L’Effervescence
地球や社会、文化、人が負った“傷”を癒やすために
フランス語の「restaurer(復活させる、回復させる)」に由来するレストラン。料理で食べる者の空腹を、心を癒やしてきた。その役割と可能性を押し拡げているのが、ファインダイニング「レフェルヴェソンス」でエグゼクティブシェフを務める生江史伸だ。
同店では、環境や地域社会、生物多様性に配慮した国内の食材が積極的に使用されている。コンポストマシンの導入、熱源・電力の転換(間伐材を使用した薪窯、再生可能エネルギーによる電化)、能登半島地震の復興支援をはじめとするチャリティーイべント、葉山の漁師・研究者・ダイバーらと取り組む藻場再生プロジェクトなどの活動、障がい福祉サービス多機能型事業所「ぎんが工房」へのお菓子のレシピ提供やネットワークの共有、さらには自分たちの事業が人、社会、自然環境に及ぼす影響の現在地を公表し、未来へのアクションを起こすためのインパクトレポートの発行……。“おいしい一皿”の枠を超えた取り組みは、枚挙にいとまがない。生江自身も、昨年まで東京大学大学院の農学生命科学研究科に籍を置き、資源経済や生命科学、外食産業におけるフードエコシステムの研究過程を修了した、稀有なシェフである。
生江が考えるレストランとは、地球、社会、文化、人が負ったさまざまな“傷”を癒やす場だ。例えば、コールドチェーンや高度化したフードサプライチェーンは、さまざまな食材をいつでも、どこでも、安全に行きわたらせた半面、複雑化した構造は生産をより外部化し、生産者と生活者の距離を物理的にも精神的にも遠くした。それはつまり、生産者が常に向き合う自然や地球との距離が、わたしたちから離れていることも意味する。
「フードシステムの近代化により需要が最適化され、スーパーの棚に並ぶ食材やそれをつくるなりわい、料理は集約化され、均質化していきました。連綿と受け継がれてきた多様な食文化は、傷を負い続けている状況にあります。資本主義によって一度興隆を迎えたあと、貧富の差が再び大きくなりつつある社会も、気候危機や資源の過使用による生態系へのダメージなど、安定的な状態を維持する閾値を超え始めている地球も同様です。これからのレストランは、こうした傷を未来世代に引き継がせないために、自分たちが使う食材、生み出す味覚、価値がいかに自己再生を促していくかを考えていかなければならない。この土地で何をつくり、どう食べるのかも提案していく必要があるのです」
そのときに、ある種のメディア、あるいはメッセンジャーとしてのシェフの役割が発揮される。自身の消費行動が生産者と地球に与える影響、それらに立ち向かうつくり手──。生産者と緊密な関係を築くなかで紡ぎ、独自に編集したストーリーと食の価値を、一皿にのせて届ける。多くの人たちの行動変容を促すという点でインパクトがより大きいのは「都市」だということも、生江は理解している。
「伝えられる速度も規模も違いますし、何より生産者さんたちへの経済的な利益を還元しやすい。それによってリジェネラティブなつくり手も、それを享受したいと思う生活者も増えていき、傷を癒やすための大きな循環につながっていくかもしれない。人口が集中する東京で富裕層向けのファインダイニングを続けるのは、そうした仮説があるからです」
そのためにも、素材や生産者のことを深く知る必要がある。だから生江は、自ら全国各地に足を運び、生産者と関係性を構築し、直接仕入れた食材を使って料理を振るまうのだ。
「生産者さんたちは、常に地球の変化と向き合うファーストレスポンダーでもあります。そうした方々のことを肌で感じ、学ばなければ、食べる相手に価値は伝えられない。だから、本音で対話しにいくんです」
SHO Farm
哲学と政治性をまとう、千年続く農業
レフェルヴェソンスの一皿を支える農場のひとつが、横須賀市で「千年続く農業」を掲げて活動する「SHO Farm」だ。在来種・固定種の種、緑肥と地元の有機質肥料を使用した無農薬栽培を、ビニールマルチなどのプラスチック資材も使用せずに、三圃式農業(連作ではなく、耕地を三分してローテーションして作物を育てる、農地の地力低下を防ぐ農法)を実践しながら行なう。
