡易リーダーを活用した方式が主流で、ハードからソフト(アプリ)へのシフトが鮮明となっている。用途も単なる「決済」から、クーポン配信やポイントプログラムなどと連動した「マーケティングプラットフォーム」に変わりつつある。
海外で苦戦が続くNFC方式
米国での成功例を見てみよう。スターバックスのスマートフォン(スマホ)向けアプリがそれだ。同社のプリペイドカード(スターバックスカード)と連動しており、アプリで商品を選択。表示されたバーコードをレジにかざすだけで支払いが完了する(図1)。
その裏ではユーザーのアカウントから商品の代金が引き落とされており、クレジットカードによる自動チャージが可能。ユーザーはアプリを使って残高やポイントを確認したり、店舗を検索したりできる。同アプリを用いた決済は週に300万回を超えるという。
一時はおサイフケータイと同様、NFC(非接触IC技術に用いられる近距離無線通信の国際標準規格)を用いた方式も注目された。代表的な例としては、米携帯大手が主体となって展開する「Isis(アイシス)」、米グーグルの「Google Wallet(グーグルウォレット)」がある。だが、NFC方式の場合、消費者には対応端末、店舗側にも対応リーダーがなければ使えない。米アップルも「iPhone」にNFCの機能を搭載していない。
現状、Google Walletの対応端末は、スマホとタブレット端末の合計で30機種。提供メーカーも5社と少ない。Isisに関しても、米マクドナルドがテキサス州の店舗で実験を進めているが、店員の指導が行き届いておらず、オペレーションに混乱が生じるなど、あまりうまくいっていないとの報道を目にする。
冒頭で紹介したガートナーの調査でも、NFC方式のサービスは普及が遅れていることから、2013年の決済取引金額の見込みを40%下げた。2013年のNFC方式の金額シェアは2%で、2017年でも5%にとどまると予測する。
対応端末不要のサービスが続々登場
NFC方式が足踏みしている間に、新たなモバイル決済サービスが相次ぎ登場した。米ペイパルの「PayPal Here」や、米ツイッターの創業者が起業した米スクエアの「Square」などである(図2)。
スマホやタブレット端末のイヤホンジャックに簡易クレジットカードリーダーを装着し、無料のアプリと組み合わせて決済端末として使える。日本でも楽天の「楽天スマートペイ」、コイニーの「Coiney」、ロイヤルゲートの「PAYGATE」などが登場している。
スターバックスのサービスを含め、これらの方式であれば、ユーザーにはインターネットに接続可能な端末さえあればいい。NFC方式のようにわざわざ対応端末を購入する必要がない。保有するクレジットカードもそのまま使える。
一方、店舗にとっても高価なNFC対応リーダーは不要で、簡易クレジットカードリーダーを付けたスマートデバイスで代用できる。ユーザーと店舗の双方にとってメリットがあり、モバイル決済の今後のトレンドはハードからソフト(アプリ)に移行していくだろう。これまで専用ハードを必要とした多くのサービスがWebとクラウドを利用したサービスに代替されてきた運命は、決済領域においても同じと言える。
単なる決済サービスの枠を超えられるか
モバイル決済を手掛ける事業者は、顧客のロイヤルティー(忠誠)を高めるプログラムも用意している。スターバックスのアプリでコーヒーを購入すれば、ユーザーの利用頻度に応じたポイントが付与される。単なる決済サービスにとどまらず、顧客管理や売上管理システム、マーケティングツールなども提供し、小売店の経営戦略をデザインするところまで考えている。
モバイル決済の付加価値は今後、こうした顧客ロイヤルティーやマーケティングの比重が高まっていく。
一方、通信事業者やクレジットカード会社が提供するモバイル決済サービスは、単なる決済手段の代替にとどまっている。使いやすくてメリットがはっきりと分かるサービスが求められており、「ユーザーファースト」の観点でまだまだ改善の余地がありそうだ。
(情報通信総合研究所 主任研究員 志村一隆)
[ITpro 2013年11月27日付の記事を基に再構成]
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