後方支援の準備
城塞都市スクデットに侵攻したイェリネッタ王国軍はスクーデリア王国が見たこともない戦術で圧勝した。
スクデット陥落後イェリネッタ王国軍は、更に敗走するスクーデリア王国国境軍とフェルティオ侯爵家騎士団の追撃に出る。
だが、そこで何かが起き、追撃を取り止めた。
敗走した軍は離れた町で合流した王都騎士団主導の下で再編成を行っている。
そして、イェリネッタ王国軍は手に入れたスクデットを修復、防備を固めようと動いていた。
そんな内容の報告を受けて、王都騎士団より二日遅れて現れたパナメラは目を細める。
「……籠城で負け、野戦で負け、撤退。途中でヴァン男爵の助力が無ければ、壊滅の憂き目もあり得たわけですね」
きっぱりとそう断ずるパナメラに、ジャルパが鼻白む。
だが、国王が同席しているため、何も反論はせずに静かに拳を握りしめるのみに留めていた。
と、国王はそんなジャルパを横目に、パナメラに問い掛ける。
「……子爵もヴァン男爵が助力したと判断するか」
そう口にすると、パナメラは笑みを浮かべて口を開いた。
「まず間違いないでしょう。国内でそんなことが出来る者は男爵以外にいません」
はっきりと断言するパナメラに、ジャルパは理解出来ないというような顔で目を向けた。それにパナメラは肩を竦め、国王に対して再度口を開く。
「……陛下も実際に見ておられるでしょうが、彼はあらゆる面で驚異的な力を持っています。そして、それを理解していながら誰よりも慎重です。恐らく、今は自領にまで撤退し、イェリネッタ王国の力に対抗する新たな兵器の開発をしているでしょう」
そう告げると、国王は軽く頷いて同意した。
「ふむ、なるほど。流石は子爵。ヴァン男爵と五分の同盟を結んでいるだけに詳しいな。それで、近いうちに我らはまたスクデットを奪還するために動かねばならんが、その際の助力は……」
国王が先を見据えた内容を語り、パナメラがまた意見を述べる。
二人がそんなやりとりをするのを、ジャルパは複雑な表情で眺めていたのだった。
一方、ヴァンは久しぶりの我が家を満喫していた。
ベッドで存分にゴロゴロした後は豊かな香りの高級紅茶を淹れてもらい、焼きたてのパンと蒸した芋、カリカリに焼いたベーコンを食べて遅めの朝食を終える。
「美味しかった! ご馳走さま!」
「はい、ありがとうございます」
上機嫌にそう言うと、ティルが微笑みながら綺麗に空になった食器を下げていく。
「ヴァン様、今日はどうされますか?」
難しい顔をしたカムシンがそう尋ねると、ヴァンはのんびりした雰囲気を崩さず唸った。
「う〜ん……どうしようかなぁ。戦争には参加したからね。一応、貴族の義務は果たしたと思うけど」
と、明らかにやる気の無い顔のヴァンに、アルテが口を開く。
「……戦争を初めて実際に目にしましたが、あっさりと人々が死んでいく、恐ろしい場所と感じました。出来たら、もうヴァン様には行ってほしくありません」
悲しげにそう言ったアルテだったが、先の戦争参加で明らかにアルテが最も大きな戦果を挙げていたため、皆は苦笑を返した。
意外なことに、アルテは兵士の一団を蹴散らしたこともワイバーンの首を切り落としたことも、然程気にしていなかった。戦争に参加する段階で、死ぬことと命を奪う覚悟を固めていたという。ただ一つ、身近な人が死ぬのは嫌だそうだ。
ヴァンは「武士か」と突っ込んだが、ティルやカムシンも同様であったため、常識の違いということで諦めた。
「……とはいえ、同盟相手のパナメラさんも参加するだろうからね。何かしらのお手伝いはしないとダメかなぁ」
そう呟いた後、ヴァンは溜め息を吐いて席を立つ。
