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15:王城の庭園でお茶会を 前編

「「貴方がカテナ?」」

「……お、お初にお目にかかります」


 私は興味津々といった様子で私に視線を向けてくる鏡合わせのようにそっくりな双子の少女たちに挨拶をする。

 彼女たちはグランアゲート王国の〝双子姫〟、クララ・グランアゲートと、カルル・グランアゲート。

 髪型はサイドポニーで、お互い逆側に括っている。瞳の色はクララ殿下が真紅、カルル殿下が碧玉。ワンポイントのリボンなども瞳の色に合わせている。


 私を食い入るように顔を近づけてくるのは、まるで好奇心旺盛な子犬のようだ。

 そんな私と王女様たちの様子をリルヒルテが微笑ましそうに見守っている。その一歩退いた所にはレノアが控えている。

 ここは王城の庭園。そこで開かれたお茶会に私は参加していた。そもそも、何故私が王女様たちとお茶をすることになったかといえばベリアス殿下の企みの一環だった。


「リル姉様から聞いてるわ!」

「ヒルテ姉様がたくさんお話してくれたの」

「あのカテナを作った人!」

「お兄様も認めた人?」

「「じゃあ、貴方は凄い人?」」


 息を吐かせぬようにテンポ良く相槌を打ちながら話す二人の王女様に私は誤魔化すように笑うことしか出来ない。

 まだ十歳と考えれば、この好奇心の強さもわかるけれど、それが二人分でしかも波状攻撃を仕掛けてくるとなると対応でいっぱいいっぱいになってしまう。


「クララ様、カルル様。カテナさんが困っていますよ、もう少し落ち着いてくださいね」

「はーい、リル姉様」

「わかったわ、ヒルテ姉様」


 そっくりな双子だけど、どちらかと言えばクララ様が活発で元気が良く、カルル様が大人しくて落ち着きがあるという違いもある。


「……それぞれリルヒルテの呼び方が違うのですね?」

「リル姉様は可愛いもの!」

「ヒルテ姉様は格好良いもの」


 先程まで仲良く声を被せていた王女様たちが顔を見合わせた。互いに満面の笑みを浮かべ、牙を向け合うように言い合いを始める。


「リル姉様はリル姉様の方が似合うわ?」

「まぁ、クララはわかってないのね。ヒルテ姉様の方がぴったりだわ?」

「わかってないのはカルルじゃない!」

「お二人とも、どうかそこまでに……」

「「はーい!」」


 これでは話が進まないと言わんばかりにリルヒルテが二人を咎めると、言い合いをしていたのは何だったのかと言わんばかりに手を取り合う二人。

 本当に仲が良いのだと感じさせるけど、仲が良すぎて勢いが止まらないのは大変そうだな。


「改めて、話は聞いてるわ」

「あのアシュガル王子を咎めるのでしょう?」

「是非ともやって欲しいわ。困ってるの」

「えぇ、困ってるの。とても迷惑だわ」

「私のリル姉様に酷いことをしたのよ!」

「許せないわ、そうよねカルル!」

「えぇ、許せないわ! クララ!」

「まぁ、はい。そういう話でして……」

「私たちが言えば良いのでしょう? 弱い殿方に興味はありません、と」

「そして貴方にアシュガル王子と決闘して貰って」

「「こてんぱん!」」


 いえー、とでも言いたげに手を打ち合わせるクララ殿下とカルル殿下。こほん、と強めにリルヒルテが咳払いをすると途端に静かになって居住まいを正す二人。

 そう、これこそがベリアス殿下の企みだった。私が直接アシュガルに決闘を持ちかけても、例え勝ったとしてもこの手あの手の口八丁で逃れられる可能性があった。


 だからこそ、姫様たちを通じてアシュガルに決闘を申し込むという流れを取る。もし私が負ければ姫様たちは婚約を了承する事を約束し、私が勝利すればアシュガルには金輪際、姫様やリルヒルテ、シエラには近づかないことを約束させる。

 私のことを恐らく新型の武器を開発した男爵令嬢としか認識していないアシュガルは恐らく乗ってくるだろう、というのがベリアス殿下の見解だった。アシュガルには卒業までのタイムリミットがあるし、姫様たちの反応も芳しくない状態だからだ。


