持続可能な社会を築いていくために、カーボンニュートラルとサーキュラーエコノミーの実現は、どの業界にも共通した大きなテーマだ。
そのなかで、ものづくりの根幹をなす素材を再生可能なものに変えていくことは、自社商品をサステナブルに転換していくうえでも重要なアプローチとなる。また、素材転換で付与される環境価値に対する消費者の理解を高めていくことも必要となるだろう。
そこで、さまざまな業界で幅広く使用されているプラスチックに軸を置き、素材転換とグリーンな世界の実現について、行政(経済産業省)、ブランドオーナー(良品計画、マッシュスタイルラボ、リコー)、素材メーカー(三井化学)の各視点を交えながらディスカッションするセミナー「素材転換でグリーンな世界は実現するか? ブランドオーナー企業と考えるプラスチック問題」が2024年11月26日、オフライン、オンラインのハイブリッドで開催された。その内容をレポートする。
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経産省はGX支援事業を提供、三井化学は原料から変える取り組みを推進
村松雄太(むらまつ・ゆうた)氏/経済産業省 素材産業課 課長補佐(競争力企画)。新卒で大手電力会社に入社。火力事業本部で発電プラントの保守・運営業務、環境室で生物多様性といった環境法規制動向対応等に従事。その後、ADL Japanに入社。戦略コンサルタントとして主にエネルギー領域を中心に新規事業参入戦略・技術戦略の策定支援および実行支援に従事し、近年はCNを軸に活動。24年4月より経済産業省 素材産業課に調査員として入省し、素材領域のGX推進役を務める。
まず基調講演として、経済産業省 素材産業課 課長補佐(競争力企画)の村松雄太氏が登壇。「化学産業の国際競争力強化に向けた戦略」と題し、化学産業の概観・取り巻く動向、GX(グリーン・トランスフォーメーション)の方向性、GX実現の課題と課題解決に向けた方向性について語った。
松永有理(まつなが・ゆうり)氏/三井化学 グリーンケミカル事業推進室 ビジネス・ディベロップメントグループリーダー)。大学では環境経営を学び、2002年三井化学入社。2023年6月よりグリーンケミカル事業推進室。バイオマス・リサイクル素材のブランディングとマーケティングを担当。2015年に組織横断的オープンラボラトリー「MOLp®」を設立、B2B企業における新しいブランディング・PRの形を実践している。MOLp®の活動を通して2018年グッドデザイン賞ベスト100、Japan Branding Awards2021「Rising Stars」賞受賞。
三井化学はプラスチックを原料から変える「改プラ」についてプレゼンテーションを実施。三井化学 グリーンケミカル事業推進室 ビジネス・ディベロップメントグループリーダーの松永有理氏が、同社が行っている、プラスチックを「素(もと)」、すなわち原料から変えて、再生的なものにしていく取り組みについて語った。
「スコープ1、2の削減においては、最大のCO2排出元であるナフサクラッカー(熱分解装置)の燃料転換などを進めています。同時にバリューチェーンでGHG排出量を削減していくため、素材の素材から見直す、原料転換というアプローチをとっています。その1つがバイオマス化で、もう1つがサーキュラーエコノミーに貢献するリサイクル。この両輪で進めています」
良品計画、マッシュスタイルラボ、リコー、それぞれの取り組み
湯崎知己(ゆざき・ともみ)氏/良品計画 無印良品 東京有明 店長。2000年、株式会社良品計画入社。大阪・東京にて数店舗の店長を経験した後、2013年から2019年まで海外勤務(中東/フランス)。その後国内本部にて宣伝販促/商品部(生活雑貨部)を経て、2022年より無印良品東京有明の店長として現在に至る。
良品計画 無印良品東京有明 店長の湯崎知己氏は、「サステナビリティにおけるトレードオフ解消にむけて」と題しプレゼンテーションを行い、製品のリサイクルに関する取り組みについて語った。
衣料品、スキンケアボトル、紙化した衣料品のハンガーなどを回収して循環する『MUJI CYCLE(ムジサイクル)』の取り組みのほか、ユニットシェルフ(棚)を回収後、点検クリーニングして再販する『Re:SUS(リサス)』などが紹介された。
岩木久剛(いわき・ひさたけ)氏/マッシュスタイルラボ執行役員 生産管理本部 本部長、マッシュホールディングス 業務管理部 部長、バブアー パートナーズ ジャパン 取締役、バレリット 取締役。大学卒業後、複数の大手アパレル企業においてブランドマネージャーや新規事業の立ち上げ責任者と広く経験を重ね、MDから事業全体のマネジメントに至るまで知見を積んだ後、2019年マッシュホールディングスに入社。生産管理本部 本部長としてファッション事業におけるプラットフォーム化を推進。2021年より現職となり、新規事業の立ち上げのサポートにも従事する他、取引先企業とともに「サステナブルアライアンス」を立ち上げるなど、ファッション分野におけるサステナビリティの推進にも寄与。
