米海軍には、複合戦指揮官(CWC : Composite Warfare Commander)という概念がある。ちょっと分かりにくくて面倒くさい話ではあるが、それと指揮統制システムの関わりについて考えてみたい。というのが今回のお題。→連載「軍事とIT」のこれまでの回はこちらを参照。
CWCの基本的な考え方
もともと、海軍における艦隊の作戦行動指揮は中央集権型で、一人の指揮官がすべての分野における交戦を直接指揮する形が多かった。しかしそれでは、空中・水上・水中などからの複合的な脅威に対して、迅速かつ的確に対処するのは難しい。一人の人間で処理できるキャパシティを越えてしまうからである。
そこで考え出されたのがCWCという概念。艦隊が直面する、さまざまな戦闘空間における戦闘が同時多発的に生起したときに、どう対処するかという話である。パッとリストアップすると、こんな按配になるだろうか。
- 対水上戦(ASuW : Anti Surface Warfare)と対地攻撃
- 対空戦(AAW : Anti Air Warfare)とミサイル防衛(MD : Missile Defense)
- 対潜戦(ASW : Anti Submarine Warfare)
- 対機雷戦(MCM : Mine Countermeasures)
- 電子戦(EW : Electronic Warfare)
- 情報戦(IW : Information Warfare)
これらはそれぞれ個別に存在するとは限らず、互いに連携することもよくある。ことに電子戦は、ASuWにもAAWにも関わってくる。また、武器や指揮統制がコンピュータとネットワークに依存している昨今では、どんな分野でもサイバー防衛が関わると考えてかかる必要がある。
それらのすべてを最高指揮官が一人で背負い込むのでは、過負荷になるのは間違いない。そこで、戦闘空間ごとに指揮官を置いて、権限と責任を明示した上で交戦の指揮を委任する。
この仕組みが能書き通りに機能するためには、最高指揮官は部下となる指揮官に対して、事前に自分の意図を明示して、確実に理解させておく必要がある。そうすることで初めて、部下は「最高指揮官の意図を達成するために、自分は何をすれば良いか」を考えて、戦闘を指揮できる。
では、最高指揮官の仕事は何かというと、作戦行動全体を俯瞰しつつ、個々の指揮官に委任した任務が滞りなく遂行されているかどうかを見て、必要に応じて指揮権を行使すること、となろう。
単に個別の戦闘空間ごとの交戦を委任するだけでは、戦闘空間と戦闘空間の境界で問題が生じる可能性がある。異なる戦闘空間における交戦が相互に関連した場合に、「これはそっちの担当だろう」「いや、そっちの担当だろう」と、責任の押し付け合いみたいなことになっては困る。
すると複合戦指揮官は、さまざまな戦闘空間で起きている状況を俯瞰して、必要な指示を飛ばさなければならない。”さまざまな戦闘空間で起きている状況を俯瞰” するためには、領域横断的な状況認識を実現するシステムが不可欠なものとなる。
例えば、紅海では……
しばらく前に、米空母「ドワイト・D・アイゼンハワー」(CVN-69)を基幹とする空母打撃群が紅海から帰国した。同打撃群が紅海、アデン湾、アラビア湾で7カ月間にわたって任務に就いている間に、イエメンのフーシ派は何回も、艦艇や商船などへの攻撃を仕掛けてきた。
その攻撃手段は一つではない。アデン湾での海賊対処任務なら、相手は「小舟に乗った海賊」だけだったが、フーシ派は対艦ミサイルも無人機も自爆艇も弾道ミサイルも使っている。しかもそれらが同時多発的に来襲する場面もあっただろう。
つまり、脅威が多様、かつ複数の領域にまたがっている。特定の脅威にだけ気をとられてしまえば、他の脅威への対処が疎かになる。そこで、打撃群の指揮官は複合戦指揮官として戦域全体に目を配る一方で、個別の任務についてはそれぞれの担当指揮官に委任した。
ただ、そこで「飛来する脅威を排除する」ことだけ考えてしまうと、それはそれで問題がある。フーシ派が企図しているのは、商船や艦艇への攻撃を通じてイエメン周辺海域における「航行の自由」を阻害し、ひいては欧米諸国の経済活動を阻害することにあろう。それは結果として、フーシ派のお仲間となる国にも利益をもたらす。
であれば、飛来するミサイルや無人機や自爆艇を排除するだけでなく、攻撃の源を絶つことも考えなければならない。それをしなければ、終わりのないモグラ叩きになる。複合戦指揮官は、そこまで考えて指揮を執らなければならない。
例えば、四次元的に考えると。ミサイルや無人機が飛来したときに、飛翔経路を知るだけでなく、トラック・データを遡って、どこから発射されたかを突き止める。すると、発射機ないしはそれに類するものを潰せる可能性につながる。
ただし相手は移動式であろうから、見つけたら迅速に対処して潰さないと逃げられる。すると、発見から破壊までのキル・チェーンをどれだけ迅速に回せるかが鍵になる。基本的には指揮統制システムの問題である。発射機だけでなく、そこに武器や物資を運ぶ輸送ルート・輸送手段も攻撃対象になり得る。
委任による分担
ただし実際に叩くときに、戦闘機を使うか巡航ミサイルを使うか、といった手段の選択は必要になる。何が最適か、だけでなく、何なら使える状態か、も考えなければならない。すると、指揮下にある資産の状況も知る必要がある。
そこで「○○を達成するために、△△を潰せ」という意図を明示するのは複合戦指揮官レベルの仕事。それをどう達成するかを考えて、実行するのは、個々の戦闘空間ごとの指揮官。
なお、「空母アイゼンハワーがフーシ派の攻撃で大破した」等のガセネタが出回ったが、これはひとつの情報戦ではある。ただしこれは、現地にいる指揮官ではなく、本国でなすべき仕事であろう。とはいえ、こうしたガセネタによる攪乱工作もまた、戦闘行為を構成する要素の一つではある。
著者プロフィール
井上孝司
鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。このほど、本連載「軍事とIT」の単行本第5弾『軍用センサー EO/IRセンサーとソナー (わかりやすい防衛テクノロジー) 』が刊行された。