闇サイト「Silk Road」の創設者は、トランプが約束どおり自分を釈放してくれる日を心待ちにしている

トランプ次期大統領は5月、違法ドラッグ取引闇サイト「Silk Road」を運営した罪で終身刑に服するロス・ウルブリヒトについて、「就任後ただちに」減刑を実行し、自由を与えると話していた。麻薬取引や資金洗浄の罪で服役を続けるウルブリヒトの処遇が注目されている。
Members of the Libertarian Party stand in chairs while chanting and demanding the release of Ross Ulbricht during the...
ロス・ウルブリヒトの釈放を要求し、椅子の上に立ってシュプレヒコールをあげるリバタリアン党のメンバー。2024年5月25日、ワシントンDCのワシントン・ヒルトンで開催されたリバタリアン党全国大会で。Photograph: Chip Somodevilla/Getty Images

11月初旬、米大統領選の結果が今後4年間とその先の未来をどう変えるのか、米国はもちろん世界中の人々が固唾をのんで見守ったはずだ。しかし、アリゾナ州ツーソンの連邦刑務所に服役中の40歳のこの男ほど、新大統領の動向に残りの人生を左右されそうな人間はいないだろう。いまや伝説と化した違法ドラッグ取引の闇サイト「Silk Road」の創設者で、2013年から刑務所の中にいるロス・ウルブリヒトにとって、ドナルド・トランプの大統領就任は、自由を手に入れるか、死ぬまで監獄の中で過ごすかを決める分かれ目となりそうだ。

「わたしの代わりにトランプ大統領に投票してくれた皆さんに、最大級の感謝を贈ります。新大統領が約束を果たし、わたしに再起のチャンスを与えてくれることを確信しています」と、ウルブリヒトは開票の翌週に自身の妻が管理するアカウントを通じてX(旧Twitter)に投稿した。「暗闇の中で11年以上の時間を過ごした末に、ようやくトンネルの向こうに自由の光を見いだしました。トランプ氏に心より感謝します」

クリプト無政府主義(暗号技術を使ってネット上に規制のない自由な空間をつくろうとする考え)の市場構築を目指すSilk Roadの影の運営者であることを米国政府に見抜かれ、13年にFBIのおとり捜査で逮捕されたウルブリヒトは、15年に資金洗浄、ハッキング、麻薬販売に関する7件の容疑により有罪判決を受け、仮釈放なしの終身刑を言い渡された。

「Free Ross」を掲げる人たち

それから約9年後の24年5月、大統領選の候補者だったトランプは、小政党リバタリアン党の全国大会に登壇した際、再選の暁には「就任後ただちに」ウルブリヒトの減刑を実行し、彼に自由を与えると約束した。この発言は「Free Ross(ロスを釈放せよ)」と大書したボードを掲げる大勢の聴衆の喝采を浴びた。そこには、かつてダークウェブ界隈に君臨し、暗号通貨とリバタリアン(自由至上主義者)たちの世界で注目を集めたウルブリヒトを支援する人々が集まっていたのだ。

しかし、勝利を収めたトランプは、いまでもあの約束を守るつもりがあるのだろうか。ウルブリヒトと支援者たちは、その答えを少なくともあと9週間は不安な思いで待たなければならない。この次期大統領は、これまでに選挙運動中の公約をいくつも破り、最初の任期が終わるころには、ウルブリヒトの減刑を求める人々の声を退けた過去をもっているのだ。

「Silk Roadやロス個人の行動に対する世論とも、トランプの政治体制やロスを支持する極右派の暗号通貨コミュニティの存在とも関係なく、わたしは彼が受けた判決は不当であると確信しています」と、ウルブリヒトの事件を追ったドキュメンタリー映画を15年に発表した俳優兼映像監督のアレックス・ウィンターは言う。この作品が公開されて以降、ウィンターはウルブリヒトと断続的に連絡を取り合っているという。「彼はすでに10年を超える時間を獄中で過ごしています。いますぐ彼を釈放すべきです」

しかし、恩赦を約束したトランプの言葉を、自分はウルブリヒトほど信用していないとウィンターは語る。「トランプが約束を守る人間だとは思えません」と彼は言う。「彼がこの公約を本当に果たすのか、不安な思いで見守るしかありません」