次に、マッシュスタイルラボ執行役員 生産管理本部 本部長の岩木久剛氏が登壇。「カーボンニュートラルについての取り組みと生活者と向き合って感じる課題」と題し、ファッション事業、ビューティー事業、飲食事業の取り組みについて語った。
ビューティー事業では包材の環境配慮に取り組み、2030年までの目標を2年で達成。飲食事業ではテイクアウト容器やドリンク用プラカップなどのプラスチック削減に取り組み、これも「2030年までに50%削減」という目標を1年半で達成。現在60%削減に上方修正をして取り組んでいる。ファッションの事業においては、サプライチェーンのCO2排出量の見える化と削減をゴール設定とし、複数の取引先とのアライアンスを組んで取り組んでいるという。
江藤一弘(えとう・かずひろ)氏/リコー ESG戦略部 ESGセンター 環境推進室 室長。1990年、株式会社リコー入社。生産でのモノづくり、営業での顧客接点活動を経験。その後、経営管理スタッフとしての経験を経て、2004年から環境管理部署へ異動し、現在はリコーグループ全社の環境経営推進をリード。
最後のプレゼンテーションは、リコー ESG戦略部 ESGセンター 環境推進室 室長の江藤一弘氏による「循環型社会実現のためのコンセプト『コメットサークル』に込めた想い」。事業を通じて循環型社会実現を目指すリコーの活動を、1994年に同社が制定した循環型社会実現のためのコンセプト「コメットサークル」の考え方に基づいて紹介した。
リコーの創業の精神は『三愛精神』、すなわち『人を愛し、国を愛し、勤めを愛す』。その考え方そのものがESGと事業成長を同軸に展開していくこととして受け継がれているという。
環境負荷を見える化することは、消費行動に大きく影響する
後半は、登壇者5人によるパネルディスカッションが行われた。モデレーターはBusiness Insider Japan共同編集長・ブランドディレクターの高阪のぞみが務めた。1つ目のトークテーマは「消費者・顧客の環境への感度と企業側の取り組みについて」。マッシュスタイルラボは、2024年4月に新宿ルミネで行った実証実験を紹介。
「商品にQRコードが付いており、お客様が携帯でスキャンをすると商品のCO2の排出量が見えるという実証実験を行いました。この実験に対し『環境負荷を見える化しているブランドに対して好意的な印象を持ちますか』というアンケートを440人に取ったところ、50代、40代、10代で『とても感じる』の割合が高かった。
また『環境負荷を見える化していることが商品購入の意思決定にどれくらい影響を受けたか』という質問では、『大きく受けた』あるいは『少し受けた』と回答した人が20代、30代で6割以上にのぼりました。消費の選択の指標として、環境負荷の数値を前向きに捉えていることがこの実証実験の結果でわかりました」(マッシュスタイルラボ・岩木氏)
アンケートの結果を見て「もしかすると私たちが思っているよりも早く消費者の意識は変化しているのかもしれない」と高阪。BtoB分野ではリコーも顧客の意識の変化を感じているという。
「明らかにESGの視点が競争軸の中に入ってきていると感じています。ただ誤解があってはいけないのは、まだ社会全体がそうなっているわけではないということ。いまは新しい視点が出てきていることをこの場のように会話することで『そうなんだ、今度考えてみよう』という変化につながり、社会を変える一歩になっていくのだろうと考えています」(リコー・江藤氏)
「Z世代の意識の変化が見えてきていますが、Z世代が主要な購買層になるまでにはもう少し時間がかかると思います。それをただ待ってはグローバルの競争に乗り遅れてしまうため、今、できることを着実に進めて、どこならグリーン化のビジネスが成立するのかを検討していく必要性があります。そのために、どういうことに今取り組むべきなのか。グリーン化すべき製品や訴求すべきセグメントを今一度見直す必要があります」(経済産業省・村松氏)
プラスチック製品もバイオマス化で再生的に。長く愛し、経年変化を楽しむ時間軸を製品価値に
次のトークテーマは「カーボンニュートラル、サーキュラーエコノミーの実現における課題と挑戦」。バイオマスなど環境配慮型の素材に転換するとコストが高くなるのではないかと考える人も多い中で、素材転換をしながらビジネスとして業績を上げていくにはどうすればよいのかについて探った。
「企業側がすべてを賄うのではなく、経費としてかかる部分を企業と顧客がシェアをすることによって継続性を持たせられると思います。
一方で、そもそも一つの商品を長く使ってもらう、すなわち蛇口(から出る水の量)を減らす取り組みも必要。そのためには安価ではなく『適価』という考えを浸透させること。モノのクオリティや正しく情報を伝える接客などさまざまな要素が必要ではありますが、今後はそうしたモノの世の中への出し方も企業として考える必要を感じます。
