
野球の日本代表(侍ジャパン)の新監督に、プロ野球日本ハム前監督の栗山英樹氏(60)が就任した。
昨年夏の東京五輪では稲葉篤紀氏(現日本ハムGM)が率いて見事に金メダルに輝いたのは記憶に新しい。
だが、五輪の野球は2024年のパリ大会では実施競技から除外されて、復帰は早くても28年のロサンゼルス大会になる。
その状況で栗山新監督に課せられた使命は、23年に予定されているワールド・ベースボール・クラシック(WBC)での世界一となる。
稲葉氏の退任に伴う後任選びは栗山氏以外にも高橋由伸前巨人監督や工藤公康前ソフトバンク監督らの名前も挙がっていた。
しかし、高橋氏は監督としてのキャリアが浅く、工藤氏はソフトバンクを退団したばかりで、本人も辞退の意向が強かったという。
こうした中で、日本ハム監督を10年に渡り務めて日本一も経験した実績と、かつて「理想の上司」の1位にも選ばれた知名度、好感度もあって栗山氏の就任が決まった。
さらに付け加えるなら、世界一を狙う侍ジャパンに絶対に必要な人材と言えば大谷翔平(エンゼルス)だ。大谷を代表の一員に加えることが、栗山氏には期待されている。
今や世界の野球ファンを虜にする大谷だが、13年から17年までは日本ハムに在籍。当時の監督が栗山氏で今でも師弟関係にある。
岩手・花巻東高の怪物は卒業時にメジャー挑戦を明言、日本の各球団が手を引く中で日本ハムだけが、ドラフトで単独指名に踏み切った。
当時を回想して大谷は、メジャーには投手一本で挑む覚悟だったという。だが、日本ハムから投打の「二刀流」を前提に育成するプログラムを示されて翻意した。
「自分の中では二刀流でやりたい気持ちも残っていた」。大谷の心に響くビッグプランの提示に心を動かされた。
もし、日本ハムに入っていなければ、メジャーでは投手・大谷の評価が高く、現在の二刀流は誕生していなかったはずだ。
栗山氏の下で下地を築いたことで「ベーブ・ルースの再来」が現実のものとなるのだから大恩人と言っていい。
「最後に米国をやっつけるイメージでチームを作ろうと思っている。当然メジャーでの経験や使用球、球場での経験などは必要なものだと思っている。(そういう段階になったら)僕の魂をそれぞれの選手にぶつけたい」と栗山氏は言う。
もっとも、日本人メジャーリーガーの侍ジャパン入りは想像以上にハードルが高いのも確かである。
過去に4大会が行われたWBCは、第1回(06年)、第2回(09年)まではイチローや松坂大輔らメジャーリーガーが日の丸のユニホームを着て2大会連続世界一に輝いている。
しかし、直近の2大会では17年に青木宣親(当時アストロズ)が選出されただけ。
日本人選手に対して球団側が故障を恐れて出場に難色を示す一方、大会の認知度が上がるにつれメジャーのスター選手の出場は増えている。この辺りは選手と球団との力関係も影響しているようだ。
近年のメジャーでは北中米出身の選手の活躍が顕著で、米国以外にもベネズエラ、ドミニカ共和国、プエルトリコなど強豪がそろい、世界一になるのは五輪より難しい。
それだけに大谷やダルビッシュ有(パドレス)らを侍ジャパンに招請できるかどうかは「栗山ジャパン」の大きな仕事となるのは間違いない。
日本野球のベースは投手を含めた堅い守りと小技を駆使したスピード野球にある。これは稲葉監督時代からの踏襲が基本となる。
「勝つためにはどんな手も打つ。野球に対して一生懸命取り組む姿や情熱、そして魂。野球の神様はそんな選手に味方する」と新指揮官らしい言葉も飛び出す。
スピードにパワーも加えた新たな侍ジャパンの初見参は、3月に予定されている台湾との強化試合になる。
コロナ禍にあって、来年春に予定されるWBCの開催も現時点では明確になっていない。2月の国内キャンプ巡りは可能だが、海外チームや日本人メジャーリーガーの視察も予定が立たない。
そんな不透明な船出を前に栗山監督が用意した今年の一文字は「備」である。
「世界一の目標に向けてデータ、人を含め最大限の準備をしていきたい」
選手の選考に当たっては、東京五輪の金メダルメンバーだけに頼ることなく、あらゆる可能性を模索していく。
侍ジャパンの新監督には日本ハムの「プロフェッサー(教授)」という新たな肩書も加わった。こちらは選手教育の改革の一環で設けられた役職だ。
定期的な講義を行い育成の推進役を担う。監督就任前には大学で教鞭を執っていたこともあるだけに適任だろう。
日本代表で勝負、古巣で育成。新生侍ジャパンの舵取りを任された知将に、まだまだ休息の時は訪れそうにない。
荒川 和夫(あらかわ・かずお)プロフィル
スポーツニッポン新聞社入社以来、巨人、西武、ロッテ、横浜大洋(現DeNA)などの担当を歴任。編集局長、執行役員などを経て、現在はスポーツジャーナリストとして活躍中。