言い渡された終身刑

Silk Roadは11年から2年半にわたり、ダークウェブ市場における事業モデルの草分け的な活動を展開した。グループはは匿名化ソフトウェア「Tor」を介して利用者たちの身元を隠しながら、ビットコインを使って数億ドル規模の違法性の高い禁制品売買を続けていたが、やがてあらゆるタイプの麻薬や偽造文書、資金洗浄サービスなどの取引に手を染めるようになった。

ウルブリヒトは「Dread Pirate Roberts」の偽名を使い、弁の立つ創設者としてSilk Roadの運営を指揮していた。理論上、「被害者なき」犯罪のみを許容するという、自身の無政府資本主義の理念に基づいて、彼はサイトにさまざまなルールを設定していた。ネット上に開設したユーザーフォーラムにマニフェストを投稿し、Silk Roadが世界をどう変えるかといった持論を披露するほか、リバタリアン哲学にテーマを絞った読書会をサイト内で催すこともあったという。

「ドレッド・パイレート・ロバーツ」を名乗るウルブリヒトは、Silk Roadを利用する大勢の人々から一種の革命児として見られるようになった。薬物売買をオンラインビジネスとして軌道に乗せたことで、麻薬取引の現場から暴力を駆逐した人物として英雄視されるようになったのだ。

その一方で、Silk Roadで販売された薬物が、少なくとも6件の過剰摂取による死亡事故と関連していたことが、米国政府の調査によって明らかになる事件も起きている。また、ウルブリヒトの公判では、検察側から衝撃的な証拠が提示された。ウルブリヒトが何者かに金を支払い、自身とSilk Roadを脅迫した6人以上の人間を殺害するよう命じたとの証拠が示されたのだ。ただし、実行役として彼が雇ったとされる人物のひとりは麻薬取締局の潜入捜査官であり、別のひとりは殺し屋を名乗る詐欺師であったらしい。

実際に殺された者はなく、ニューヨークで行われた裁判でウルブリヒトが殺人や殺人未遂の罪を問われることもなかった。それでも、ウルブリヒトが暴力事件に関わったり、複数のSilk Road利用者が薬物の過剰摂取で亡くなったりしたとの疑惑が判決に影響し、彼が終身刑を言い渡されたことは間違いない。この判決は、20年余という検察側の求刑すらも大きく超えるものだった。

ウルブリヒトが身柄を拘束された直後、彼の母親であるリン・ウルブリヒトは息子の刑期見直しと早期釈放を訴える運動を開始した。以来、運動のスローガンである「Free Ross」の文字は大量のTシャツやマグカップ、抗議用のボードにくっきりと書かれ、ソーシャルメディアのハッシュタグとして広く拡散されている。嘆願書に署名した支持者の数は60万人を超えている。『WIRED』はリン・ウルブリヒトにインタビューを依頼したが、返答はなかった。

「クリプト無政府主義者や無政府資本主義者を自認する人々にとって、ロスのしたことは自由貿易の促進にほかなりませんでした」と、初期のころからのビットコイン利用者で、暗号通貨専門のセキュリティ企業Casaを創業したジェイムソン・ロップは言う。Free Ross運動に賛同する多くのリバタリアンと同様、ロップはSilk Roadのおかげで薬物取引の世界から暴力的な部分が減ったのだと主張し、この種のドラッグ売買は合法化されてもいいはずだと訴える。「自分の体をどうしたいかは、個人の自由だとわたしは思います」

嘱託殺人疑惑が及ぼす影響

こうした思想的な理由とは別に、Free Ross運動を支える根拠となっているのはウルブリヒトに科された刑罰があまりに重いという事実だ。公訴事実に暴力的な要素がなく、彼自身に前科がないこと、またSilk Roadに関与したほかの人々の刑期が比較的短かったことを考えると、釣り合いがとれていない。ウルブリヒトの右腕だった人物は懲役20年の実刑判決を受けたが、ほかの共犯者はすでに刑期を終えている。ウルブリヒトは麻薬その他の禁制品の販売サイトを運営していただけで、彼自身が何かを売りさばいていたわけではないと支持者たちは訴える。