生江が最も引きつけられるのは、SHO Farmの代表・仲野晶子の哲学。生物多様性や環境保全のみならずフェミニズムやイクオリティといったテーマも内包している点にある。夫の仲野翔の腰痛の悪化をきっかけに、暗黙的に男性の仕事とされてきたトラクターや耕運機による耕起をやめ、不耕起栽培に舵を切った。土壌の肥沃度と生物多様性向上のみならず、農業における女性参画のハードルを下げる意図があるという。
「料理界はいまだにトップダウンでヒエラルキーが強い男性社会。女性がより活躍できる時代が来れば、食や地球にとって、もっといい時代が来るはず。そんなことを考えていたときに仲野さんご夫婦に出会い、足を運ぶようになったんです」
仲野が横須賀に農場を構えるのは、街と自然が切り離された環境ではなく、生活と地続きな環境で人と自然が再接続され、地域の人々が農業や地球の未来に寄与していく循環を生み出すためだ。その一環として、収穫体験や、ある購入者が正規価格よりも多く支払った分を別の購入者の値下げにあてる「Pay It Forward」という仕組みの構築・導入にも取り組んでいる。
「都市生活者が自然に出向き、自身の再生力を促そうとするのは、日常的な自然との接続が難しいことの表れでもあります。その結果、都市空間では自己再生の方法が限定的になってしまう。そんなとき、SHO Farmのような農家さんが、自然や地球と再接続する道先案内人となるはずなんです」
寺田本家
大地と文化を再生する酒蔵
「寺田本家」は、生江が長く足を運ぶ創業350年の酒蔵だ。無農薬・無化学肥料米を用い、神崎神社のある里山を水源とする仕込み水で自然酒づくりに取り組んでいる。雑菌を死滅させる乳酸を添加せず、古くから酒蔵に自生する「蔵付き」の微生物のみで発酵をさせる「生酛(きもと)造り」はほぼ手作業だ。現代では廃れてしまった、古来伝わる酒づくりを実践。同時に、米を削れば削るほどいい酒ができる、という常識を覆して玄米酒づくりにも挑んでいる。生江は、寺田本家を唯一無二の酒蔵と称賛し、その実践を「戦わない酒づくり」と表現する。
「味の安定のことを思えば、蔵付き酵母なんてそう簡単に使えるものではありません。でも、寺田さんたちは酵母を無理にコントロールしようとしたり、あらがおうとしたりしない。だからこそ、落ち着いていたり、暴れていたり、年や季節によって異なる味の違いを楽観的に楽しめる。同時に、麹の検査などによる科学的な裏付けも徹底されているんです」
寺田本家は、10年以上放置されていた耕作放棄地を蔵人たちの手で復田する取り組みを行なっており、不耕起栽培にも注力している。実った稲穂の上にはイナゴが跳び、カエルの鳴き声が至るところで聞こえる。稲穂をかき分ければサワガニの姿も見える。日本自然保護協会の調査によれば、昆虫や爬虫類の数が増えており、里山の減少によって絶滅危惧Ⅱ類に指定されている猛禽類サシバが生息し始めているそうだ。
「米づくり、酒づくりに必要なものを再生していく過程で、森が、水が、日本の原風景が守られ、その周辺にある生物多様性も取り戻されていく。古来の宗教観、自然生態系、あらゆる営みや循環がリンクして、生命を維持するわたしたちの生活につながっている。自然の仕組みと共存しながら、人間らしく生きていく知恵を日本酒によって知れることがとても心地よく、いつも『あぁ、なるほど』と納得して帰路に就くんです」
Chef’s Action
シェフが支えるレジリエンス
地盤の隆起が残る道路、地滑りを起こした山肌、倒壊・焼失したままの家屋、港に停泊したままの数百隻の漁船──。時が止まったかのような輪島の町で生江が会いに向かったのは、フレンチシェフの池端隼也だ。池端は能登半島地震によって自らも被災。営むレストランが全壊した翌日には、同じく被災をした料理人や漁師、味噌屋、輪島塗の塗師屋らと炊き出しを始め、3月まで1日約1,500食の食事をつくり続けた。そして今夏、住民・つくり手のなりわいの再建と心のケアを目的として、異なるジャンルを扱う10人以上の料理人が交互に店に立つ居酒屋「mebuki-芽吹-」をオープン。