消耗品や日用品などは質の良いものを安価にご提供するため素材の選択や包材の簡略化などに取り組み、家財などは長く使っていただくために可変性を持たせるなど、どうすれば長く愛用いただけるか、アウトプットの仕方を変えつつ、安価と適価のバランスを考えて提供しなければならないと考えています」(良品計画・湯崎氏)
三井化学は、100円ショップのキャンドゥと一緒に取り組んだ、商品の一部にバイオマスプラスチックを使用したシリーズ「Long Life Project」を紹介。価格は330円〜550円と、100円ショップのなかでは高めだが、2024年10月末の発売からまたたく間に大人気商品となっている。
「コンセプトは、ロングライフのプロダクトを作るということ。バイオマスプラスチックを採用することで消費することの罪悪感を払拭すると同時に、廃棄するときの罪悪感を訴求し、炭素の固定化された時間軸を拡張させること。そして長く使用することに喜びを持てるような普遍的なデザインと経年変化を楽しめる製品設計による消費行動の変化を期待したプロダクトです。
バイオマスプラスチックの選択にいかに物語性を持たせるか、小売り・デザイナー・製造メーカー・原料メーカーが横断的にディスカッションを重ねて、プロジェクトのコンセプトが出来上がりました」(三井化学・松永氏)
これに対し、高阪は「100円ショップという身近な場所でずっと持っていたくなる商品を買ってCO2削減に貢献できるというのはダイレクトでおもしろいコミュニケーション。良いものを適価で買うことはWin-Winの取り組みですし、消費者の啓蒙にもつながっているように思います」と感想を述べた。
川上、川中、川下が連携し、サプライチェーンや価値観を根本から変える
最後に、それぞれ今後に向けてどのような取り組みを考えているか、意気込みを語った。
「我々が発起人になったサステナブルアライアンスは、個社ではなかなか前に進んでいかないところを、川中、川上の方々と連携することで取り組んでいくというもの。本来は競合関係にあるような繊維商社、そして資材包材のサプライヤーの2軸のアライアンスを組んでいます。この2つを両輪で回しながら、同業界の他社さんにも参加いただけるような場になるよう門戸を広げながら進めていきたい」(マッシュスタイルラボ・岩木氏)
「我々は事業活動を通じて何ができるかということを基本に考えています。当社が掲げるミッション&ビジョンは『“はたらく”に歓びを』。皆さんいろいろな場面でいろいろな働き方をされていると思います。皆さんの働くなかに我々は寄り添いながら、一緒に実現に向けて活動できればと考えています」(リコー・江藤氏)
「状況は待ったなし。ワンチームになることが今は必要だと思いますし、企業連携だけでも限界があり、大学、高校、一般の方、地域の生産者の方、それぞれが持っている課題、それぞれの立場の方々の見えているものを共有することで、可能性や気づきがたくさんあるので、今回のような場を参考にさせていただきながら無印良品がプラットフォームになることを具現化していきたい」(良品計画・湯崎氏)
「プラスチックはできてからまだ117年と、金属やガラス、紙などに比べて歴史の浅い素材。だからこそ今こうしてさまざまな問題が起きているのだと思います。一方で、プラスチックは非常に便利だからこそ選択されているところもあるので、未来に向けて安心して使っていただける素材に生まれ変わらなければならないと改めて思いました。素(もと)から変える『改プラ』を引き続き進めていきたい」(三井化学・松永氏)
「GXはこれまでの歴史の中で最適化された産業構造やサプライチェーンを根本から変えていく必要があり、グリーンプレミアムを訴求していくためにも既存のマジョリティーの価値観を変えていく必要があるため、非常にチャレンジングな問題です。サプライチェーンの川上、川下、消費者、どこか1人が汗をかいても一過性のものにしかならないと思います。サプライチェーン全体でGX化に取り組み、持続的な産業構造に変えていく必要があります。
サプライチェーン全体で連携するために、こうした場でこれまでお付き合いのなかった川上、川中、川下の方に声をかけていただいて、お互いの課題を知るきっかけとなればと思います」(経済産業省・村松氏)
セミナーの視聴者は企業のサステナビリティ部門担当者、素材調達・製品開発担当者、ブランドオーナーなどさまざま。セミナー終了後、オフライン会場ではネットワーキングの時間があり、情報交換やGXに向けてつながる機会が設けられ、まさにセミナーのねらいを体現するものとなった。
本イベントの動画を期間限定で配信しています。イベントレポート記事では詳細を省いた各登壇者のプレゼンテーションを含めてご覧いただけます。
*配信期間:2025年2月28日(金)まで