アステイオン

サントリー学芸賞

「日本文学を英語圏に紹介したい」...戦後、出版にたずさわった「プレイヤーたち」の葛藤と翻訳の「あいだ」について

2024年12月17日(火)11時05分
片岡真伊(国際日本文化研究センター准教授/総合研究大学院大学准教授)
辞典の上に置かれた花と鍵

Pixabay


<文化の架橋者たちが繰り返し直面してきた問題の根源、「躓きの石」の正体は一体何なのか?──第46回サントリー学芸賞「芸術・文学部門」受賞作『日本の小説の翻訳にまつわる特異な問題──文化の架橋者たちがみた「あいだ」』の「受賞のことば」より>


本書は、戦後期という未だ文化的隔たりが大きかった時代に、同時代の日本文学を英米語圏に向けて紹介しようとした編集者・翻訳者たちを含む文化の架橋者が、言語や文化、異なる価値基準の「あいだ」でいかなる問題に直面し、それらをどう乗り越えようとしたのかを、翻訳・編集・出版現場にまつわる出版社側・翻訳者側のアーカイヴズ資料を用いて実証的に描き出したものです。

私がこうした研究を志した背景には、高校卒業後に渡英した後、イギリスで英文学を学び、日本文学を英語で読んだこと、さらに海外ブランドが日本市場に参入し、ローカライズされる際のリサーチやブランドコンサルティングの仕事にかかわった経験が深く絡んでいます。

かつての私自身がそうであったように、翻訳や文化の仲介に携わる人々が、訳もわからず翻訳問題や異文化摩擦の渦中に身を置き、その矢面に立たされること、そして、その問題の根幹に一体何があるのか結局分からず終いであることは少なくありません。

越境や文化の仲介の現場において人々が繰り返し直面するわだかまりや躓きの石の正体を知りたいという想い、そして、その「あいだ」の実相を解明することで、より豊かな異文化理解の地平がひらかれて欲しいという願いから、本書は生まれました。

従来の日本文学の英訳に焦点を当てた研究では、原典と翻訳との比較検討に終始し、いかなる理由から様々な改変や調整が行われていたのか、その考察は推察の域を出ることはありませんでした。

こうした中、出版社や翻訳者側のアーカイヴズ資料を用いて、文化の架橋者たちが繰り返し直面した諸問題や葛藤の根源に一体何があるのかを、初めて実証的に解き明かしたのが本研究になります。

近年の翻訳ツールやChatGPTの急速な発達に伴い、翻訳の自動化・効率化が加速したことで、言語や文化、異なる価値体系の「あいだ」は、これまで以上に一層見えづらく、益々意識しづらい領域となりつつあります。

本書がその「あいだ」の実際の姿を知る手がかりとなり、またその領域への想像力を育むための一助になれば幸いです。

今回の賞を大いなる励ましと受けとめ、今後も言語・文化・異なる価値体系の「あいだ」の実相、そして翻訳や異文化接触をめぐる様々なダイナミズムを探究し続けるとともに、越境や文化の仲介の現場に携わる架橋者たちの支え、そして、複雑化・多様化する国際社会を豊かに生き延びていくための人々の思考の糧となるような研究を送り出してゆくことができるよう、力を尽くしてまいりたいと思います。

片岡真伊(Mai Kataoka)
1987年生まれ。総合研究大学院大学文化科学研究科博士後期課程修了。博士(学術)。東京大学東アジア藝文書院特任研究員などを経て、現在、国際日本文化研究センター准教授/総合研究大学院大学准教授(併任)。論文に「マンガ翻訳の海賊たち」(『海賊史観からみた世界史の再構築』、思文閣出版)など。

ロバート キャンベル氏(早稲田大学特命教授)による選評はこちら


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日本の小説の翻訳にまつわる特異な問題──文化の架橋者たちがみた「あいだ」
 片岡真伊[著]
 中央公論新社[刊]

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