「これまで災害時の炊き出しに参加してわかったのは、人は冷たくて彩りのない食事だと、気持ちも体力も本当に弱っていくこと。傷ついた人たちを元気づける料理は、温かいものでなければだめなんです」と、生江は語る。
「レストランは毎日が非常事態です。どんな人が来るかも、どんなアクシデントが起こるかもわからないなかで、“人がつくった料理”を口に運んでもらう。ある種の信頼関係がないと成り立たない行為を、短い時間という制約のなかで常に行なうので、そういう意味でシェフとは、レジリエントな生き物でもあります。池端さんは、能登の食文化の継承や生産者とのかかわり合いを大切にし続けてきたし、有事の際にも最前線に立ってそれを体現しています」
池端は、仕事を失った漁師を支援するプロジェクト「Netplus ®NOTO」において、輪島の漁師たちをつなぐ役割も担い、一皿の料理を飛び越えた取り組みを続けてきた。
「シェフが培った知見や特性は、厨房の外でも生かせる。ぼくらは小さい単位のコミュニティから社会を下支えする重要なファクターなんだと、池端さんは再確認させてくれる存在です」
Philosophy and Practice
新しい“おいしい”が詰まった料理を都市のサードプレイスで
生産者たちの元を巡る道中、生江はつくり手たちとのつながりを編んでいくうえでの、ある信条を語った。それぞれが何をどうつくるかだけでなく、どんな状況にあり、何に悲しみ、喜ぶのかを知り、人間として通じ合える関係性になれるかを重視すること。
「そんなコミュニケーションを積み重ねたうえで生産物を買うと、それが与える影響力の大きさも、どれだけ大変かも肌で感じとれるんです。おいしくて素晴らしい取り組みを行なう生産者さんがふたりいたとして、ひとりは流通経路をたくさんもち、もうひとりはそうでないという場合、同じ作物をつくっているのなら、よりリスクを負っている、あるいは支えが必要な生産者さんをぼくはサポートしたい。この人たちが続けてくれなかったら、未来は変わらない。そんなモチベーションで接しています」
同時に、そのつながりと価値観を、生江が主戦場を置く都市も含めて編んでいく必要がある。「都会のレストランに足を運んでくれるお客さんには、競争社会の仕組みのなかで傷ついている人たちも多いんです」と、生江。
「学校や職場、家庭の問題から一時的に解放され、自分を取り戻したり、再生することができるサードプレイス。それがレストランの役割でもあります。そのためのチャレンジを、悲観的になりすぎず、もう少し楽観的に続けていきたいですね」
既存のレストランの枠組みを超え、より大きな難題に立ち向かう難しさに、生江は日々直面している。しかし、だからこそ、届けられる一皿がある。傷にも希望にも触れてきたからこそ、大切なものを見捨てることをよしとしない。そんな戦うシェフの料理には、新しい“おいしい”が詰まっていて、それこそがきっと、未来を生きていくわたしたちを癒やすのだ。
(Edit by Erina Anscomb)
※雑誌『WIRED』日本版 VOL.54特集「The Regenerative City」より転載。
【SZ新規会員/抽選】レフェルヴェソンスのディナーに2名様1組ご招待
『WIRED』日本版のサブスクリプションサービス「SZ MEMBERSHIP」5周年を記念し、割引価格(50%OFF)での入会キャンペーンを実施します。10月6日〜10月31日の間に、新規で年額プラン(キャンペーン中は税込3,600円)にご登録いただいた『WIRED』日本版の読者のなかから、抽選で2名様1組をレフェルヴェソンスで振る舞われるディナーコース(おまかせコース 約8品)にご招待します。
レフェルヴェソンス
住所:106-0031 港区西麻布2-26-4
電話番号:03-5766-9500
営業時間:ランチ11:30〜15:30(12:30L.O)、ディナー18:00〜23:30(20:00L.O)*完全予約制
休日:日曜、月曜
ウェブサイト:https://www.leffervescence.jp/
応募期間:
2024年10月6日(日)〜10月31日(火)
