2025年2月19日(水)

BBC News

2025年2月15日

J・D・ヴァンス米副大統領

アメリカのJ・D・ヴァンス副大統領は14日、ドイツ・ミュンヘンで開かれた安全保障会議で演説し、欧州大陸が直面する最大の脅威はロシアや中国ではなく「(欧州)内部から」来るものだと、欧州の民主主義を痛烈に批判した。

ミュンヘン安保会議では、ヴァンス氏が、ウクライナでの戦争終結に向けた協議の可能性について言及するものと予想されていた。

しかし、ヴァンス氏は演説の大半を、欧州諸国への批判に費やした。イギリスを含む欧州各国の政府が、自分たちの価値観から後退し、移民や言論の自由に関する有権者の懸念を無視していると非難した。

ヴァンス氏の演説に、会場は沈黙に包まれた。会議に出席していた何人かの政治家は後に、この演説を非難。ドイツのボリス・ピストリウス国防相は「容認できない」と述べた。

さらにヴァンス氏は、欧州が「自分たちの防衛のために大幅に強化」しなければならないとする米政権の主張を繰り返した。

副大統領は、ウクライナでの戦争についても触れ、「合理的な和解」に至ることを望んでいるとした。ドナルド・トランプ米大統領は12日、ロシアのウラジーミル・プーチン大統領との電話協議で和平交渉を開始することで合意したと発表していた。

しかし、こうした言及以外については、ヴァンス氏の演説は文化戦争の問題やトランプ氏が大統領選で掲げた主要テーマに焦点を当てたもので、ミュンヘン安保会議で通常行われる安全保障や防衛に関する議論とは一線を画す内容だった。

ヴァンス氏は、欧州連合(EU)の「権威者たち」が言論の自由を抑圧していると主張。大勢の移民が流入する責任は欧州大陸にあり、欧州の指導者たちが「最も基本的な価値観の一部」から後退していると非難した。

EUのカヤ・カラス外務・安全保障政策上級代表は、アメリカの最も親密な同盟相手の欧州にヴァンス氏が「けんかを売ろうとしている」と述べた。

アメリカの元駐ロシア大使マイケル・マクフォール氏は、ヴァンス氏の発言は「無礼」で、「経験的にまったく事実と異なる」と米誌ポリティコに語った。

英独などを名指し

20分間の演説で、ヴァンス氏はイギリスを含む複数の欧州諸国を名指しした。

ヴァンス氏は、英南部ボーンマスで昨年、中絶クリニックの外で黙とうを捧げた退役軍人が、クリニックの周囲150メートルに設けられた保護区域に侵入した罪で有罪判決を受けた事件を取り上げた。

イギリスで2022年10月に導入された公共空間保護命令は、抗議や嫌がらせ、追悼など、中絶サービスへの支持あるいは反対を示す活動を禁止するもの。

しかし、ヴァンス氏は、「とりわけ、信心深いイギリス人の基本的自由」が脅かされていると主張した。

23日に総選挙を控えるドイツについては、主流政党が決議の際、極右勢力とは協力しないという独政界の「ファイアウォール(防火壁)」を維持していることに関する、ドイツ国内の白熱した議論に触れた。

「民主主義とは、国民の声が重要だという神聖な原則の上に成り立っている」、「ファイアウォールが存在する余地はない。あなたたちが原則を守るか守らないか、それだけだ」とヴァンス氏は述べた。

独極右政党「ドイツのための選択肢(AfD)」のアリス・ヴァイデル首相候補は、後に、ヴァンス氏の演説の一部をソーシャルメディアで公開し、「素晴らしい」と称賛した。独公共放送ZDFによると、2人はその後、面会したという。

ピストリウス独国防相は、安保会議での演説で、ヴァンス氏に直接語りかけた。「アメリカの副大統領が欧州全体の民主主義に疑問を投げかけるのか」。

「彼(ヴァンス氏)は民主主義が消滅すると言っている」、「私の理解が正しければ、彼は欧州の一部地域と、権威主義体制の状況を比較しているようだ(中略)こんなことは容認できない」と、ピストリウス氏は述べた。