 この計画はイリディアム陛下にも報告され、公開の場ではなく限られた面々、つまり王族を始めとした関係者による御前試合という形式を取る予定だ。

 それならアシュガルが決闘に負けたのだとしても、アシュガルが口を閉ざせばこちらから何も言わない。彼の表向きの名誉は守られるという訳だ。

 そして、もしもアシュガルが誓いを破るようだったら改めて決闘の結果を公表して国へと叩き返すという手段も取れる、と。


 なので、言うなれば姫様たちの名代として私が決闘を受けるという事でもある。それなのに姫様たちと面識がないのはダメだろう、ということで今日のお茶会が開かれた訳で。


「カテナさん、貴方にも事情があることは承知です。その上で、お互いの利益のために手を取り合うことを私たちは望みます」

「私たちは貴方に名を貸し与え、貴方はその強さを持って己の望みを叶えてください。私たちはベリアスお兄様の策に乗ります」

「……そう言って頂けるのはありがたいのですが、初対面の私をそこまで信用して頂けるのですか?」


 何故か自分が思っていたよりも姫様たちから好意的に思われているような気がする。そんな思いから疑問を口にすると、姫様たちは顔を見合わせた。


「だって、貴方はベリアスお兄様が認めたのでしょう?」

「お兄様は間違えないわ。……私たちと違って、正統なる王族だもの」


 声を揃えて言った双子の姫様たちは少しだけ寂しそうな憂いを含んだ表情を浮かべる。

 正統な王族、ねぇ。それは姫様たちの母親が側室様だから本人たちもそう思ってしまっているのかな。


「私たちはあくまで血を残すための備え」

「備え要らずならば、この血、この身は王家のために」

「ひいては、いつか国王となられるあの方の忠臣として」

「お兄様が嫁げと言うなら、誰の下へでも嫁ぎましょう」

「「それが、私たちの生まれた意味なのですから」」


 そう言って姫様たちは儚げに笑った。そんな姫様たちを痛ましげにリルヒルテが見ている。

 ……本当、あの馬鹿殿下はさぁ。足下がお留守というか、何と言うか……。


「そんな事を言ったらベリアス殿下が悲しみますよ。ベリアス殿下は姫様たちの幸せを願っています。幸せになれる所に嫁いで欲しいと、そう言ってましたよ」

「……ベリアスお兄様が?」

「……本当に?」

「お二方が思う程、そんなに完璧でも何でもないですよ。不器用で頑固で、融通が利かなくて思い込みが激しい所もあります。だって、お二人に嫌われてると思い込んでるんですよ?」


 私の言葉にクララ殿下とカルル殿下が顔を見合わせて驚きと戸惑いを表情に浮かべた。

 どう受け止めて良いのかわからないといったような様子でリルヒルテへと視線を向けている。


「ほら、私が言った通りでしょう?」

「……ベリアスお兄様が、本当に?」

「……だから、私たちに会いに来てくれないの?」

「私たちが嫌いだからじゃなくて?」

「違うのかしら?」


 恐らく、リルヒルテからも伝えてはいたんだと思う。けれど自分に近しい人の言葉だからこそ信じられないこともある。

 それだけ姫様たちとベリアス殿下の距離は隔てられていたのだと思う。というか、会いにも行ったことなかったの? ベリアス殿下……。



「――それは僕のせいだね、謝る機会がないまま今に至ってしまったから」



 ふと、声が聞こえた。王城の庭園に新たに足を踏み入れてきたのは一人の少年だ。

 年は恐らく私より一つか二つほど下。髪の色は色の濃い群青で、瞳の色は碧玉。纏っている空気は良く言えば穏やかであり、悪く言えば内向的に思える。

 少年の姿を視界に収めるとリルヒルテとレノアが素早く臣下の礼を取った。私も慌てて臣下の礼を取る。二人が礼を取る相手で、この年頃の少年と言うと……。


「楽にして欲しい。リルヒルテ、レノア、いつも妹たちの世話をありがとう。そして、初めましてだね。カテナ・アイアンウィル男爵令嬢。会えて光栄だよ」

「……貴方様は」

「あぁ、僕としたことが自己紹介をしていなかったね。改めて、僕はラウレント・グランアゲート第二王子だ。突然、お茶会に邪魔してすまなかった。是非、君とは話をしてみたかったんだ。よろしければ同席しても?」

「え、えぇと……」


 突然のラウレント殿下の登場に驚いている間に同席を求められ、どうしたものかと思ってしまう。


「レノア」

「席をお願い」


 姫様たちが指示を出すと、レノアが新しい椅子を持ってきてラウレント殿下が着席する。お茶を用意するためにレノアが手早く用意しているのを横目で眺めつつ、ラウレント殿下の様子を窺う。


「それで、ラウ兄様?」

「ラウ兄様のせいってどういうこと?」


 クララ殿下とカルル殿下が困惑と疑問を表情に浮かべてラウレント殿下に問いを投げかける。その問いに対してラウレント殿下は憂いを表情に浮かべる。


「兄上が二人を避けているのは、多分僕のせいなんだ。怖くて確かめたことはないんだけどね」

「……えっと、それはどういう事ですか?」

「兄上が僕たちに近づかないようになった切っ掛けがあるとしたら、心当たりが一つしかなくてね……それからは兄上と話す機会がなくなって確かめられてないままなんだ」

「何かベリアス殿下とあったんですか?」

「……少し、昔話をいいかな?」


 

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