「よし、新兵器の開発をしよう。それを届ければ、十分援助した実績になる。今、パナメラさんが持っている僕のバリスタも、ワイバーンを相手に出来る力があることがわかったからね。後は、空の敵相手にもう少し対応力のある武器があれば何とかなると思うんだ」
自問自答するようにそう呟きながら、ヴァンは領主の館を後にした。
「ん!? ヴァン様! また出陣ですか!?」
「行くならすぐ準備しますぜ!」
ヴァンが村の中を歩くと、その姿を見た騎士団兼村人の皆が口々に勇ましい声を発した。一方、戦いの経験がある冒険者達などはそれに苦笑しながら頷く。
「圧倒的な勝ち戦の後って、あんな感じになるよなぁ」
「いや、一応この前のは撤退したから負け戦じゃないのか?」
「内容的には完全に勝ち戦だろ」
と、そんな会話もちらほらとされており、ヴァンは若干面倒臭そうに歩を進めた。
その内、セアト村の外周に辿り着き、ヴァンの姿に気がついたディーとアーブ、ロウの三人が顔を上げた。
「おぉ、ヴァン様。英気は養えましたかな?」
「え、まさかもう準備ですか?」
「もうちょっとゆっくりしたいです」
三者三様の声が聞こえて、ヴァンは軽く首を左右に振る。
「今のまま戦争に参加しても確実に勝てるとは言えないと思う。だから、決定打になるような武器を開発するよ」
そう答えると、三人は目を瞬かせて顔を見合わせ、再びヴァンに向き直った。
「……まだ、新たな兵器を?」
「……これ以上?」
「……イジメですか?」
そんな返答に、ヴァンは無邪気な笑顔を見せる。
「勝率は高い方が良いでしょ?」
ヴァンが一言そう告げると、ディーは吹き出すように笑い出し、アーブとロウは苦笑いを返した。
三人に片手を振って別れを告げ、ヴァン達は馬車の荷を下ろすベルとランゴ達に近づく。
「お帰りー!」
そう声を掛けると、ベルとランゴ、そして商会の従業員となっている奴隷達が振り向いた。
「あ、ヴァン様!」
「お久しぶりです」
「初陣で初勝利、流石ですね」
わいわいと笑顔で寄ってくるベルランゴ商会の面々に笑いながら否定の言葉を口にする。
「いやいや、ばっちり敗戦だよ。ちょっと顔出して逃げただけだからね」
そう答えると、ベルは含みのある笑みを浮かべて顎を引いた。
「そうでしょうか。参戦時期と、防衛の要である騎士団の撤退を成功させた功績……ヴァン様が無傷で最大限の戦果を叩き出すには最も良い流れだったかと思いますが?」
その言葉に、ヴァンは肩を竦めて答える。
「たまたまだよ。そんな先まで考えて行動してないからね……それはそうと、買い物はどうだったかな? 見つかった?」
笑いながら聞き返され、ベルとランゴは顔を見合わせた後、怪訝な顔を見せつつ荷物を取り出した。
「これ、ですよね? 確かに言われた特徴には合致しますが、本当にこれで良いのかと……」
ランゴがそう言いつつ品物をヴァンの前に置くと、周りの者達の頭の上に疑問符が浮かぶ。
木の棒で三角形を作り出したような模型である。三角形は並ぶように立っており、上部と下部で組み付けられて立体的な形となっている。
三角形の中心には長い棒があり、まるで子供の玩具のような見た目だった。
それを見て、九歳のヴァンが目を輝かせる。
「まさにトレビュシェット! やっぱりあったんだね、こういうの!」
大喜びでミニチュア投石機に小石を載せて飛ばすヴァンの姿に、皆が目を瞬かせる。
ただ、ティルとカムシンだけはその姿に苦笑しつつ、何処か信頼を感じさせる目を向けていた。
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