※ディナーコース(41,745円、税・サービス料込)1組2名様分が無料となります。
※ご予約時の手数料(1席あたり390円)、ドリンクなど追加のご注文のほか、店舗までの交通費、宿泊費等の諸費用は当選者様負担となります。
※レフェルヴェソンスへのご予約は、当選者様ご自身で、予約サイト「OMAKASE」よりお願いいたします(ご招待の有効期限は当選から1年となります)。
応募方法:
1.期間内にSZメンバーシップのページにアクセスいただき、「1週間無料トライアル」をクリック。
2.プロモーションコード(SZ5ANNIV)をご入力いただくかたちで、年額プラン(キャンペーン価格:12カ月間で税込3,600円)にご登録。
3.上記を完了後、▶︎こちらのフォーム◀︎よりご応募ください。
・厳正な抽選のうえ当選者を決定し、当選の連絡をもって発表に代えさせていただきます。
・なお、当選者には応募確認を含め、ご応募いただいたメールアドレス宛にキャンペーン事務局より改めてご連絡させていただきます。
・キャンペーン価格は初回1年間のみ有効であり、2年目からは年額プランの通常価格11,520円(税込)へと価格が変更されます。自動更新をOFFに設定いただくことも可能です。
・年額プランをお申し込みいただければ、雑誌の定期購読も割引価格でお楽しみいただけます。詳細はこちら。
応募条件:
・日本国内に在住の方で、かつ当選連絡先が日本国内の方に限らせていただきます。
・ご利用規約やご予約ルールのすべての条件にご同意いただけること。
・応募を行なった時点で、応募者として本規約の内容を承諾しているものとさせていただきます。
応募に関する注意事項:
・ご応募はおひとりさま1回限りとさせていただきます。
・連絡可能なメールアドレスをご記入ください。受信拒否設定などしている場合、当選連絡をすることができないため、応募対象外となります。
・当選に関する個別のお問い合せへの回答はいたしかねますので、ご了承ください。
・当キャンペーン関係者はこのキャンペーンにご応募できません。
・当選者の権利をほかの人へ譲渡、換金はできません。
当選者発表に関して:
・厳正なる抽選を行ない、当選された方のメールアドレスにご連絡いたします。
・やむを得ない事情により、キャンペーン内容は予告なく変更となる場合がございます。
キャンペーン運営に関して:
本キャンペーンはコンデナスト・ジャパンが行ないます。
SZメンバーシップについて:
厳選されたデジタル記事やイベント優待、編集長のレターや雑誌のデジタル版の提供を通じて、メンバーのみなさまに「インスピレーション」と「知的好奇心」を促す有料サブスクリプションサービスです。SZ とは「Speculative Zone」の頭文字で、「スペキュラティブ(思索/試作的)な場所」という意味が込められています。玉石混交の情報が溢れる今日の社会において、信頼できるコンテンツに触れ、複眼的に思考し、未来を実装する力を涵養することができる「特区」、それがWIRED SZ MEMBERSHIPです。会員であれば、直近2号分の雑誌(PDF版)のダウンロードも可能。会員限定コンテンツと併せてお楽しみください。詳細はこちら。
編集長による注目記事の読み解きや雑誌制作の振り返りのほか、さまざまなゲストを交えたトークをポッドキャストで配信中!未来への接続はこちらから。
雑誌『WIRED』日本版 VOL.54
「The Regenerative City」
今後、都市への人口集中はますます進み、2050年には、世界人口の約70%が都市で暮らしていると予想されている。「都市の未来」を考えることは、つまり「わたしたちの暮らしの未来」を考えることと同義なのだ。だからこそ、都市が直面する課題──気候変動に伴う災害の激甚化や文化の喪失、貧困や格差──に「いまこそ」向き合う必要がある。そして、課題に立ち向かうために重要なのが、自然本来の生成力を生かして都市を再生する「リジェネラティブ」の視点だと『WIRED』日本版は考える。「100年に一度」とも称される大規模再開発が進む東京で、次代の「リジェネラティブ・シティ」の姿を描き出す、総力特集! 詳細はこちら。