新型H3ロケットが、宇宙の未来を切り拓く
2021年2月9日、アラブ首長国連邦(UAE)の火星探査機「HOPE」が火星周回軌道に無事到達。2020年7月に三菱重工グループのH-ⅡAロケットに搭載されて日本の種子島宇宙ステーションを出発してから、実に7ヶ月間の旅となりました。
そして「HOPE」の火星周回軌道到達とほぼ同時期に、中国と米国NASAによる探査機もまた、火星に到達しており、探査関連のミッションが盛んになっています。
探査ミッションのみならず、宇宙産業は昨今規模の拡大と商業化が進んでいます。その中で、より大きく重い物資を、より効率的に運ぶニーズが増加しており、そんな今日の宇宙産業のニーズを満たすことができるのが、現在開発中のH3ロケットです。
次世代ロケット
2021年度中に最初の打上げを予定しているH3ロケットは、40年以上にわたる三菱重工グループの宇宙計画が新たな段階に到達したことを象徴しています。民間のロケット打上げビジネスにおいて競争が激化する中、求められるのは、サービスの柔軟性と高い費用対効果です。
元三菱重工業 宇宙事業部 副事業部長(現:東京理科大学教授)の小笠原 宏氏は「三菱重工とJAXAが開発したH3ロケットは、政府と商用衛星顧客の双方に対して、より良いサービスを提供してくれるでしょう」と話しています。
では、三菱重工をはじめとした打上げ輸送サービス提供者を選定する際、顧客である企業は何を求めているのでしょうか。
今日のロケット打上げ市場には、さまざまな形状、大きさ、重量、機能を持つ衛星が存在しています。
例えば、静止軌道にある通信衛星の重量は、これまで約4~6トンが一般的でしたが、従来の約半分の重量で、安定した通信を提供することができる新世代のソフトウェアデファインド衛星も台頭してきています。
また、数百キログラムの小型衛星をまとめて打上げ、宇宙から地球に対するグローバルネットワークを形成するコンステレーション計画も、打上げニーズが多様化する一因となっています。
多様化する打上げニーズに対し、より柔軟に適切なソリューションを提供することがH3ロケットの重要なミッションの一つです。
H3ロケットは多様化する様々な軌道へ衛星を投入することを可能にすると共に、能力向上によるコンステレーション衛星打上げへの対応や、余剰能力を利用した小型衛星相乗りミッションへの対応も可能であり、ニーズに合った打上げ輸送サービスを提供します。
年間の打上げ回数についても、従来なら4~5回であったところを、新型では年間6回の打上げが可能となり、将来的には年間8~10回を目指しています。年間の打上げ可能機数を増やすことで、打上げ機会の観点でもより柔軟に顧客のニーズに対応できるようになるでしょう。
製造工程においては、「カイゼン」の精神のもと、3Dプリンターなどの高度な製造技術を駆使してエンジン等の一部部品を製造したり、自動化されたロボットシステムを使って組み立てることで、コストを抑制しています。
運用面においては、ヒューマンエラーのリスクを排除するべく、自動点検システムを採用。高い成功率とともに他社には類を見ない、オンタイムでの打上げ率を誇ります。もし、ひとたび遅延が発生してしまうと、衛星などを打上げることができず、後に控えた打上げのスケジュールにも遅れがでてしまい、ビジネス上の深刻な打撃となりうるのです。
HOPE打上げ
火星に到達するには、何百万マイルも先の宇宙空間へと探査機「HOPE」を運ぶ必要があります。火星までの長い道のりを移動するためには、無駄のない効率的な打上げが求められますが、そのためにはオンタイムの打上げや正確な軌道投入が必要不可欠です。三菱重工がこれまで国際宇宙ステーション(ISS)向けに打ち上げた補給機ミッション等で培った実績や技術力が火星到達に大きく貢献しました。
アラブ世界で初となるUAEの火星探査機は、火星の大気と気候の科学的分析を行います。火星の周回軌道に入った後、エネルギーがどのように大気中を移動するのかを突き止めるために惑星の地表面を撮影します。この研究が進めば、将来的に地球から遠く離れた惑星へ、多種多様なサービスを提供する足掛かりになると期待されます。
小笠原氏は、将来の話として、運用が終了する宇宙ステーションを低軌道ホテルに改造して宇宙旅行者に提供したり、軌道上に無重力状態の新しい宇宙のプラットフォームを建設したりすることができるのではないかと言います。
「今から20年か30年以内には、人々が地球の周回軌道上にある宇宙ホテルを訪れ、無重力状態と鮮明な星の輝きを楽しむことができる日がくることを願っています。」 小笠原 宏
より重い物資の運搬を可能にするH3ロケットや国際宇宙ステーション用モジュールの開発をJAXAとともに経験した三菱重工。私たちはいつの日か、宇宙旅行や無重力プラットフォーム向けの物資供給を、打上げ輸送サービスのリストに加えることになるのでしょうか?そんな空想が現実になる日も、もう近いのかもしれません。
SPECTRA記事「日本が挑む、新たな宇宙開発競争」はこちらから