ウルブリヒトの早期釈放を求める人々は、彼が嘱託殺人の疑いをかけられたことにも抗議している。殺人に関しては公判さえ成立していないのに、こうした疑惑が判決に影響したことは間違いないと主張しているのだ。「検察側は彼が殺人を犯したと言っておきながら、後になってその主張を起訴内容から除外しています。ウルブリヒトが殺人の有罪判決を受けた事実はありませんし、裁判を受けたことすらありません」。クリプト無政府主義の開発者であり活動家でもあるアミル・ターキはこの声明を自身のXアカウントに投稿した。「それではなぜ、そんな話が持ち出されたのでしょう。人々を混乱させるためです。間違った情報を広めようとしたのです」

しかし、この嘱託殺人の疑惑は、Free Ross運動に大きな影響を及ぼした。ニューヨーク州南部地区連邦地方裁判所(SDNY)の検察チームは、ウルブリヒトを殺人罪に問うことはなかったが、法廷で彼のチャット履歴やビットコインの取引記録を提示することで容疑を裏付ける作戦をとった。その結果、第1次トランプ政権中に計画されていた、ウルブリヒトの恩赦を求めるFree Ross運動のロビー活動は中止に追い込まれたのだ。匿名を条件に『WIRED』の取材に応じた元政府関係者によると、米国政府は20年にウルブリヒトの釈放を検討したが、この件に関し彼が暴力行為を働いていた疑いがあることを理由に、最終的にこの提案は却下されたという。

量刑の妥当性をめぐる議論

しかし、これ以降、暗号通貨やウルブリヒトの事件を取り巻く政治情勢は変化している。いまやFree Ross運動はリバタリアン派の政治家や刑務所の改革を訴える活動家、そして特に暗号通貨の世界で働く人々の間で大きな支持を集めている。ウルブリヒトは、彼なりのやり方でビットコインの“福音”を述べ伝え、Silk Roadの運営を通じてこの技術の有用性を実証した殉教者のごとき存在となっているのだ。「暗号通貨産業の陰には大金が隠れていて、このビジネスに関わる人々が自分と自分の政治活動を積極的に支援してくれることを、トランプはよく理解しています」とロップは言う。「彼はビジネスマンであり、報酬を求めて動く人間なのです」

ウルブリヒトの早期釈放を求める道義的あるいは政治的な根拠がいかなるものであろうと、彼に下された厳しい判決は、この種の犯罪に対する連邦量刑ガイドラインに沿った妥当なものであると、当時の検察官たちは主張している。実際、控訴審においてもこの判決が覆ることはなかった。「彼に科された刑期が異例の長さであったことは確かですが、大規模な麻薬取引を指揮した者、不正に販売した薬物によって複数の顧客の命を奪った疑いが濃厚な者、あるいは嘱託殺人への関与が疑われる者に対し、懲罰的な意味を込めた厳しい判決が下されることは決して珍しくありません」と、米国連邦検事を務めた経歴をもつコロンビア大学法学部教授のダニエル・リッチマンは言う。「ウルブリヒトが受けた判決は、彼の事件にこの3つの要素がすべて揃っているという事実を反映したものです」

裁判中に殺人に関する審議が一切行われていなくても、裁判官が量刑を決める際に嘱託殺人の疑いを考慮することは認められている。「最高裁で別の判決が下される可能性はありますが、それまではたとえ未起訴であっても関連を疑われるこの種の犯罪容疑が裁判官の判断に影響することはありますし、そうした事例は珍しくありません」とリッチマンは言う。

国土安全保障捜査局(HSI)の元捜査官で、ウルブリヒト事件の捜査班の一員としてSilk Roadの組織に潜入した経験をもつジャレド・デル=イェギアヤンによると、ウルブリヒトはSilk Roadが大量に販売したヘロインその他のアヘン剤を含む薬物のせいで、多くの人々が被害を受けたことを完全には認めていないという。Twitterへの投稿を見ても、彼が自身の行動を悔いている様子はいまだにうかがえないとデル=イェギアヤンは訴える。

「ウルブリヒトが釈放されるかどうかについて、わたしはまったく関心がありません」と、現在は戦略的インテリジェンス部門の責任者として暗号通貨取引の追跡専門企業Chainalysisに勤務するデル=イェギアヤンは言う。「しかし、彼が何も間違ったことをしていないという認識が生まれ、犯罪の事実がなかったことにされるのであれば冷静ではいられません」