ヴァンス氏はルーマニアの大統領選挙にも言及した。同選挙は昨年12月、ロシアによる介入があったことを示唆する機密文書が浮上し、結果が無効となった。

「あなたの国の民主主義が、外国からの数十万ドル規模の電子広告に破壊されるのなら、その民主主義はもともと、それほど強じんなものではなかったということだ」

ルーマニアのマルセル・チオラク首相は、同国は今も「欧州がアメリカと共有する民主主義的価値の擁護者」のままだと述べた。

「すべてのルーマニア当局は、市民に権限を与え、投票の自由を保証することで、自由で公正な選挙の実施に取り組んでいる」と、チオラク首相はソーシャルメディアに投稿した。

ウクライナ大統領と面会

ヴァンス氏は演説を終えると、ウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領と面会した。

ゼレンスキー氏は会談の中で、戦闘を終わらせるための計画には、さらなる取り組みが必要だと述べた。一方でヴァンス氏は、2人で「有意義な」会話をしたとした。

トランプ氏は先に、アメリカとロシア、ウクライナの政府関係者がミュンヘンで面会するだろうと述べていた。しかし、ロシアは安保会議に代表団を派遣しないと発表した。

【解説】米政府の欧州非難はウクライナと防衛課題を無視

フランク・ガードナーBBC安全保障担当編集委員

ヴァンス副大統領のミュンヘン演説に、その場にいた各国代表は衝撃を受けて押し黙った。副大統領はアメリカの同盟諸国を非難した。特にイギリスを激しく非難した。誤報や偽情報、そして言論の自由の権利を非難する攻撃を行い、出席者を驚かせた。

非常に奇妙な20分間だった。各国代表は、ほとんど沈黙したままだった。

「アメリカの民主主義が10年間、(温暖化対策活動家の)グレタ・トゥーンベリから叱られ続けても耐えられるなら、皆さんも数カ月はイーロン・マスクに耐えられるはずだ」というジョークにも、誰も笑わなかった。

要するに、ヴァンス氏の演説は欧州の代表団にまったく評価されなかった。会場からの評価は、明らかにきわめて低かった。演説内容について判断を完全に誤っていた。

では、あの演説は誰に向けられたものだったのか?

アメリカの有識者は私にこう言った。「あれはすべてアメリカ国内向けだった」と。

ヴァンス副大統領の演説の数日前にトランプ大統領はすでに、ピート・ヘグセス国防長官を通じて、ウクライナの交渉ポジションをひっくり返していた。ウクライナはかねて、ロシアが2014年に最初に侵攻して奪った領土を回復しようとしているが、トランプ政権はこの目標を、「現実的ではない」と述べたのだ。

アメリカはまた、ゼレンスキー大統領が重視してきた北大西洋条約機構(NATO)加盟の希望を打破。ロシアが次にウクライナを侵攻することにしても、ウクライナの国境防衛に米軍を派遣する可能性を否定した。

今回のミュンヘン会議に先立ち、トランプ大統領がプーチン大統領と90分間にわたる友好的な電話会談を行ったというニュースに、ヨーロッパ各国は愕然(がくぜん)とさせられた。2022年2月に始まったウクライナ侵攻以来、西側諸国とロシア大統領の対話は凍結されていたが、トランプ・プーチン会談でそれがいきなり終わったのだ。

ミュンヘンに集まったヨーロッパの指導者たちとその代表団の間では、トランプ大統領がウクライナでの和平合意を急ぐ中で、プーチン大統領が勝利し、立場をいっそう強くした上で、今後もさらに欧州の領土を奪取しようとするのではないかと、恐れが広がっている。

(英語記事 JD Vance attacks Europe over free speech and migration / Vance attack on Europe ignores Ukraine and defence agenda

提供元:https://www.bbc.com/japanese/articles/cz0lkrll359o


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