とはいえ、ウルブリヒトの服役生活がすでに11年間に及んでいることを考えると、彼の犯した罪の重さが終身刑に見合うものなのかとの疑問が残る。ウルブリヒトが受けた厳しい判決は、理論上は妥当なのかもしれないと、法律学を専門とするペンシルベニア大学ウォートン校講師のリーザ・ガーバーは言う。しかし、本件のように複雑な事例では、法律上の諸問題を倫理的、政治的な問題ときっぱり分けることはできないと彼女は言う。

「単に妥当だからという理由で、それが正しいと決めつけることはできません」とガーバーは言う。「麻薬撲滅運動や刑務所の運用について、米国の人々は非常に複雑かつ相反する考え方をもっています。Silk Roadの事件はその一部がサイバー空間で起きていることもあり、事態は混乱を極めています。こうした複雑な事情を考慮したうえで判決を下すことは、かなり難しい作業になるはずです」

トランプは彼にとって“最後の希望”

刑務所の改革を訴える人々のなかには、量刑を決める際の基準を変えるべきだと考える人もおり、その多くがウルブリヒトの減刑を求める運動を支持している。このひとたちは、懲罰よりも更生に力点を置くべきであり、連邦刑事制度に仮釈放を再び導入すべきだと考えている。ウルブリヒトの釈放が、そのきっかけとなることを期待しているのだ。

「ロスはすでに十分すぎるほどの時間を刑務所の中で過ごしています。一貫して模範囚であり、前科はなく、暴力とも無縁の人間です。彼が社会に害を及ぼす恐れはまったくありません」と、司法の改革を推進するTaking Action for Good財団の最高経営責任者(CEO)を務めるアリス・ジョンソンは断言する。ジョンソン自身も、18年のトランプ政権時に終身刑からの減刑が決まるまで、麻薬の密売に関与した罪で20年にわたり服役した経験をもつ。「ロスの一件が、不当に厳罰を科されたほかの大勢の人々に、出所への道を開くきっかけになると確信しています」

終身刑はひとりの人間に異常なほどの精神的負担を強いるものであり、ほんのわずかでも希望があれば、その苦しみは和らぐのだとジョンソンは言う。「出所していくほかの受刑者がカレンダーに印をつける姿を目にしていれば、たいていの人は心が折れてしまいます。自分をこの牢獄の外に逃がしてくれるものは“死”だけなのだと思い知らされる瞬間です。ロスがそんな経験をしていないはずがありません」と彼女は言う。「来る日も来る日も、何かが変わることを願い、祈り続けていることでしょう」

トランプが彼の減刑を約束したとき、ウルブリヒトは新たな希望を得た。24年5月、彼は「ありがとう、ありがとう、ありがとう」と、トランプの公約を称賛する言葉を自身のXに投稿している。「11年間の獄中生活を思うと、いまの気持ちをうまく言葉にできません」

熱烈なトランプ支持者でもあるジョンソンは、新大統領は必ず約束を守ると予言する。「就任後すぐに実行されるかどうかはわかりません。しかし、こう言い切ってしまうのは少々不安ですが、ロスはそろそろ自分の荷物をまとめ始めてもいいと思います」と彼女は言う。

約束が果たされなければ、ウルブリヒトは手もちのカードをすべて使い切ってしまうことになる。「トランプの大統領就任は、彼にとって自由を得るための最後の希望なのです」とジョンソンは言う。

ウルブリヒトは判決が言い渡される前、裁判官に一通の手紙を送っている。15年に書かれたその手紙のなかで、彼は自分が犯した「大きな過ち」を認め、いつの日か罪を償って自由な身となるチャンスを与えてほしいと懇願している。いま、彼は同じ願いをトランプに託しているのだ。

ウルブリヒトはこの手紙のなかで、「自分の青春がすでに去り、中年時代が奪われようとしていることは承知しています」と書いている。「しかし、老いてからの日々をどうか奪わないでください」

(Originally published on wired.com, translated by Mitsuko Saeki, edited by Mamiko Nakano)

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